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はじめに

ドイツにおける外国投資規制(以下、「ドイツFDI規制」といいます)は、外国からドイツへの投資を自由に行わせることを原則としつつ、これらの投資がドイツやその他のEU加盟国における公の秩序や安全保障へ悪影響を与えることを防止するために、一定の外国からの投資を制限することを目的としています。
ドイツFDI規制は、対外経済法(Außenwirtschaftsgesetz)(以下、「AWG」といいます)および対外経済法施行令(Außenwirtschaftsverordnung)(以下、「AWV」といいます)を主な根拠法令としていますが、2020年から2021年にかけて複数回にわたり行われたこれらの法令の改正により、ドイツFDI規制に基づく審査の対象となる取引の範囲が拡大され(分野横断的審査において、医療分野、高度技術分野等の審査対象への追加や、審査対象となる原則的要件の一部を欠く取引であっても例外的に審査対象に含める場合を設けるなど)、また、審査の結果、政府による取引制限がなされうる範囲も拡大されています(分野横断的審査における取引制限等の実施基準の変更)。これらの改正の背景には、情報通信技術や人工知能(AI)などの高度技術の発展や、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大など、近年の世界情勢の変動に伴い、新たな国民生活の安全への脅威や安全保障上の問題が生じてきているという事情があります。ドイツFDI規制は、このような問題や危険を防止するために、外国の投資家によるドイツ国内企業の買収を公の秩序や安全保障への悪影響を考慮して制限することができるようにしたものであり、今後も、世界情勢の変化に応じて、さらに強化および複雑化がなされる可能性があります。

そして、審査対象となりうる取引のうち、一部には届出義務および審査期間中の待機義務が課せられ、審査が完了して取引が承認されるまでは取引の実行が禁止されており、待機義務に違反して取引を実行した場合には、投資者の責任者に対して刑事罰や行政罰といった不利益が課せられる可能性があります。したがって、ドイツFDI規制における審査の対象となりうる取引を検討するにあたっては、手続を十分理解した上でその違反がないように慎重に対応するとともに、届出義務が課せられている取引については、審査中の待機期間も含めてクロージングまでのスケジュールを計画することが求められます。

そこで、諸外国における外資による投資・買収規制について解説する本連載の第6回として、本稿では、ドイツFDI規制の概要を解説します。

審査の対象となる取引の範囲

概要

ドイツFDI規制には、

・ 分野横断的審査(Sektorübergreifende Prüfung)
投資の主体(以下、「買収者」という)が外国の居住者(企業注1を含む。以下同様)である、一定規模以上の買収を主に対象とする審査であり、投資対象となったあらゆる産業におけるドイツ国内企業(以下、「対象企業」という)が審査対象になる。

・ 分野特定的審査(Sektorspezifische Prüfung)
買収者が外国の居住者である一定規模以上の買収であり、かつ、対象企業がドイツの軍事的安全保障に関連する業務に携わっているものを主に対象とする。

の2種類の審査が存在します。
両審査とも、買収の方法については、

・ 対象企業の持分(株式を含む。以下同様)を取得する取引

・ 持分以外の資産等を取得する取引

の二つが対象となっており、前者については買収後に買収者が保有する議決権割合が、後者については取得する資産の重要性が、それぞれ、審査対象となりうるか否かの基準となっています。また、審査対象となる原則的要件の一部(買収者の居住地や議決権割合など)が満たされていない取引についても、所管庁である連邦経済・気候保護省(Bundesministerium für Wirtschaft und Klimaschutz)(以下、「経済省」といいます)の判断により、例外的に審査対象に含まれうるものとされています。

分野横断的審査

(1) 分野横断的審査の対象となる取引の要件

分野横断的審査の対象となる取引は、原則として、(a)外国の買収者による、(b)直接的または間接的な、対象企業の(c1)一定数以上の持分の取得または(c2)重要な資産等の取得を行う取引です(AWV 55条1項)。ただし、これらの各原則的要件の一部を欠く取引についても、例外的に分野横断的審査の対象となる場合がある点に留意が必要です(下記(2))。

(a) 外国の買収者

取引が分野横断的審査の対象とされるためには、当該取引の買収者の居住地(企業の場合は設立地および本店所在地)が、EUおよび欧州自由貿易連合(European Free Trade Association)(以下、「EFTA」といいます)の領域外である必要があります。
本要件には子会社等に関する特別ルールがあり、EUおよびEFTA域外の企業については、その支店(Zweigniederlassungen)、恒久的施設(Betriebsstätten)等(EUおよびEFTA域外の買収者の100%子会社(買収ビークル等)も含まれます)は、その設立地や所在地がEUまたはEFTA域内であろうがなかろうが、EUまたはEFTA域内の居住者ではないものとして取り扱われます(AWV 55条2項)。たとえば、EUおよびEFTA域外の買収者が、EUまたはEFTA域内に子会社を設置し、当該子会社を通じてドイツ国内企業の買収を行うことにより、審査手続を回避しようとしても、当該子会社はこの特別ルールによって「EUおよびEFTA域外の買収者」であるとみなされ、当該子会社による買収は「EUおよびEFTA域外の買収者」による取引として審査対象に含まれますので、このような手法では審査手続を回避することはできません。

(b) 直接的または間接的

分野横断的審査の対象となる取引には、買収者が、対象企業の持分や資産等を直接的に取得する場合のみならず、EUまたはEFTA域内の居住者を通じて持分を間接的に取得する場合も含まれます。この点は、持分を取得する取引において、保有議決権割合を計算するときに特に重要です(下記(c1)c))。

(c1) 対象企業の一定数以上の持分の取得

a) 閾値以上の議決権割合を保有することになる取引
持分を取得する取引では、取引後に買収者が保有することになる対象企業の議決権の割合に着目します。買収者の保有議決権割合が当該取引によって法定の閾値以上となる場合、当該取引は審査の対象となりうることとなります。閾値は、対象企業が行う事業の内容に応じて、以下のように①10%、②20%、③25%の三つの基準が定められています(AWV 56条1項)。

① 10%(AWV 55a条1項 1~7号に掲げる業務)

・ 重要なインフラストラクチャー注2(エネルギー、情報通信技術、運輸・交通、健康、水、栄養、金融・保険産業など)の運営

・ 重要なインフラストラクチャーに関連するサービス(ソフトウエア、クラウドサービスなど)の開発、製造および提供

・ 一定の通信事業

・ テレマティクス・インフラ事業

・ 世論形成に寄与するマスメディア事業

② 20%(AWV 55a条1項8~27号に掲げる業務)

・ 医療関連事業(個人用保護具、医薬品、医療機器などの開発、製造または販売)

・ 高度技術関連事業(地球遠隔探査システム、人工知能(AI)、自動運転システム搭載機、ロボティクス、マイクロ・ナノ電子回路、サイバー・セキュリティIT製品、航空、原子力製品を含む一定の軍民両用品、量子コンピュータ、3Dプリンター、ネットワーク用機器、スマート・メーター・ゲートウェイなどの開発、製造、販売または運用)

・ その他重要事業(重要施設へのアクセス権を有する従業員の雇用、重要な原材料の抽出・精錬または加工、特許秘密で保護された製品の製造、1万ヘクタール以上に及ぶ農業)

③ 25%

・ 上記①②に該当しない企業

b) 追加取得
上記a)①~③の閾値以上の議決権を既に保有している買収者であっても、持分を追加で取得する取引(以下、「追加取得」といいます)により、買収者の保有議決権割合が以下のさらに高い閾値以上となる場合、当該取引はその都度審査の対象となりうることとなります。下記❶~❸の対象となる事業は、上記a.①~③に係る事業内容と同じです(AWV 56条2項)。

❶ 上記a)①の場合:20%、25%、40%、50%、75%

❷ 上記a)②の場合:25%、40%、50%、75%

❸ 上記a)③の場合:40%、50%、75%

c) 保有議決権の計算方法
上記a)およびb)の保有議決権割合の計算では、買収者が対象企業の持分を直接的に保有する場合のみならず、EUまたはEFTA域内の居住者を通じて持分を間接的に保有する場合も合算されることとなります。EUおよびEFTA域外の買収者が、「取引によって対象企業の持分を直接に保有することになる居住者(以下、「直接保有者」といいます)に対して一定の影響力を行使しうる立場にある」とみなされる場合(直接保有者の一定数注3以上の議決権を保有し、または対象企業の議決権を直接保有者と共同で行使注4する場合)、当該取引において、EUおよびEFTA域外の買収者は、対象企業の議決権を間接的に保有するとみなされることになります(AWV 56条4~5項)。そして、上記a)およびb)の閾値以上となるか否かは、直接的な保有と間接的な保有を合わせた数値から判断されます。たとえば、EUおよびEFTA域外の買収者が、上記a)①に該当する対象企業の議決権の5%を既に直接的に保有している状況において、さらに、当該買収者が一定の影響力を行使しうる立場にあるとされるドイツ国内の居住者が当該対象企業の議決権を5%取得する(間接的に5%の議決権を取得するとみなされる)取引を行う場合には、直接・間接を合計して10%の議決権を保有することになるため、当該取引は、審査の対象に含まれます。

(c2) 対象企業の重要な資産等の取得

対象企業の一定の重要な資産等を取得する取引についても、当該取引が対象企業の「買収」(Erwerb)であると認められる場合には、審査の対象となる可能性があります。法令上、以下の資産等の取得が、対象会社の「買収」として審査対象となりうることが明示されています。

・ 対象企業の事業の分離可能な一部(abgrenzbaren Betriebsteils)注5の取得(AWV 55条1a項1号)

・ 対象企業の事業(または事業の分離可能な一部)の運営に不可欠なすべての経営資源の取得(AWV 55条1a項2号)

いかなる資産等が「不可欠な経営資源」にあたるかについて、金額などによる明確な基準はなく、個々の事例において、事業の運営における当該資産の重要性等により判断されることになります。

(2) 原則的要件の一部を欠く取引に対する例外的適用

(a) 濫用的手法・迂回的取引

買収者がEUまたはEFTA域内の居住者である取引(上記(1)(a)の要件が充足されない取引)は、原則として、分野横断的審査の対象にはなりません。しかし、「審査を回避する目的で、濫用的な手法ないし迂回的な取引として行われた可能性がある」と経済省が判断した場合には、買収者がEUまたはEFTA域内の居住者である取引も審査の対象になります(AWV 55条2項)。
濫用的手法・迂回的取引とされる典型的な場面としては、EUまたはEFTA域内に形式的な買収者が存在しつつも、実質的な買収者はEUおよびEFTA域外に存在する場合が想定されています。この点、法令では具体例として、

(ⅰ)形式的な買収者が、当該買収以外に重要な事業活動を自ら行っていない場合

(ⅱ)形式的な買収者が、EUまたはEFTA域内に恒久的な施設(事務所、従業員、設備など)を有していない場合

が例示されています(AWV 55条2項)。EUおよびEFTA域外の買収者が100%子会社を通じて(上記(1)(a))、あるいは間接的に(上記(1)(c1)c))対象企業の持分を保有する取引は、審査の各原則的要件を満たすものですので、本規定の狙いは、EUまたはEFTA域内の居住者が、EUおよびEFTA域外の居住者によって持分の保有以外の方法(たとえば、経済的な影響力や役員の人的関係を通じた影響力など)で支配されている場合を審査の対象に含める点にあります。

(b) 非定型的買収

取引の中には、買収者が、法定の閾値(上記(1)(c1))未満の範囲にとどまる議決権のみを保有する一方で、議決権以外の方法により対象企業の実効的な支配権を得るもの(経営会議などにおける議決権割合に比例する数を超える構成員の指名権の付与、戦略的な経営・人事決定に関する拒否権の付与、センシティブ情報に関する情報権の付与など)もあります。このような取引は、いわゆる「非定型的買収」に該当し、審査の対象に含まれます(AWV 56条3項)。
「非定型的買収における実効的な支配権」とは、買収者が、法定の閾値以上の議決権を保有する場合と同等の支配力を有する場合をいいます。たとえば、買収者が、経営会議の構成員の指名権について、保有する議決権割合に比例する人数からわずかに多い人数の指名権を得たり、非重要事項に関する情報取得権を得たりしたとしても、通常、これらのみによって法定の閾値以上の議決権を保有する場合と同等の支配力が得られるのではありませんので、このような事例は非定型的買収にはあたらないものとされています(経済省FAQ B.4注6)。

分野特定的審査

(1) 分野横断的審査との違い

分野特定的審査は、ドイツの軍事的な安全保障を確保することを特に目的とした審査です。軍事的な安全保障の確保の優先度の高さから、分野特定的審査は、分野横断的審査に比べて、より広汎な範囲の取引を捕捉し厳格な効果を生じさせる審査手続として設計されました。たとえば、分野横断的審査では買収者がEUまたはEFTA域内の居住者であればその取引は原則として審査の対象とはならないのに対して、分野特定的審査では買収者がドイツ国外の居住者であればその取引は審査の対象となるため、買収者がドイツ以外のEUまたはEFTA域内の居住者である場合も審査の対象に含まれます。また、かつては、取引の待機義務(下記2.(1))も、分野特定的審査の対象である取引のみに課せられていました。
もっとも、現在では、分野横断的審査における規制の強化(審査対象となりうる取引の範囲および届出義務(下記2.(1))の発生する取引の範囲の拡大、届出義務のある取引についての待機義務の導入など)によって、両審査それぞれの対象となる取引の範囲や審査期間中に買収者がとるべき措置などにおける差異は相対的に小さくなっています。

(2) 分野特定的審査の対象となる取引の要件

分野特定的審査の対象となる取引は、(a) 外国の買収者による、(b) 直接的または間接的な、(c) 軍事的安全保障に関連する一定の事業を行う対象企業の、(d1) 一定数以上の持分の取得または(d2) 重要な資産の取得を行う取引です(AWV 60条1項)。

(a) 外国の買収者

取引が分野特定的審査の対象とされるためには、当該取引の買収者の居住地がドイツ国外である必要があります。これには、EUまたはEFTA域内の国々も含まれるため、分野横断的審査の場合よりも対象となる取引の範囲が拡大されています。
また、子会社等に関する特別ルール(上記2.(1)(a))は、分野特定的審査においても同様に規定されています(AWV 60条2項)。

(b) 直接的または間接的

分野横断的審査の場合と同様、対象企業の持分や資産等の取得は、直接的・間接的のいずれの場合であっても、分野特定的審査の対象となる可能性があります。

(c) 軍事的安全保障に関連する一定の事業を行う対象企業

「軍事的安全保障に関連する一定の事業」には、具体的には、戦争・軍事機器の製造、開発、改造または支配権の保持や、機密情報の処理に使用されるITセキュリティ機能を持つ製品の製造などが含まれます(AWG 5条3項、AWV 60条1項)。

(d1) 対象企業の一定数以上の持分の取得

持分を取得する取引では、買収者の保有議決権割合が当該取引によって10%以上となる場合、審査の対象となる可能性があります(AWV 60a条1項)。

(d2) 対象企業の重要な資産の取得

一定の重要な資産等の取得も、審査の対象となる可能性があります(AWV 60条1a項)。具体的な内容は、分野横断的審査の場合(上記2.(1)(c2))と同様です。

(3) 分野横断的審査の規定の準用注7

持分の追加取得(上記2.(1)(c1)b))、持分の計算方法(上記2.(1)(c1)c))および原則的要件の一部を欠く取引に対する例外的適用(上記2.(2))に関する分野横断的審査における各ルールは、分野特定的審査においても同様に適用されます(AWV 60条2項、60a条2項、56条2項~5項)。

審査手続

概要

経済省は、上記に掲げた取引について審査を行う権限を有しています。審査手続は、2段階(第1段階としての簡易審査と第2段階としての本格審査)に分かれており、審査対象の取引が公の秩序や安全保障に悪影響を与える可能性があるかが検討されます。経済省は、審査の結果、「公の秩序や安全保障上の悪影響がある」と判断した取引について、取引の制限や一定の措置命令を発出することができます。
具体的な審査の流れを検討するにあたっては、当該取引について「届出義務が課せられているか否か」が重要であり、届出義務の有無によって審査手続や買収者に課せられる義務が異なります。届出義務がある取引では、以下のような手続や義務が存在します。

・ 常に第1段階の簡易審査が行われる。

・ 買収者には待機義務が課せられる(審査手続が終了し、取引が承認されるまでは取引の実行が禁止される)。

一方で、届出義務がない取引では、通常、第1段階の簡易審査に関する手続は行われず、そのため待機義務も課せられませんが、経済省が取引を何らかの端緒によって認知し、「当該取引が公の秩序や安全保障に影響を与える可能性がある」と判断した場合には、事後的に職権で審査が行われる可能性があり、この場合、審査手続は第2段階の本格審査から開始されます。そして、届出義務がない取引については、職権による審査により取引の効力が事後的に否定される事態を避けるために、買収者があらかじめ任意に審査の申請を行うことも可能であり、その場合には、届出義務がない取引であっても、第1段階の簡易審査から手続が開始されます。

経済省が取引の制限や措置命令を行うためには、本格審査を経る必要がありますが、審査対象となるすべての取引について本格審査が行われるわけではありません。簡易審査の段階で「公の秩序や安全保障に影響を与える可能性がない」と経済省が判断した取引については、簡易審査の終了時点で承認注8されます。また、届出義務がない取引で、買収者が任意に審査の申請を行わなかったものについては、経済省が当該取引を認識した後、本格審査を行うことを職権で決定しない限り、本格審査は行われません。簡易審査において「公の秩序や安全保障に影響を与える可能性がある」と経済省が判断した取引、および、経済省が本格審査の実施を職権で決定した取引については、経済省が本格審査を行い、公の秩序や安全保障上の悪影響の有無や程度に応じて、当該取引を承認し、または、取引の制限や措置命令を行います。

届出義務の有無

(1) 届出義務がある取引

経済省への届出義務があるのは、以下の取引です。

・ 分野横断的審査の対象となる取引であって、対象企業がAWV 55a条1項1~27号に掲げる事業を営んでいるもの(上記2.(1)(c1)a)①または②に該当する取引)。ただし、いわゆる非定形的買収(上記2.(2)b))に該当する取引を除く(AWV 55a条4項)。

・ 分野特定的審査の対象となる取引(AWV 60条3項)

届出義務がある取引では、審査が完了して取引が承認されるまでの期間は待機義務が課せられており、取引の実行に関連する一定の行為(買収者による直接的または間接的な議決権の行使、報告義務の発生根拠となった事業に関する情報の買収者への提供など)が禁止されます(AWG 15条4項)。そして、審査が完了して取引が承認されるまでの期間は、仮に取引を実行したとしても私法上無効であると定められています(AWG 15条3項)。したがって、たとえば、買収者が待機義務に違反して取得した対象企業の議決権をその後行使したとしても、取引自体が無効であることから、当該議決権の行使も無効と判断される可能性があります。

届出書には、たとえば、以下の情報の記載が必要となります。また、届出書は、公用語であるドイツ語で作成する必要があります。

・ 計画されている買収の内容

・ 買収者

・ 対象企業

・ 買収者の持株構造

・ 買収者および対象企業が活動する事業分野に関する情報

・ 議決権の共同行使に関する合意(間接的な持分の保有の場合。上記2.(1)(c1)c)

(2) 届出義務がない取引(異議なし証明書の申請)

上記(1)に掲げたものに該当しない取引については、経済省への届出義務はありません。もっとも、経済省は、届出義務の有無にかかわらず、審査対象となりうる取引のうち、公の秩序や安全保障に影響を与える可能性があるものについて本格審査を行う権限を有しています。届出義務がない取引であっても、経済省が何らかの端緒によって当該取引を認知し、「公の秩序や安全保障に影響を与える可能性がある」と判断した場合には、事後的な職権による審査の対象となる可能性があり、審査対象である取引を規定する契約(持分売買契約書など)の締結後5年間は、審査の結果によって事後的に取引の効力が否定される(取引の未実行部分の実行禁止および既実行部分の原状回復が命じられる)可能性があります(AWG 14a条3項)。
このような法的に不安定な状況を早期に解消するために、買収者は、届出義務がない取引についても、任意に、経済省に対して異議なし証明書(Unbedenklichkeitsbescheinigung)の発行を要求する旨の申請を行うことができます(AWV 58条)。異議なし証明書を取得すれば、当該取引については、以降、職権による審査が開始されないことが保証されます。申請の際には、上記(1)の届出と同様の内容の情報提供が必要です(AWV 58条1項)。

異議なし証明書の申請を行わなかった場合、買収者が第1段階の簡易審査に関する開始の申請等の手続を行う必要はありませんが、経済省が当該取引について「公の秩序や安全保障に影響を与える可能性がある」として審査の実施を職権で決定した場合には、審査手続は、第2段階の本格審査から開始されます。他方、異議なし証明書の申請を行った場合、審査手続は届出義務がある場合と同様に、第1段階の簡易審査から開始されます

2段階の審査

(1) 第1段階(簡易審査)

経済省は、審査対象となりうる取引の存在を知った時点から2か月以内に、本格審査を実施するかどうかを決定します(AWG 14a条1項1号)。これには、上記2.(1)の届出や、上記2.(2)の任意の申請を受けた場合も含まれます(AWG 14a条3項)。
経済省は、認知した審査対象となりうる取引のすべてについて本格審査を行うわけではありません。経済省が、取得した取引に関する情報から、当該取引が「公の秩序や安全保障に影響を与える可能性がなく、したがって、取引の制限をする必要性がない」と簡易審査において判断できる場合には、本格審査に進むことなく、取引の承認や、異議なし証明書の発行を行います。
なお、経済省が審査期間である2か月以内に本格審査の開始を宣言しなかった場合には、取引の承認や異議なし証明書の発行がなされたものとみなされます(AWV 58条2項、AWV 58a条2項、61条)。

(2) 第2段階(本格審査)

経済省は、簡易審査において、当該取引について「公の秩序や安全保障に影響を与える可能性があり、より詳細に取引の制限の必要性について検討する必要がある」と判断した取引について、本格審査の開始を宣言します。本格審査手続では、経済省は、当該取引についてさらに情報を収集したうえで、当該取引を承認するか、あるいは、制限や一定の措置義務を課すかを判断します。そのため、経済省は買収者や関係者に対して追加書類を要求することができます(AWG 14a条2項)。本格審査の期間は原則として4か月間ですが、個別の事情に応じて、3か月または4か月の延長がなされる可能性があります(AWG 14a条1項2号、4項)。

審査の基準は、分野横断的審査の場合と分野特定的審査の場合で異なります。分野横断的審査の場合は、当該取引が「ドイツまたは他のEU加盟国の公の秩序または安全保障を損なう可能性注9があるか否か」が判断されます(AWG 5条2項、AWV 55条1項)。他方、分野特定的審査の場合は、当該取引が「ドイツの安全保障上の本質的な利益を損なう可能性があるか否か」が判断されます(AWG 5条3項、AWV 60条1項)。これらの審査において考慮すべき具体的な事項は、法令で以下のとおり掲げられています(AWV 55a条3項、60条1b項)。

・ 買収者が、第三国の政府(他の政府機関や軍隊を含む)によって、直接的または間接的に支配されているか否か

・ 買収者が、ドイツまたは他のEU加盟国の公の秩序や安全保障に悪影響を及ぼす活動に関与していたか否か

・ 買収者またはその代理人が、ドイツ国内で行われた場合に、競争制限法(Gesetzes gegen Wettbewerbsbeschränkungen)123条1項における刑事犯罪となりうる行為注10や、AWGまたは戦争兵器管理法(Gesetz über die Kontrolle von Kriegswaffen)における刑事犯罪または行政犯罪となりうる行為に関与している、または関与していた重大なリスク(関与していたと考えられる高度の蓋然性)があるか否か

経済省は、これらの事情を踏まえ、「公の秩序や安全保障上の観点から制限等が必要である」と判断した場合には、連邦政府または関連省庁の同意を得たうえで当該取引を制限し、または一定の措置を行う義務を課す命令を出すことができます(AWG 14a条1項2号、AWV 59条、62条)。たとえば、経済省は買収者に対し、対象企業がドイツ国内に有する生産・供給拠点の一定期間の維持を命じたり、対象企業の特定の事業を買収の範囲から除外することを命じたりする可能性があります。また、経済省は、取引の制限や措置命令を出すかわりに、買収者との間で買収者に一定の義務を課す契約を締結することもあります。

なお、可能性は低いものの、経済省が本格審査を開始したにもかかわらず、上記の審査期間内に何も決定を下さなかった場合は、当該取引は承認されたものとみなされます(AWV 58a条2項、61条)。

罰則・制裁

上記2.(1)のとおり、届出義務のある取引は、審査が完了して取引が承認されるまでの期間は待機義務が課せられています。故意による当該義務の違反は刑事罰の対象となり、責任者は5年以下の懲役または罰金に処される可能性があります(AWG 18条1b項)。また、過失による違反は行政罰の対象となり、500,000ユーロ以下の制裁金が課せられる可能性があります(AWG 19条1項2号、6項)。

EUレベルでの協力体制

EUにおいては、欧州議会・理事会規則第2019/452号により、2020年10月11日以降、EUに対する外国からの投資の審査に関する加盟国間の協力のための枠組み(欧州協力メカニズム)が施行されています。それ以来、欧州委員会および加盟国は各国の投資審査手続に互いに関与しています。欧州委員会および加盟国は、他の加盟国で審査対象となった外国直接投資が「複数の加盟国の公の秩序や安全保障に影響を与える可能性がある」と判断した場合、意見表明やコメントを行うことができます。そして、加盟国は、決定を下す際に、欧州委員会および他の加盟国の意見やコメントを考慮することが求められています。
当該規制に基づいて、経済省はドイツFDI審査の対象となった取引について、欧州委員会や他の加盟国と情報交換を行います。欧州委員会および他の加盟国の意見やコメントは経済省を拘束するものではありませんが、経済省が取引の規制や措置命令を決定するうえでこれらの意見やコメントを考慮する可能性があります。

近時の届出・状況

年次報告書によると注11、2023年1月9日時点における2022年の届出・審査状況は以下のとおりです。

・ 届出件数:306件
― 分野横断的審査:262件(86%)
― 分野特定的審査:44件(14%)

・ 本格審査が開始された件数:25件

・ 制限・措置命令などが出された件数:7件

経済省は2022年に、中国企業によるドイツ企業の買収案件を複数制限しています。たとえば、2022年4月27日には、医療機器の分野において、中国企業であるAeonmed GroupによるHeyer Medical AGの買収の禁止を決定しました。また、2022年10月26日には、中国企業であるCOSCOによるハンブルク港運営企業への投資の一部禁止を決定し、その翌月の2022年11月9日には、半導体の分野において、中国企業であるSai GroupによるElmos Semiconductor SEのチップ工場の買収と名称非公開の中国投資家によるERS Electronic GmbHの買収の2件の買収の禁止をそれぞれ決定しました。

上記3.(2)のとおり、ドイツFDI規制では、取引の制限等は主に公の秩序や安全保障上のリスクに着目して行われるものであり、買収者の居住国とドイツの関係性等は考慮事項として明示されていません。ドイツにおいて「公の秩序や安全保障上の観点から必要と判断された」場合には、買収者の居住国とドイツとの関係性にかかわらず、取引が制限されてしまいます。日本とドイツの関係性は良好ではありますが、今後、日本企業が関与する取引についても、ドイツFDI規制の下での審査や制限が行われる可能性は十分に考えられます。

おわりに

これまで述べたとおり、ドイツFDI規制は、近年の法改正により強化および複雑化が進んでいます。現時点で、さらなる具体的な法令の改正案等は公表されてはいませんが、今後も、ドイツおよび他のEU加盟国の公の秩序や安全保障の確保のため、届出義務や待機義務が課せられる取引の範囲が拡大されたり、審査期間の延長が行われたりする可能性が十分に考えられます。また、近年、外国投資家による投資案件が制限された事例が複数存在することなどからすると、日本企業を含め、ドイツに投資を行う事業者にとって、ドイツFDIに基づく規制の最新の情報を把握し、適切な対応の検討および確実な実施を行うことが必須となっています。

「予定しているドイツへの投資案件に届出義務、待機義務およびその他の義務が課せられているか」「資産等を取得する取引の場合には当該取引が審査対象に該当するか」「審査完了までの期間はどのように対応すべきか」「経済省から取引の制限や措置命令が下されそうになった場合にどのように対応すべきか」の判断等は、複雑かつ専門的です。知見を有する日本における弁護士、さらには専門のドイツ法弁護士の協力を得て助言を受けつつ、慎重に検討・対応することが必要であると考えられます。

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※ アンダーソン・毛利・友常法律事務所は、アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業および弁護士法人アンダーソン・毛利・友常法律事務所等によって構成されています。

[注]
  1. 「企業」(Unternehmen)には、あらゆる形態の法人およびパートナーシップが含まれると解されています(BeckOK AußenWirtschaftsR/Niestedt, 7. Ed. 1.2.2023, AWV § 55 Rn. 6)。[]
  2. 重要なインフラストラクチャー(Kritischen Infrastruktur)は、連邦情報セキュリティ局法(Gesetz über das Bundesamt für Sicherheit in der Informationstechnik)2条10項において定義されています。[]
  3. 買収者が保有する直接保有者の議決権の割合の閾値は、直接的な保有の場合(上記Ⅱ2.(1)(c1)a)①~③)と同様の区分で分けられており、それぞれ、①10%、②20%、③25%です(AWV 56条4項1号a)~c))。たとえば、対象企業が①に該当する事業を行っている場合には、買収者が、直接保有者の議決権の10%以上を保有していれば、直接保有者が保有する対象企業の議決権は、買収者により間接的に保有されているものとして計算され、必ずしも過半数等を有している必要がないことには注意が必要です。[]
  4. 法令上、議決権の共同行使に関する合意がある場合のみならず、買収における他の状況から議決権が共同行使されることが想定される場合も含まれます(AWV 56条4項2号)。もっとも、具体的にどのような事情があれば「買収における他の状況から議決権が共同行使されることが想定される」と判断されるかについて、明確な基準は定められていません。[]
  5. 「事業の分離可能な一部」とは、企業の目的・業務の一部を独立して追求・遂行する組織を備えた部分であると解されています(BeckOK AußenWirtschaftsR/Niestedt, 7. Ed. 1.2.2023, AWV § 55 Rn. 33)。具体的には、支店や支所がこれに該当するほか、運用・維持・管理のための有機的な組織体制を備えた一定の設備(機械類とそのメンテナンスチームなど)もこれに該当します。[]
  6. Häufige Fragen zu Investitionsprüfungen nach dem Außenwirtschaftsgesetz (AWG) und der Außenwirtschaftsverordnung (AWV)[]
  7. 厳密には、濫用的手法・迂回的取引に関する例外は、分野横断的審査の規定(AWV 55条2項)を準用する形ではなく、分野特定的審査の項目において、分野横断的審査と同内容の規定が設けられています(AWV 60条2項)。[]
  8. 届出義務のない取引について任意の申請を行った場合には、承認の代わりに、下記Ⅲ 2.(2)において説明する「異議なし証明書」が発行されます。[]
  9. この基準は、法令の改正前は「公の秩序または安全保障に対する現実の脅威があるか否か」が審査基準であり、法令の改正によって、取引の制限の際に要求される危険性の水準が引き下げられました。[]
  10. たとえば、テロへの資金供与やマネーロンダリング、詐欺、贈収賄などが含まれます。[]
  11. Investment Screening in Germany: Facts & Figures All figures as per 09 January 2023[]

龍野 滋幹

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士

2000年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2007年米国ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2008年ニューヨーク州弁護士登録。2007~2008年フランス・パリのHerbert Smith法律事務所にて執務。2014年~東京大学大学院薬学系研究科・薬学部「ヒトを対象とする研究倫理審査委員会」審査委員。国内外のM&A、JV、投資案件やファンド組成・投資、AI・データ等の関連取引・規制アドバイスその他の企業法務全般を取り扱っている。週刊東洋経済2020年11月7日号「「依頼したい弁護士」分野別25人」の「M&A・会社法分野で特に活躍が目立つ2人」のうち1人として選定。

中野 宏祐

弁護士法人アンダーソン・毛利・友常法律事務所 アソシエイト弁護士

2013年京都大学法学部卒業、2015年京都大学法科大学院卒業。2016年弁護士登録、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2022年米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校ロースクール卒業(LL.M.)。2022年ニューヨーク州司法試験合格。2022~2023年ドイツ・デュッセルドルフのTaylor Wessing法律事務所にて執務。