情報化社会の現在、ビジネス環境は刻一刻と変化し、複雑化・高度化の一途を辿っている。従来の業務に加え、コンプライアンス強化、データプライバシー規制への対応、企業のグローバル化に伴う渉外法務など、法務人材に求められる役割は増すばかりだ。人手不足も叫ばれて久しい。
こうした事態の打開策として近年注目を浴びているのが生成AIの活用だ。
日本マイクロソフト株式会社の法務部では自社の生成AI「Copilot」をどのように活用しているのか、具体的な利用方法についてうかがった。
業務アプリ上でAIが作業をアシスト Microsoft 365 Copilotとは
「Microsoft 365 Copilot」(以下「Copilot」)はMicrosoft 365 アプリケーションに統合されたAIアシスタントで、Word、Excel、PowerPoint、Outlook、TeamsなどのMicrosoftアプリケーションに組み込まれた状態で作業を効率化・高度化するものだ。その特徴は各アプリケーション上で指示を行えることにある。たとえば、Wordでの契約書作成において、過去の類似文書を参照しながら新たな条文のドラフトを生成できるほか、Teams会議ではリアルタイムの翻訳や文字起こし、議事録作成などを行うことができる。
日本マイクロソフト株式会社の政策渉外・法務本部では2023年10月からCopilotを導入。多くの法務部員がその効果を実感し、日々の業務にフル活用する。同部の梶元孝太郎弁護士は導入を待ちわびていた一人だ。
「1年程前に米国本社を訪れていた際に、ようやく社内にCopilotが導入できそうだというアナウンスがあり、多くの国のメンバーと興奮したことを覚えています。業務の性質上、ドキュメントワークとコミュニケーションの量は多くなりがちですし、可能な限り書面で記録化すべき性質があるため、生成AIを活用したいと常々考えていました」(梶元弁護士)。
法務部長である小川綾弁護士も「AIツールを個別に立ち上げる必要がなく、作業フローを中断せずにAIの支援を受けられるのは大きなメリット」だと語る。
「限られた時間をより有効に活用でき、生産性の向上を実感しています」(小川弁護士)。
信頼性の高い議事録作成やスムーズな渉外業務を実現
中島麻里弁護士によると「Copilotはネイティブでない英語話者にスピードと安心感を与えてくれる」という。たとえば、海外メンバーとのTeams会議では多言語文字起こしや翻訳機能が使える。また、「聞き逃した」と思う箇所については、Copilotに「これまでの会議の要約をして」と質問をすれば会議中でも即時にサマリーを作成してくれるため、話題に遅れることもない。文字起こし・翻訳のスピードもストレスを感じない。言語についても、42言語に対応しており(2024年11月現在)、マイクロソフト社の海外のグループ・関連企業のある国で、非対応の言語が見当たらないほどだという。
会議後に議事録を作成する場合も、指示一つで瞬く間に議事録が完成する。生成AIであるがゆえに時には文脈を誤ることもあるが、そこにもリカバリーが効いている。
「Copilotの場合は、要約を作成する際、情報を参照した箇所にリンクが付与されています。違和感がある場合は、参照元を確認して正誤を確認できますし、その情報に基づいて修正することもできます」(梶元弁護士)。
海外向けメール作成のサポートにも最適だ。日本語で概要を指示すれば、Copilotが適切な文面を自動で生成してくれるので、それを修正して送付できる。また、自身で作成した英文を自然な言い回しになるように添削を依頼することもできる。
英文契約のレビューも簡単に Copilotへの指示でスピードアップ
法務部員が苦労しがちな英文契約書のレビューにおいても、Copilotは威力を発揮する。英文契約書は一般的にボリュームが非常に多く、顧客との打ち合わせで問題になった箇所について、すべての条項を読んで修正ポイントを抽出するには労力を要する。この課題もCopilotを利用すればスムーズに解決できる。問題点の解消や全体を見てリスクが懸念される点を補うために条項を修正・追加する場合でも、Copilotに希望の内容を指示すれば済む。
「英文の契約書でもCopilotに日本語で指示を出すだけで十分です。たとえば“支払方法についての条文を追加して”と指示すれば、前後の文脈を理解し、適切な英文の条項案を提示してくれます。もちろん提示されたものが不十分である場合は、回答結果に修正を指示して、代案や候補を複数出すことも可能です」(梶元弁護士)。
梶元弁護士はCopilotを活用することで英文契約書レビューのスピードと正確性が格段に向上したことを実感しているという。
小川弁護士は契約書の修正について、「関係者複数人の意見をCopilotが一覧にまとめてくれるのは本当に便利」と語る。
「もちろん、最後に抜け漏れがないかはチェックしますが、メールやチャット等で分散して寄せられる多方面からの意見を集約して確認できることは、時間の面でも心理的な面でも助かっています」(小川弁護士)。
社内資料も海外情報も指示一つで簡単にピックアップ
Copilotには検索機能があり、社内/社外の情報を簡単に収集することができる。「職場(Work)」を選択した場合は、社内のイントラネットや社内ネットワークの共有フォルダをCopilotが探索し、指示に適したファイルや情報を見つけ出してくれる。「Web」を選択した場合は、同様に広大なWebの情報の海から適切な情報がピックアップされる。この切り分けを行うことで、互いにノイズを除去し、より正確に情報を検索できる。
Copilotの検索機能は、漠然とした質問や指示でも文脈を理解し、適切な情報を探し出すため、ユーザーは検索語句の選定に時間をとられない。表示された検索結果の正確性に不安がある場合は、添えられた引用元のリンクから情報の信頼性を簡単に確認できる。
Copilotの検索機能について、土井崇弁護士は「たとえば事業部とのコミュニケーションがメールやチャット等複数のチャネルに分散している場合に特定のやりとりを探したいときや、米国本社が作成したガイダンスや契約のテンプレートを探す場合、これまでは複数のコミュニケーションツールや共有フォルダなどを行き来して探していました。これが、コミュニケーションの相手や時期、添付ファイルのタイトル等の要素のどれかがわかっている場合は指示一つで、キーワードがよくわからない場合でも数回の指示で、Copilotから一括して簡単に情報を集められるようになり便利です」と語る。
多くの法務部において、資料の管理とナレッジマネジメントは大きな課題である。過去の契約書等の整理のために複雑な索引を作成するものの、その索引を使いこなすまでに数年かかるという話も珍しくない。Copilotがあれば、整理や索引が不整備だったり、整理体系に精通していない新入社員であっても、ある程度社内業務に慣れていれば容易に資料を探し出せる。もちろん、社内情報についてはフォルダやファイルに閲覧権限を付与することで、適切な人のみにCopilotによる検索結果を表示することが可能だ。
また、変化が早く情報が膨大な海外の法制度などの情報収集も、Copilotの社外のWeb検索機能を使えば簡単に行うことができる。
「Copilotがあれば、当該情報を発信している国の言語に習熟している必要はありません。日本語で概要を検索し、日本語で要点を表示させ、その情報や参照情報をもとに深堀りしていけばよいのです」(土井弁護士)。
たとえば、これまでは膨大な英文情報を読み解く必要があったGDPRの概要と最新情報を把握する場合は、最初に「GDPRの概要と最新情報について教えて」と指示すれば、アウトライン的な情報が示される。もちろん表示された内容だけでは詳細はわからないので、自社に必要なポイントや把握していないキーワードについて詳述するように指示を繰り返したり、気になる点の参照情報に触れたりしていれば、必要な情報を短時間で収集することができる。さらに、情報の収集元を限定することで精度をより高めた情報を得ることも可能だ。
「個人情報保護法のようにさまざまな精度の情報が入り乱れるキーワードの場合は、Web全体を検索してしまうと、正確性に欠けていたり、出典が不明だったりして、必要な情報が得られません。その場合は、どの情報ソースが公式で信頼性が高いのかをCopilotで調査したうえで、日本についてであれば“個人情報保護委員会のQ&Aとガイドラインに基づいて回答して”と指示すれば、指定した参照元のみから抽出した情報を得ることができます」(土井弁護士)。
本来の業務に集中する時間を捻出 Copilotの日常業務サポート
Copilotの威力が発揮されるのは法務に関連する業務だけではない。企業に所属する以上避けては通れない日常のコミュニケーションや雑務に分類される業務に要する時間を削減し、法務本来の作業や創造性の高い業務に集中する時間を捻出することにも貢献している。
その活用法は人によってそれぞれ異なるが、中島弁護士は外出先でのメール返信に活用している。
「出先でのスマートフォンを使った返信の作成には手間がかかっていましたが、Outlook上でCopilotに返信の作成を指示すれば文案が表示されます。その後は修正指示を繰り返したり、部分的に修正したりするだけで簡単に返信できます。レスポンスが早くなり、移動時間中にメールの返信を済ませられるので、時間にゆとりが生まれました」(中島弁護士)。
小川弁護士は大量のコミュニケーション履歴の把握にCopilotを大いに活用する。
「私は子育て中なので、夕方の5時から8時はPCから離れがちになります。その間に社内チャットで交わされていた内容をCopilotにまとめさせることで、迅速に内容を把握することができます。当社はグローバル企業なので、寝ている間に海外からの問い合わせやチャットの履歴が積み上がっていることもあるのですが、その場合も同様の指示で、時間を節約できています」(小川弁護士)。
幅広い場面で効率を高められるツールだけに、Copilotをうまく活用するコツはこうしたユースケースを利用者同士で共有することだという。
「Copilotの活用法に正解はありません。自分で試し、他の人のうまい使い方を知り、自分にぴったりの方法を見つけ出すことが必要です」(土井弁護士)。
中には、生成AIにさまざまな情報を入力することに抵抗がある人もいるかもしれない。しかし、Copilotであれば情報セキュリティへの配慮は万全だ。Microsoft 365のセキュリティ基盤上で動作しているため、Copilotに入力したプロンプトやアウトプットは強固なセキュリティシステムに守られている。また、それらが基盤モデルの学習に使用されることもないため、Web検索の結果やCopilotを使用する他社のアウトプットに反映される等によって漏洩することはない。
生成AIネイティブの時代へ 法務にも必要不可欠な“能力”に
さまざまなAI法務サービスが登場し、弁護士の業務がAIに置き換えられるという言説も飛び交う昨今だが、同社の4名は実際に使用したからこそ、AIは脅威ではなく、今後法務部や弁護士が使いこなすべきツールだと実感しているという。
「“Copilot(副操縦士)”の名が表すように、AIはあくまでアシスタントで、主体は自分自身です。ヒューマンレビューは不可欠であるため、法律の専門家である自分たちが生成AIに置き換えられるとは感じません」(小川弁護士)。
一方で、法務部員や弁護士が脅威と感じるべきは、今後台頭する生成AIネイティブの若手だろうと中島弁護士は指摘する。
「これから業界に入る若手は、生成AIを自然に使いこなし、膨大な情報を活用しながら実務をキャッチアップしていきます。おそらく能力が高い人であればベテランの持つ知識をあっという間に吸収してしまうでしょう。現在業務に携わる私たちが脅威を感じるとしたら、これらの若手人材です。生成AIを使いこなす若手に置き換えられてしまわないように、ベテランの方にこそ、“生成AIを当たり前に活用する感覚”を法務に不可欠な“能力”と捉えていただきたいと思います」(中島弁護士)。
小川 綾
政策渉外・法務本部 法務部長 業務執行役員 弁護士・ニューヨーク州弁護士
Aya Ogawa
梶元 孝太郎
政策渉外・法務本部 弁護士・ニューヨーク州弁護士
Kotaro Kajimoto
中島 麻里
政策渉外・法務本部 弁護士・ニューヨーク州弁護士
Mari Nakajima
土井 崇
政策渉外・法務本部 弁護士・ニューヨーク州弁護士
Takashi Doi