はじめに
近年、建築業界においては、工事の専門化や複雑化が著しく、それに伴い請負契約の内容も複雑化が進んできている傾向にあります。このような状況の中では、適切な法的知識を備えて取引に臨まなければ、大変なトラブルに巻き込まれ、大きな損害を被ってしまうおそれも生じてきます。
本連載では、裁判例や実務例も踏まえつつ、建築分野における代表的な法的問題点を概説するとともに、トラブルを回避するために考えられる対策をご紹介します。
第2回に当たる今回は、請負契約においてトラブルが発生した場合における契約不適合責任について、実際の事例を踏まえながら解説いたします。
なお、建築事案における契約不適合(平成29年の民法改正前は「瑕疵」との概念も使用されていました。両概念は詳細に整理し得ますが、その内容に実質的な差異はないとも考えられており、本記事は基本的な事項を確認することを目的としていますので、その違いは横に置き、単に民法改正前の判例等について解説する際には単に「瑕疵」と記載し、それ以外の場合には契約不適合(瑕疵)等と記載することとします。)には大きく分けて2種類のものがあります。具体的には、建築士の行った設計にそもそも瑕疵があり、その設計どおりに完成した成果物に不具合が生じてしまったという設計段階の瑕疵と、設計自体には問題がないものの、施工業者の施工に問題があり、成果物に不具合が生じるという、施工段階の瑕疵があります。
今回は、設計瑕疵については扱わずに、施工瑕疵を中心に扱うことにしたいと思います。
契約不適合責任とは
契約不適合(瑕疵)とは
(1) 主観説と客観説
民法において、契約不適合(瑕疵)とは、民法562条1項に定義されているとおり、仕事の「目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しない」ことをいうとされています。
請負契約の場合で考えると、契約不適合とは、抽象的には、仕事の目的物に不具合のあることをいい、その具体的な内容としては、大きく分けて二つの考え方があります。
一つは、完成された仕事が、その種類のものとして通常有すべき品質・性能に照らしてこれを満たしていないことを契約不適合(瑕疵)と捉える考え方で、客観説と呼ばれています。もう一つは、個別の契約内容に照らして、完成された仕事が、契約に定められた内容を満たしていないために、使用価値や交換価値を低下させるか、当事者が定めた性能を満たしていないことを契約不適合と捉える考え方で、主観説といわれています。
図表1 請負契約における契約不適合(瑕疵)
客観説 |
完成された仕事が、その種類のものとして通常有すべき品質・性能に照らしてこれを満たしていないこと |
主観説 |
完成された仕事が、契約に定められた内容を満たしていないために、使用価値や交換価値を低下させるか、当事者が定めた性能を満たしていないこと |
具体例としてたとえば、ビルの屋上の仕様をAという工法で仕上げることを当事者間で合意したにもかかわらず、当該合意に反して、施工業者が勝手にBという工法で仕上げた場合を例にして解説いたします。A工法でもB工法でも建築基準法等の法令には違反していないものとします。
このケースにおいて、主観説からすれば、B工法が、建築基準法等に違反しておらず、B工法による仕様に何ら問題がなかったとしても、施工業者が合意に反して、B工法を選択し施工したのであれば、契約不適合があるとの評価を受けることがあります。
一方で、客観説からすると、たとえ合意に反していたとしても、B工法は建築基準法等には違反しておらず工法として問題がなく、その種類の工事としては通常有すべき品質・性能に照らして十分といえることから、契約不適合には当たらないということになります。
裁判例では主観説が一般的であると考えられています(下記(3)参照)。
(2) 契約不適合に関する3類型
上記のとおり、主観説からは、個別の契約内容に照らして、完成された仕事が、契約に定められた内容を満たしていないために価値を低下させるか、当事者が定めた性能を満たしていないことを契約不適合と捉えることになるため、契約不適合にあたるか否かは、実際の施工が、請負契約で定められた施工内容に従っているか否かという観点から判断されます。そして、その判断のためには、まず、請負契約における当事者間の合意内容を探り、合意内容を明確にする必要があります。
当事者間の合意内容の明確さはケースバイケースですが、請負契約の合意内容が明らかでない場合、または明示的な合意がない場合には、合理的な意思を推測していく方法や黙示の合意が認められないか、という方向で検討していくことになります。
そして、その合理的な意思や黙示の合意内容等を探る方法は、当事者が契約不適合であると主張する不具合の性質によって異なることから、契約不適合(瑕疵)を3類型に分類し、合理的な意思内容を確定することが良いと考えられています。
具体的には、
(a) 約定違反型
(b) 法令違反型
(c) 美観損傷型
の3類型に分けることができます。
(a) 約定違反型
これは、建物の仕様や性能等について、当事者間の合意内容が明示されている場合、これに従わない施工が契約不適合(瑕疵)に当たりうるとする考え方です。
たとえば、段差がないバリアフリーの建物を建築することを合意したにもかかわらず、部屋と廊下との間に段差ができている、というような場合は、約定違反型として契約不適合(瑕疵)が認定される可能性があります。詳細は後述しますが、約定の内容に争いがある場合、約定違反があるかどうかは、通常、設計図書や見積書、打ち合わせ議事録などをもとに判断されます。
(b) 法令違反型
法令違反型とは、請負人の施工が建築基準法令等の法令に違反している場合をいいます。
建築基準法令は、建築工事における最低限の基準を定めていることから、契約当事者間において、特段反対の意思表示や合意をしてない限り、建築基準法令に従って施工することは黙示の合意または合理的意思解釈に基づく合意として、当然契約内容になっていると考えるわけです。いわば、法令を守って施工することは、当事者間では当たり前の前提となっている、というようなイメージの類型です。
たとえば、建設された建物が、建築基準法令で定められている構造強度を満たしていない、耐火基準を満たしていない、といった場合が挙げられます。
法令違反型の契約不適合に当たるかどうかを判断する際には、国土交通省告示や、各地方公共団体の条例についても確認する必要があります。
(c) 美観損傷型
これは建築請負契約の注文者は、通常、建物の建築に当たって一定の施工水準を満たすことを期待しているから、これを合意内容としていると解釈し、一定の施工水準を満たしていない施工が、契約不適合であると捉える考え方です。
たとえば、外壁の塗装や壁のクロスの貼り方が社会通念上許容し得ない程度に汚い、ひどい塗りのむらがあるなど、一定の施工水準を満たさない場合に契約不適合(瑕疵)に当たりうるとする類型です。
一定の施工水準というのは、社会通念によって判断されることになります。社会通念上求められる施工水準は、報酬額、工期、建物の種類、性質、工事の場所、請負人の規模等を総合的に考慮して判断されます。
たとえば、報酬額が高ければ高いほど求められる施工水準は高くなりますし、工期が通常よりも特に短い場合、職人の作業時間も短くなりますから、通常の工期の工事に比べて、施工の水準が落ちることもあり得えます。
建物の種類•性質については、たとえば、高級ブランドショップの内装工事であれば施工の水準は高度なものが求められる一方、同じ店舗の内装工事であっても、客が出入りしない場所であれば、そこまで高度な美観水準が求められることがないともいえます。このように施工水準と一言でいっても、そのレベルは、さまざまな要素で上下します。
図表2 契約不適合(瑕疵)の3類型
約定違反型 |
明示されている合意内容に従わない施工 例)段差がないバリアフリーの建物を建築することを合意したにもかかわらず、部屋と廊下との間に段差ができている |
法令違反型 |
建築基準法令等の法令に違反している施工 例)建設された建物が、建築基準法令上の構造強度・耐火基準を満たしていない |
美観損傷型 |
一定の施工水準を満たしていない施工 例)外壁の塗装や壁のクロスの貼り方が社会通念上許容し得ない程度に汚い、ひどい塗りのむらがある |
(3) 実際の裁判例
以上の基礎的な確認を踏まえ、以下では、契約不適合に関する代表的な判例注1について解説いたします。
【事案の概要】
注文者は、請負人との間で、神戸市内のマンションの新築工事を内容とする請負契約を締結しました。その際、重量負荷を考慮し、建物の柱の耐震性を高めるために当初の設計内容を変更し、断面の寸法300mm×300mmという、通常より、太い鉄骨を使用することを合意しました。
この事案では、当該請負契約が阪神•淡路大震災の発生後間もない時期に締結されたものであり、注文者が、建物の安全性の確保に神経質になっていて、標準的な太さのものより、さらに太いものを使用するように特に求めていたという特殊な事情がありました。ところが請負人は、合意を守らず、注文者の了解を得ないで、勝手に、より細い250mm×250mmの鉄骨を使用しました。
この事案において、250mm×250mmの鉄骨を使用していても、構造計算上は、マンションは居住用建物として安全性に問題ないものでしたが、注文者としては、建物の安全性の確保に神経質になっていて特に太い鉄骨の使用を求めていたこともあって、請負人に対して、合意内容と異なる鉄骨が使用されたことが、契約不適合(瑕疵)にあたると主張しました。
【各説の考え方】
客観説、すなわち、契約不適合を、完成された仕事が、その種類のものとして通常有すべき性能に照らしてこれを満たしていないことと捉える考え方からすると、構造計算上安全であることを理由に、250mm×250mmの鉄骨を使用しても、構造計算上安全であるのであれば、契約不適合(瑕疵)はないという結論になりそうだと考えられます。
その一方で、主観説、すなわち、契約不適合を、個別の契約内容に照らして、完成された仕事が、契約に定められた内容を満たしていないために価値を低下させるか、当事者が定めた性能を満たしていないことと捉える考え方からすれば、当事者で合意した太さの柱を利用していないことは、契約不適合(瑕疵)があると評価されてもやむを得ないと考えられます。
【裁判所の判断】
この事案において、第二審である高等裁判所注2と最高裁判所は、まったく反対の結論を出しました。
まず、高等裁判所は、請負人が建物の主柱に断面の寸法250mm×250mmの鉄骨を使用したことは契約違反ではあるが、居住用建物としての安全性に問題はないから、建物の主柱に係る工事に瑕疵があるということはできないと判断して、請負人の契約不適合責任を否定しました。これは高等裁判所が客観説に近い考え方を採ったものといえます。
しかし、最高裁は、高等裁判所と異なる判断を下しました。すなわち、本件の請負契約においては、注文者と請負人との間で、建物の耐震性を高め、耐震性の面でより安全性の高い建物にするため、柱について断面の寸法300mm×300mmの鉄骨を使用することが、特に合意されており、これが契約の重要な内容になっていたものというべきであることからすると、この約定に違反して、250mm×250mmの鉄骨を使用して施工された建物の柱の工事には瑕疵があるというべきであると判断し、いわゆる主観説を採用しました。
【解説】
最高裁は、注文者が、契約は阪神•淡路大震災の発生後間もない時期に締結されたものであり、注文者は、建物の安全性の確保に神経質になっていて、特に標準的な太さのものよりさらに太いものを使用するように特に求めていて、それが合意内容になっていたことを重視したわけです。
そのため、最高裁は、契約内容に照らして、完成された仕事が、契約に定められた内容を満たしていないために価値を低下させるか、当事者が定めた性能を満たしていないことを契約不適合(瑕疵)と捉えるという、主観説の立場を取っていると考えられています。
ただし、この裁判例は、契約が阪神淡路大震災の直後に締結されたもので、当事者が特に太い鉄骨を使用することを求めていて、それが特に合意内容になっていたという特殊なケースですので、安易に一般化はできません。あらゆるケースで、合意違反の施工があれば、ただちに契約不適合(瑕疵)といえるわけではないことは注意が必要です。
トラブル防止法
上記のとおり、裁判実務においては、主観説が採用されている以上、当事者間の合意内容が重要となるわけですが、当事者間の合意内容を特定するために有用な方法について以下ではご説明いたします。
事案によってもさまざま考えられ、正解があるものではありませんが、契約書だけでは合意内容が決められない場合には、設計図面、仕様書、現場説明書、質疑応答書、見積書、打ち合わせの議事録や、確認事項を記載したメモなどが、当事者間の合意内容を認定する際に、特に重要になります。
「契約相手方がこういうことを言っていた」等の、契約相手方の発言も証拠の一つですが、言った言わないの水掛け論にもなり、訴訟においては、資料等の物理的な証拠が最も重視されます。中でも注文者と請負人の双方が内容を確認していたものは、当事者間の契約の合意内容を認定するうえで、とても重要です。以下では、それぞれの意味などを解説いたします。
・ 設計図面に関する留意点
建築工事に際しては、契約の前後を通じて仕様の詳細化や仕様変更等の理由により、設計図面が複数作成されることがあります。その場合、どの設計図面が合意内容とされているのかを確定する必要が生じます。
契約書に設計図面が添付されていれば、原則としてその設計図面を正として合意内容になっているといえます。しかし、契約書に添付された設計図面がない場合は、各図面の作成時期を時系列で整理し、これが注文者に交付されているかを確認して、合意内容になっていると認定できる図面を特定することが重要です。
・ 仕様書
仕様書は、図面では表現できない施工方法や材料の品質等を記載した図面です。
工事の一部に特定の共通仕様書、たとえば、日本建築学会作成の建築工事標準仕様書(JASS)等が引用されることもあり、その場合には引用された共通仕様書の内容も設計図書(工事を実施するために必要な図書で、設計の内容を示す書類)の一部となります。
・ 見積書
見積書は、施工者(請負人)、契約締結に際して工事費を計算し、注文者に対して金額を提示するために作成するものです。設計図書に基づいて作成された見積書は、施工者(請負人)がその時点で施工内容になると考えている工事の工事方法や材料、数量や単価等が記載されるから、合意内容を認定する重要な資料になります。
なお、見積書の中には、工事一式として見積もっていて、工事内訳の記載のない見積書も存在しますが、工事内訳の記載のない「一式見積り」では合意内容が明らかにならないため、証拠としての価値はどうしても低くなりがちです。そこで、他に資料がない場合には、事後的にでも施工者(請負人)に対して当該見積りの内訳明細を作成してもらうことも考えられます。
また、見積書も設計図面等と同様に契約締結の前後を通じて複数回メールが作成されることがあり、その場合には、設計図面等と同様に当事者間で合意されている見積書を特定していく作業が必要になります。
・ 当事者間で作成されていたメモや打ち合わせ議事録等
当事者間の意思を確認する必要がありますから、残しておくことは有用です。可能であれば、作成時に契約の相手方の確認も得ていると、なお良いと考えられます。
契約不適合責任の効果
実際に契約不適合があった場合、注文者としてはどのような権利を行使することができるか、という契約不適合責任の効果について、ご説明します。
契約不適合があった場合、注文者は、以下の権利を行使することができます。
① 履行の追完請求権
② 報酬減額請求権
③ 契約の解除権
④ 損害賠償請求権
簡単に内容をご説明しますと、①の追完請求権とは、契約不適合の部分について改めて修補したりするように求める権利のことをいいます。②の報酬減額請求権とは、契約不適合を理由に、文字どおり報酬を減らすよう請求するものです。③は、文字どおり請負契約の解除することができる権利であり、④は損害賠償請求することができる権利です。
①から③を行使するには請負人の責めに帰すべき事由は不要ですが、④の損害賠償請求権を行使するに際しては、請負人の帰責性が必要です。
なお、①追完請求権から③解除権について、請負人の帰責性は不要ですが、契約不適合に関し、注文者に帰責性がある場合には認められないため、注意が必要です。
責任追及期間と実務上の対応
民法の規定によれば、注文者は、契約不適合を知った時から1年以内に請負人に通知しなければ契約不適合責任に関する権利行使をすることができないとされています(民法637条1項)。
また、契約不適合責任の追及は、契約不適合を知った時期にかかわらず、引渡し時から10年以内(民法166条1項2号)にする必要があります。
つまり、契約不適合を知った場合は1年、知らなかった場合でも引渡しから10年以内に通知する必要がある、ということになります。
もっとも、請負人が契約不適合について、悪意または重過失の場合、つまり、請負人が契約不適合があることを知っていたような場合または知らなかったことについて重大な過失がある場合には、1年以内に通知しなくても契約不適合責任を主張できます(民法637条2項)。
なお、1年のカウント開始を「契約不適合を知った時」とすると、いつの時点で知ったかが争点となることに加え、請負人の側としては、いつの時点まで契約不適合責任を負うのか確定できないことから、実務上は契約書等で「目的物の引渡し後2年以内」などに修正されることが一般的です。
不法行為責任
(1) 総論
これまでは契約不適合責任を検討してきましたが、契約不適合は引渡し後、相当期間が経過してから発見されることも多く、契約不適合が問題になった時点では、引渡しから10年以上経過しており、契約不適合責任を追及できなくなってしまっていることが、それなりにあります。また、注文者が建物を第三者に転売するなどした場合、建築業者とその買主との間には直接の契約関係はないため、買主は、建築業者に対して契約不適合責任を追及することできません。
これらの場合、民法709条に基づく不法行為責任を追及できる可能性が有ります。不法法行為責任が認められるのであれば、原則として、損害および加害者を知った日から3年または不法行為時点から20年と、時効期間が長くなり得ます(民法724条)。そのような場合には、民法上契約不適合責任を追及できる期間を既に経過していたとしても責任を追及することができるわけです。また、この責任は、建物の買主と直接の契約関係にない建設業者に対しても追及することが可能です。
図表3 責任追及期間
契約不適合責任 |
契約不適合を知った場合、知った時から1年以内に通知 |
契約不適合を知らない場合、引渡し時から10年以内に通知 |
|
不法行為責任 |
損害および加害者を知った場合、知った時から3年 |
損害および加害者を知らない場合、不法行為の時から20年 |
(2) 不法行為責任に関する最高裁判例
次に不法行為責任に関する代表的な裁判例注3について解説いたします。
【事案の概要】
施主(注文者)が所有する土地上に9階建ての共同住宅・店舗を建築する請負契約を建築業者(請負人)との間で締結し、その設計および工事監理を建築士事務所に委託しました。建物の完成後に、施主(注文者)から土地と建物をそれぞれ買い受け、その引渡しを受けたのがこの訴訟の原告です。この建物には廊下、床、壁のひび割れ、ハリの傾斜、鉄筋量の不足、バルコニーの手すりのぐらつき、排水管の亀裂や隙間等の瑕疵があることが判明したため、建物の買主である原告は、建築業者に対して瑕疵担保責任に基づく瑕疵修補費用(注:「瑕疵担保責任」は、平成29年民法改正により、「契約不適合責任」となりました。)の支払いまたは不法行為に基づく損害賠償等を請求しました。
【裁判所の判断】
最高裁は、建物の建築に携わる設計者、施工者および工事監理者は、建物の建築にあたり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることのないように配慮すべき注意義務を負い、その注意義務に違反して建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるために、居住者等の生命、身体または財産が侵害された場合には、かかる損害について不法行為による賠償責任を負うと判断しました。
【解説】
この点、瑕疵の有無を判断するに判断について、最高裁は、単なる瑕疵ではなく、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」という限定を付けています。
その後、最高裁は、高裁に審理を差戻しましたが、差戻後の最高裁判例注4によれば、瑕疵が、居住者等の生命、身体または財産に対する現実的な危険をもたらしている場合はもとより、瑕疵の性質に鑑み、これを放置すると、いずれは居住者等の生命、身体または財産に対する危険が現実化することになる場合には、当該瑕疵は、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当すると判断しています。
反対に、建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵は、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」には当たらないと考えられています。
これは、先ほど述べたとおり、不法行為責任は、契約関係にない第三者でも主張することができる点や時効の点で、契約不適合責任よりも強い効力を有することから、一定程度主張できる幅に制限をかけているとも考えられます。
実際の裁判例で、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に当たるとされる場合としては、
・ 建物の小屋裏に換気口がなく、耐火ボードの復元工事、電気配線の端末処理が放置され漏電の危険が生じていた事例注5
・ バルコニーのコンクリート厚さが150㎜として設計されていたにもかかわらず、施工段階でコンクリート厚さが縮小され、手すり柱脚部にひび割れが生じたケースで、このまま放置した場合にはひび割れが進行し、手すりが支持できなくなるおそれがあるから、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があると判断された事例注6
などが挙げられます。
一般的には、やはり人の生命身体に与える影響が強い場合には、不法行為責任が認められやすいようです。
一方で、マンションの遮音性能が優れていない点をもって不法行為が主張された事例では「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とはいえないと判断されたものもあります注7。
実際の事案(タイル瑕疵を参考として)
より具体的な解説として、マンションの居住者から以下の相談があった場合を仮定して解説いたします。
自分が所有するマンション(平成20年竣工)において、外壁タイルが「はく落」するという事故が発生しました。そこで、今般、外壁タイルの現況について調査したところ、外壁タイルの浮き率(タイルが壁から浮いてくる割合)が20%近くに達していることが判明しました。このような異常な浮き率を踏まえると、当初のタイルの施工に瑕疵(契約不適合)があったのではないかと考えており、施工業者に対して責任追及できるのではないかと考えているのですが、どのように主張立証していけばいいのでしょうか?
(1) 「瑕疵現象」と「瑕疵原因」
前提として、「瑕疵現象」と「瑕疵原因」についてご説明いたします。
たとえば、タイルの場合ですと、タイルが落ちるという現象が、「瑕疵現象」であり、その「瑕疵原因」として、コンクリート表面の清掃不良、目荒らしの不足等が挙げられることになります。
他には、たとえば、雨漏りの事例ですと、防水紙や水切りの施工不良により雨漏りが生じた場合、雨漏りは「瑕疵現象」であり、防水紙や水切りの施工不良が「瑕疵原因」となります。
そして、瑕疵の存在についての主張立証責任は、注文者の側にありますが、単に瑕疵現象、すなわち、雨漏りの存在のみを主張立証すれば足りるものではなく、瑕疵原因、すなわち、防水紙や水切りの施工不良を瑕疵として具体的に主張立証する必要があります。そのため、仮に、瑕疵原因が明らかにならなければ、施工に、どのような合意違反があるか、当該瑕疵の修補方法や修補金額が不明といわざるを得ず、契約不適合があるとは立証できません。
そのため、この事例ですと単にタイルが浮いてきている、という瑕疵現象を主張しただけでは、注文者の主張は認められないことになります。
この点、タイルを貼り付けるために、採用される湿式工法ですと、まず躯体部分の清掃・目荒らしを行ったうえで、躯体の不陸(不陸とは、切土・盛土などの路盤面や構造物の仕上がり面および建材の接合面が凸凹している状態をいいます)等を調整するために調整モルタルが塗り付けられます。さらにその上に張付けモルタルを塗り、タイルを押し込んで張り付けるという順序でタイルが張り付けられます。
この施工手順からすると、タイルが浮いてくる原因として考えられるものは、たとえば、
① 躯体の清掃・目荒らし不足
② 調整モルタルの塗り付け不足
③ 張り付けモルタルの押し込み不足
④ 伸縮目地の未設置
等が挙げられます。
契約不適合責任を主張するためには、これらの複数の考えられる原因から、瑕疵原因を特定して主張する必要があります。
具体的に瑕疵の原因の調査は、打診調査を実施したり、剥落した外壁タイルの調査・確認をしたり、剥落した箇所の躯体部分の確認、引張試験の実施等のさまざまな調査を実施することになります。
また、契約不適合(瑕疵)といえるためには、施工当時のタイル施工の技術水準に照らして、技術水準に違反した施工といえる必要がありますから、当時の水準を調査しつつ、その水準に達しているか否かを確認して、施工原因を特定する必要があります。
(2) 浮き率を基にした瑕疵の推認
また、浮き率を基にして、瑕疵を推認するという考え方もあります。
文献注8によれば、一定の浮き率があれば、タイルの瑕疵が推認できるとされています。ただし、あくまでタイルの浮き率は、「瑕疵現象」であって、「瑕疵原因」について、特定して立証する必要があることは変わりありませんので、この点は主張立証においてハードルがあるところです。
→この連載を「まとめて読む」
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川原 大輝
弁護士法人北浜法律事務所 パートナー弁護士
14年司法試験予備試験合格。15年 大阪大学法学部法学科卒業。16年弁護士登録。17年北浜法律事務所入所。24年北浜法律事務所パートナー。不動産・建築分野を専門的に取り扱う他、会社法務全般、相続、民事紛争全般、刑事事件等を取り扱う。不動産・建築分野においては、ハウスメーカー、ゼネコン、仲介業者(売買・賃貸)、ディベロッパー、マンション管理会社等の業界の様々なプレイヤーをクライアントに持つ。
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吉谷 心太郎
弁護士法人北浜法律事務所 アソシエイト弁護士
18年同志社大学法学部中退(法科大学院飛び級のため)。20年京都大学法科大学院修了。22年弁護士登録。22年北浜法律事務所入所。不動産・建築分野を専門的に取り扱う他、M&A、会社法務全般、相続分野も取り扱う。不動産・建築分野においては、各種契約書の整備を含めた平時のサポートを幅広く行う他、建設業を行う会社の買収サポート(デューデリジェンス、契約交渉)、請負代金請求訴訟、瑕疵担保責任(契約不適合責任)追及訴訟等の争訟案件も多数取り扱っている。
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