電子契約に不慣れな社長にドロップキック - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

電子契約をめぐる駆け引きの実態とは

みなさんの会社では、電子契約を導入しているだろうか。
私は、時代に乗り遅れることを恐れてビクビクして日々を過ごしていながら、日増しに最新のガジェットやアプリの使い方がどんどんわからなくなってきているタイプの人間なので、
「電子契約、どんどんやっていきましょう!」
と言いながらも、心の底で言い知れぬ不安を抱えて生きている。

その結果、いかにも古き良き伝統的な企業から「契約書にハンコを押して一通をご返送ください」などと言われると「今どき紙かよ!面倒くさい!」と心の中で悪態をつき、片や、いかにもイケてるふうのスタートアップ企業から、さも当然であるかのように「電子契約でお願いします!」などと言われると、「お……おぅ」と平静を装いながらも、「これでいいの……?ねぇ、これでいいのかい?……本当に?」などと怯えながら、おっかなびっくり電子署名をしている変人である。
誰か助けてくれ。

自分が署名するときですらこのありさまなのだから、人に(たとえば社長などに)電子署名させるときの苦労もひとしおだ。自分よりも世の中の潮流についていけていないに決まっている(←偏見)社長やその間にいるお偉い承認者たちに、電子契約の署名フローを説明し、その手軽さや法的安定性を納得させる作業には、細心の注意を払わなければならない。
なぜならば、ここで説明をミスれば一巻の終わりだからである。

「うん。わかった。よくわからんことがわかった。紙で持ってきて!」

そう言われたら最後。我が社の署名・捺印する契約書は“全部紙で”という流れができてしまう。そうしたら、思わず
「お前は秘書に出社させてハンコを押させるだけかもしれんがなぁぁ、そのせいでこっちは関係者全員出社して、印刷して、製本テープ貼って、収入印紙を貼って、お前の部屋まで届けなきゃいかんのじゃ!!いいから電子契約システムにログインしろぉぉぉぉぉ!!!」
などとわめきながら社長の胸ぐらをつかんでしまい、大惨事が起きかねない。

この事態を回避するには、社長から「説明がよくわからん」と思われるのを回避する必要がある。
そのために、わざわざ丁寧にパワーポイントで資料を作成して、メリット、デメリットの比較や操作マニュアルを一から十まで説明しようとする者もいるのだが、ハッキリ言って逆効果である。そんな仰々しい説明を聞かないといけない時点で、堪え性のない……もとい、大変お忙しい社長は「もういいよ、いつもどおりで」と匙を投げる可能性が高いのだ。
丁寧に説明資料までつくった挙げ句に一蹴されて、“紙で捺印”が定着してしまっては悪夢である。

電子契約を信用しない社長を安心させよう!

ここはもう極めてシンプルに、しれっと「これから当社の契約書は電子契約が基本になりました!」などと“決定事項”として伝えてしまうのが一番だ。いくら契約書の捺印権限者だからって、契約書の体裁を決定する権限を掌握しているわけではないだろう。通常、そういうことは法務部の専決事項とすべきである。

それを、律儀に捺印権限者にまで許可をもらおうとするから、かえって話がややこしくなるのだ。もっとも電子契約を“決定事項”として伝えると、こういったリアクションが返ってくることも想像に難くない。

「なにっ!?聞いてないぞ!どうすればいいんだっ!?」

だが、ここでひるんではいけない。ひるんでいるのは社長の方である。
人がひるんだ隙につけ込むのが勝利への道筋なのだ。
「ご安心ください!契約書の内容にお目通しいただくのは今までどおりです。内容に問題がなければ、署名については所定のワークフローがありますから、メールの指示に従って操作していただければ結構です!」
とでも言えばよい。
緊張と緩和。一旦ひるませておいて、安心させることで人心を掌握する。「安心してください、穿いてますよ」とまったく同じ手法である。とにかく明るい安村から学ぶことは多い。

それでもウダウダと言うようだったら、
「相手方もそれでよいとおっしゃっています!」
「改ざん防止などの法的安定性やメリットは法務部でしっかり検証済みです。ご安心ください!」
と畳みかけるのだ。

このようにして、理屈で説明しようとするのではなく、単に胸を張って社長を言いくるめる方が電子契約導入の近道ではあるが、元来法務部に対する信頼がないとうまくはいかない。「お前に“安心しろ”と言われても安心できん!」というわけである。したがって、そう言われたときに備えて、きちんと理屈でも説明できる人を待機させておく必要がある。
私ではダメだ。

電子契約はコロナ後も“ニューノーマル”として定着するか

このように、電子契約導入過渡期には、各社で社内説得にさまざまな苦労があったと思うが、コロナ禍を経て、電子契約のメリットも使い方もだいぶ浸透したのではないだろうか。
特に印刷、製本、郵送といった事務作業が不要になったのは大きい。「この契約書には収入印紙を貼る必要あったっけ?いくらだっけ?」といちいち悩む必要もない。

ちなみに、個人的に一番よかったと思うのは保管の簡便さである
紙の契約書の時代は、紙の原本を書棚などに保管しておく必要があった。しかし、いちいち書棚のインデックスファイルをひっくり返して契約書を探すのは手間である。延長契約や修正契約などが積み重なり、それらもひとまとめになっていないと保管の意味をなさないこともあるし、探し回った挙げ句、あるはずの原本が見つからないということも少なくなかった。そうした地獄から逃れるために、紙の契約書を保管しつつも、同時にそのスキャンデータを専用サーバなどにバックアップしている会社も多かったと思う。

翻って、電子契約書のデータをそのままサーバに保管している現在、「紙をスキャンして、紙とスキャンデータを両方保管していたあの時代は何だったんだろう…」という気持ちにさせられる。
だがこれを言うと、「電子データはパソコンやサーバのトラブルがあれば一瞬で消失するリスクがある。片や紙で保管しておけば、火事にでもならない限りは失くさない」という反論が寄せられることがある。これは一理ある。私自身も、長く保管したい読み物や音楽ほど、フィジカルな書籍やCDにこだわっている。ならばと「長く保管する必要がある契約書も紙の方がお好みではないですか?」と聞かれるのだが、そうではない。書籍やCDケースと違って、契約書はペラペラなのだ。ペラペラな書類は、火事にならなくても簡単にどこかに紛れて失くしてしまう。契約書に限らないが、背表紙ができないレベルの薄さの書類であれば、紙よりも電子データで保管した方が失くしにくいと思う。

*    *

コロナ禍もようやく終息に向かう中、コロナ時代に生まれた“ニューノーマル”の中には、定着せずに以前の習慣に戻っていくものもある。だが、捺印に関しては、省略や電子署名・捺印がこのまま定着してほしいと思うのだがいかがだろうか。
幸い、今のところ、だましだまし説得した役員からは、「やっぱり会議は顔を合わせないとやった気にならん!」と言われることはあっても、「契約書はハンコを朱肉で押さないと締結した気にならん!」という声はさすがに聞かれない。
これからも「安心してください、締結できてますよ!」で乗り切ろうと思う。

→この連載を「まとめて読む」

友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。主な著書に『エセ著作権事件簿—著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』(パブリブ)『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)など。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士。

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