令和元年独占禁止法改正を踏まえたこれからの実務(下) - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載の第4回及び第5回は、2020年12月に施行された令和元年独占禁止法改正について、特に実務への影響が大きいと考えられる改正項目を取り上げ、改正がもたらす企業法務実務への影響にスポットを当てて2回に分けて考察するものである。

2回目の本稿では、前回の「令和元年独占禁止法改正を踏まえたこれからの実務(上)」で取り上げた課徴金算定方法の見直しに引き続き、課徴金減免制度(リニエンシー)の改正と、判別手続の導入について実務への影響を中心に検討を行う。
なお、前回と同じく、改正の内容についてはポイントに絞り詳細には触れない。また、カルテル・談合のケースを念頭に検討を行う。

課徴金減免制度の見直し

改正の概要

(1) 課徴金減免制度と令和元年改正

課徴金減免制度(リニエンシー制度)は、密室において行われることが多く証拠が残りにくいため事案の発見・解明が困難なカルテルや入札談合等について、違反事業者に自主的に違反行為を報告させることで違反行為の迅速かつ効率的な摘発と実態解明を図るべく平成17年の独占禁止法改正により導入された制度で、違反事業者が自ら関与したカルテル・入札談合等の不当な取引制限について、その違反内容を公正取引委員会(以下、「公取委」という)に報告すると、課徴金が免除または減額される。
平成18年1月の運用開始から活発に利用されており注1、公取委が措置をとった案件の大半で課徴金減免申請がなされている。筆者の経験でも、カルテルや入札談合等の被疑事実で公取委から立入検査を受けた場合、最優先で課徴金減免申請をするかどうかの判断に必要な社内調査を実施し、違反が認められた場合には可及的速やかに申請を行い(通常は立入検査当日中)、また、平時に内部通報や社内監査をきっかけに違反行為が判明された場合も、同じく可及的速やかに課徴金減免申請(立入検査前の申請)を行うのが通常の実務となっている。

このようにカルテル等における実務対応の中心となっている課徴金減免制度であるが、導入後は平成21年に改正注2されて以降改正がなかったところ、令和元年独占禁止法改正によって10年ぶりに改正がなされた。
改正のポイントには以下に示すとおり大きく2点あり(図表1も参照)、制度が抜本的に見直されており、実務への影響は非常に大きい。

図表1 課徴金減免制度の改正のポイント

改正前 ▶︎ 改正後(現行法)

・ 減免率は、申請順位によって決定され(固定値)、事業者の実態解明への協力度合い等は考慮されない

・ 申請者数は、最大5社(調査開始日後は3社)まで

(1) 調査協力減算制度の新設

① 申請順位に応じた減免率に、

事業者の実態解明への協力度合いに応じて算定される減算率を加える。

事業者と公取委との間で、事業者の協力内容とそれに対応する減算率について協議を行う。

(2) (これに伴い)申請順位に応じた減算率は改定

申請者数の上限は撤廃

(a) 調査協力減算制度の導入

1点目は、調査協力減算制度の新規導入である。改正前は、申請の順位のみに着目して、順位を基準にあらかじめ決められた固定の減算率が適用されていた(それゆえ、事業者がどの程度積極的に調査に協力したか、提出した証拠の価値がどの程度かといったことは減算率には反映されなかった)ところ、この固定値である“申請順位に応じた減算率”を低く改定し、その代わり、新たに“実態解明への協力度合いに応じた変動的な減算率”(都度、事業者と公取委で協議して設定される)が導入された。
この改正は、申請順位のみで減算率を決定する改正前の制度では、順位さえ確保してしまえば、その後の対応にかかわらず一律に一定の減額を受けられるため、申請時に必要最小限の報告しか行わず、また申請後は非協力的な対応を採る事業者が少なからず存在したことから、公取委の調査に積極的に協力するインセンティブを高める方策として導入されたものである。

(b) 減免対象者数の上限の撤廃

2点目は、減免対象者数の上限の撤廃である。改正前は、減免を受けられるのは最大5社(調査開始日後は3社)までとされていたが、改正により上限はなくなり、申請さえすれば順位が何番目であっても減算を受けられるようになった。
この改正は、改正前の制度では、申請の枠が埋まってしまうと、その時点で申請をしていない事業者にとっては、申請を含めて調査に協力するインセンティブが失われていたことから、そのような事業者にも調査に協力するインセンティブを与えるべくなされた改正である。

これらの改正により、課徴金減免制度の減免率は図表2のとおりとなった。

図表2 順位に応じた減算率の改定、調査協力減算制度の新規導入、申請者数上限の撤廃

※1 調査開始日前と合わせて5位以内である場合に適用。

(2) 調査協力減算制度

制度の詳細は、制度の導入に伴い公取委が策定した「調査協力減算制度の運用方針」(令和2年9月2日)(以下、「運用方針」という)を参照されたい。以下では、ポイントに絞り概要を説明する。
まず、手続の流れは図表3のとおりであり、事業者が制度の利用を申し出る必要がある(申出があった場合、公取委は必ず調査協力減算に関して事業者と協議を行うこととされている(独禁法7条の5第1項))。

図表3 調査協力減算制度の手続の流れ

制度を利用するための「協議の申出」の方法等は、図表4のとおりである。

図表4 協議の申出の方法

申出の主体
(報告等事業者)

・ 調査開始日の2番目以降の申請者

・ 調査開始日の申請者

申出を行う時期 公取委が報告書(様式2号または3号)を受理し、事業者が公取委から課徴金減免制度の対象である旨の通知(独禁法7条の4第5項、5項通知)を受けた日から起算して10開庁日を経過するまでの間(独禁法7条の5第8項、減免規則(課徴金の減免に係る事実の報告及び資料の提出に関する規則)14条)
申出の方法 減免規則に定められている様式4号の書式を使用(公取委HPよりダウンロード可能)

協議が終了すると、事業者は公取委との間で図表5の合意(「特定割合についての合意」)またはの合意(「上限及び下限についての合意」)のいずれかを合意する。

図表5 2種類の合意

① 減算率を特定して定める合意(「特定割合についての合意」)

② 減算率の上限と下限を定める合意(「上限及び下限についての合意」)

独禁法7条の5第1項 独禁法7条の5第2項

合意時点までに事業者が把握している事実等を評価して、以下の上限割合の範囲内で、合意により特定の減算率(特定割合)を決定する方法

(上限割合)
調査開始日前:40%
調査開始日後:20%

⇒ 事業者が合意後に新たに把握し、調査協力減算制度における報告等を行った事実等を評価して、下限(特定割合)と合意した上限(通常は左記上限割合となる)の範囲内で減算率(評価後割合)を決定する方法

の合意は、合意後に新たな資料等を把握する蓋然性が高い場合に限り利用が可能であるが(独禁法7条の5第2項)、そのような場合であれば、調査期間を通じた協力の内容が減算率に反映されることは事業者にも有益であるため、公取委は、通常はの合意を提案するとされている(運用方針3(2)イ)。
なお、協議をしたが合意に至らなかったという場合は、公取委は、協議における事業者の説明の内容を記録した文書や当該記録を保存した記録媒体を証拠とすることはできないとされている(独禁法7条の5第7項)。

事業者にとって最大の関心事は、いかなる基準で減算率が評価・決定されるかであり、この点については、改正前から、公取委による恣意的な判断を排除し事業者の予測可能性を確保するべく客観的に明確な基準が明らかにされるべきであるとの意見が経済界や弁護士を中心に出されていたところである。
こういった意見も踏まえつつ、公取委は運用方針でその内容を明らかにしており、それによれば、事件の真相の解明の状況を踏まえつつ、図表6(ⅰ)(ⅲ)の要素を考慮し、その充足の程度に応じて図表6のとおり減算率を決定するとされている(運用方針4)。

図表6 減算率の評価要素と評価方法

評価の考慮要素

(ⅰ) 具体的かつ詳細であるか否か

(ⅱ) 課徴金減免規則で定める「事件の真相の解明に資する」事項について網羅的であるか否か

(ⅲ) 事業者が提出した資料により裏付けられているか否か

減算率の評価方法
事件の真相の解明に資する程度 高い
(すべての要素を満たす)
中程度
(二つの要素を満たす)
低い
(一つの要素を満たす)
調査開始日前 40% 20% 10%
調査開始日以降 20% 10% 5%

改正を踏まえた実務の変容

(1) 戦略的な申請が必要に

改正前の実務では、提出する証拠を含めて申請内容は二の次で、とにかく他社に先んじて申請することが最重要課題であったが、改正後は、そのようなスピード一辺倒の勝負ではなく、調査協力減算制度のもとでの調査協力によりいかに多くの減算率を獲得するかが重要となるため、戦略的な申請が求められるようになる(ただし、調査開始前の1位は免除を受けられるため、調査前に違反行為を認識した場合は、従前どおり、スピード最優先の対応となる)。
たとえば、課徴金減免申請時点では、申請順位さえ確保できればよいので、必要最低限の報告と証拠提出にとどめて、事実解明に資すると考えられる重要情報については、調査協力減算制度での利用の際に開示するといった対応が必要になってくると思われる(なお、公取委によれば、課徴金減免申請で提出した証拠も調査協力減算制度で評価の対象とすることなので、重要な証拠を敢えて後に取っておくといった対応は不要である)。

なお、当然のことながら、率は下がったものの“申請順位に応じた減算率”もなお適用があり、より上位の順位で申請しより高い減算率を得るためにはスピードも重要であることには留意が必要である。

(2) 徹底した証拠保全と証拠の掘り起こしが重要に

調査協力減算制度のもとでは、いかに多くの事実解明に資する証拠を集めるか、いかに価値の高い証拠を集めるかが重要となるため、徹底した証拠の保全と掘り起こしが重要になる。
令和元年改正で検査妨害罪にかかる法人等への罰金が引き上げられたことや、調査妨害が新たに割増算定率として定められたこと等も踏まえると、証拠保全を徹底する重要性は極めて高い。
調査開始前後にかかわらず、違反行為の存在を認識した場合は、徹底した証拠保全(社内への一斉通達)を行うべきであり、また、平時から研修等を通して従業員を教育しておくとともに違反した場合の懲戒処分を規定しておくことも考えられる。

証拠の掘り起こしにおいては、デジタルフォレンジックの活用により従業員のメールの復元なども重要な手段になると考えられ、従来より利用が増える可能性がある。また、これを機に、資料管理を見直しておくことも考えられる(文書保管規程の見直し等)。
さらに、他社が有していないという点、および後述するとおり調査手法が“供述調書中心主義”から脱却する可能性がある点で、自社従業員の陳述書は重要になると考えられるため、証拠の掘り起こしと併行して、それら文書や電子メール等の客観証拠を軸とした従業員からのヒアリングもこれまで以上に重要になろう。

(3) 今後の運用について注視する必要がある

他方で、運用方針により一定の考え方が明らかにされているとはいえ、減算率の評価方法にはなお不明確な点や今後運用の見直しを検討すべき点があることには留意が必要である。
たとえば、

  • “証拠の価値”において“量”と“質”の関係をどのように考えるのか。
  • 証拠の提出時期(早い遅い)が評価に影響を与えるのか。
  • 各考慮要素について、“満たす”“満たさない”の二択だけではなく“ある程度充足する”といった割合的な認定はありうるのか(運用方針によればこのような認定は想定されていないが、今後このような認定も検討すべきではないか)。
  • 供述調書等における迎合の危険をどう考えるか。
  • 主導的役割を果たした事業者ほど証拠が豊富であるという矛盾をどのように考えるのか。

など、今後の議論と運用を注視しておく必要がある注3

(4) 事業者側の報告等を中心とした調査手法へと変わる可能性

上述のとおり、申請順位が最重要であった従前の課徴金減免制度のもとでは、事業者の調査協力を十分に得られない実態があったが、調査協力減算制度の導入により、事業者から実質的かつ積極的な調査協力を引き出せるようになる可能性は高いと思われる。
すなわち、“申請順位に応じた減算率”が低く設定されているため、課徴金減免申請をする事業者の大半が協議申出を行うことになると考えられ、また、“協力度合いに応じた減算率”に納得がいかずとも、合意を拒否すれば結局まったく追加の減算を得られないわけであるから、合意に至らない例はほぼないという状況になるであろう。そして、事業者は、できる限り高い減算率を得るべく、徹底した証拠(従業員の陳述書を含む)の掘り起こしと提出を行うこととなる。

そうすると、前回解説したように、事業者側の従業員に対する事情聴取を繰り返して多数の供述調書を作成するともに、聴取を通して資料等を提出させることで、被疑事実の立証を固めていくという公取委主導の“供述調書中心主義”といわれる審査実務から、事業者の側に調査をさせて報告や証拠提出させることで証拠を固めるという欧米型の調査手法へと変わる可能性がある。

判別手続(弁護士・依頼者間秘匿特権の一部導入)

改正の概要

(1) 改正の経緯等

令和元年独占禁止法改正に伴い、新たに「判別手続」が導入された。簡単にいえば、カルテルや入札談合等を被疑行為とする公取委による行政調査の立入検査において、事業者の側から利用申出をした場合に、所定の手続により一定の条件を満たすことが確認された事業者と弁護士との間で秘密に行われた通信の内容を記録した物件を審査官がその内容に接することなく事業者へ還付する手続である。
元々は、改正の議論の過程で、諸外国で認められている弁護士・依頼者間秘匿特権を我が国にも導入すべしとする経済界等からの意見を踏まえて導入が議論されていたが、最終的には、対象が限定され利用条件も厳格に設定された内容で、法律ではなく審査規則(「公正取引委員会の審査に関する規則」)を根拠とする形で導入されることとなったものである。

他の法域での弁護士・依頼者間秘匿特権は、事業者(依頼者)と弁護士の間の相談内容に関する防御権を保障することで、事業者が弁護士に安心して相談できる状況を担保し、もって事業者による自主的なコンプライアンスを促進する点にあるが、判別手続については、改正後の新たな課徴金減免制度をより機能させるための手続と説明されており、その趣旨も他法域に比して限定されている印象を受ける。
判別手続については、今後の実務の運用とそれを踏まえた発展を注視しておくべきである。

(2) 判別手続の利用要件等

制度の詳細は、改正された審査規則および公取委が制度新設に伴い策定した「事業者と弁護士との間で秘密に行われた通信の内容が記録されている物件の取扱指針」(令和2年7月7日)を参照されたい。
図表7のとおり、利用可能な場面や判別手続の対象となる物件は限定されており、また、判別手続の適用を受け「特定通信」を記録した物件の還付を受けるためには一定の要件を具備することが必要である。

図表7 判別手続の対象と利用の要件

利用可能な場面 課徴金減免制度の対象となる違反行為の嫌疑を受けた行為(課徴金減免対象被疑行為)について、公取委の行政調査の対象となり、資料の提出命令を受けたとき※1
利用要件 対象物件

課徴金減免対象被疑行為に関する法的意見について、事業者弁護士との間で秘密に行われた通信(特定通信)の内容を記録した物件(審査規則23条の2第1項)

「法的意見」

・ 被疑行為が違法かどうかの法的評価、課徴金減免申請や調査協力を検討するための法的助言

・ 事実そのものは対象外なので、相談の前提となる資料(一次資料)や事実を主たる内容とする文書等(事実調査資料)は対象外

該当例 非該当例

〇 事業者から弁護士への相談文書

〇 弁護士から事業者への回答文書

〇 弁護士が行った社内調査に基づく法的意見が記載された報告書

× 役職員の手帳、議事録、出張決裁文書等

× 社内アンケートの調査結果

× 役員等へのヒアリング記録

「事業者…との通信」 事業者を代表して弁護士に相談する職責にあった者(法務部門等)が通信を行うことが必要
「弁護士…との通信」

・ 日本の弁護士であって、事業者から独立して法律事務を行う者

・ 外国弁護士、外国法事務弁護士、組織内弁護士※2は含まれない。

適切な
保管

①表示②保管場所③内容を知る者の範囲について、適切な保管がなされている(一定の基準を充たす)こと

①表示

・ 特定通信を記録したものであることが形式的に見てわかるよう表示することが必要

〇「公取審査規則特定通信」「公取審査規則第23条の2第1項該当」

× 「秘匿特権」「attorney-client privilege」

・ 物件の表面その他見やすい箇所への表示であることが必要

②保管場所

・ 弁護士に相談することを事務として取り扱う部署/役員等が管理する場所に保管が必要

・ 他の物件と、外観上、区分して保管することが必要

③内容を知る者の範囲 特定通信の内容を知る者の範囲は、「知るべき者」に限定されている必要がある。

※1 犯則調査は適用外、私的独占、不公正な取引方法の被疑行為は適用外。
※2 外部弁護士に準じた独立性が認められる一定の要件を満たせば、例外的に対象となる。

事業者として押さえておくべきは、まず対象物件の範囲である。判別手続の対象となる物件はあくまで「法的意見」に限られ、社内アンケートの調査結果や従業員からのヒアリング記録等のような事実を主たる内容とする文書等は対象外となる。たとえば、内部通報を踏まえて弁護士が社内調査として従業員からヒアリングをした場合のヒアリング結果報告書は判別手続によって保護されない。
このような整理自体は他法域における弁護士・依頼者間秘匿特権のルールと整合的であるものの、他法域では、弁護士の法的助言の基礎となる心証と不可分であることから保護されることが多いと思われる。
また、判別手続の適用を受け還付を受けるには、図表7の媒体ごとに「適切な保管」がなされていなければならないことにも留意が必要である。

(3) 手続の流れ

事業者は、判別手続を利用する場合は、特定通信を記録した物件(「特定物件」)として取り扱うことを自ら申し出る必要がある。手続の流れ(概要)は、図表8のとおりである。

図表8 判別手続の流れ

実務上留意が必要なのは、提出命令の実施から2週間以内に「概要文書」を提出しなければならないことである。「概要文書」には、特定物件の標題、作成・取得日、通信を行った者・共有者の氏名・所属・役職、保管場所、作成・取得経緯等の概要を記載する必要があるが、特定物件として取り扱うことを求める物件ごとに作成する必要があるため、実務上の負担は大きいと見込まれる。

改正を踏まえた実務の変容

(1) 手続利用に備えた平時からの準備が必要に

図表7のとおり、判別手続を利用するには、対象物件に所定の表示がなされ、所定の場所に所定の態様で保管され、かつアクセスできる者が適切に限定されていなければならないため、平時から、あらかじめこれらの「適切な保管」要件を念頭に置いた情報の保管管理を行うことが不可欠となる。
具体的には、特定通信に該当する文書・電子データの特定・記録、特定通信を記録した物件の保管ルールの策定(媒体ごとに区別して準備し、保管方法のみならず、アクセス権限の範囲設定も必要である)、普段使用している通常業務用のメールアカウントとは別の専用メールアカウントの取得などである。
また、前述のとおり、概要文書の作成は多大な負担が想定される一方で、提出までの時間的猶予が2週間しかないため、(事案にもよるが)基本的には概要文書も立入検査前からあらかじめ準備しておく必要がある。

(2) 利用するかどうかの見極めが必要に

以上のとおり、判別手続の利用には多大な負担(コスト)を要する。単に、一度、規程やマニュアルを整備し専用メールアカウントを取得してしまえば対応完了というわけにはいかないため、カルテルや入札談合に該当するおそれのある事案が社内で発見される都度、案件ごとに、日常業務と並行しての対応が可能であるのか、また、可能であるとしても対応に要する労力やコストに見合う利益を享受できるのかを見極めることが必要となる。
現実的には、当初はとりあえず利用ができるよう対応をしつつ、弁護士への相談を通してその必要性を吟味し、不要と判断した場合には、それ以降対応を取り止めるといった進め方となることもありうるだろう。

ところで、以上のように判別手続の利用を検討するのは、平時に社内調査をして独禁法違反行為が見つかったという場面が多いと思われるところ、そのような行為が発見されれば課徴金減免申請を検討することになるが、「課徴金減免申請をしてしまえば、基本的には公取委に秘匿しておきたい資料などほぼないのではないか」「判別手続を利用する意味はないのではないか」との疑問が湧くかもしれない。
このように突き詰めると、判別手続を利用する実際上の意義があるのは、社内調査等で判明した独禁法違反の疑いのある行為について弁護士に相談した結果、違法性がないと判断される可能性が高いのでそこで対応を終了したケースや、弁護士相談の結果、違法性の有無がかなり微妙で争う余地がある等と判断してあえて減免申請しないという判断をしたケース、あるいは、(立入検査前の)課徴金減免申請を行ったが、順位が1位ではなかったケース(その後に実施されるであろう立入検査の際に、調査協力減算制度の利用について戦略を練った弁護士との協議を秘匿する意味がある)等に限られてくるようにも思え、利用すべき場面はそれほど多くないということになる可能性はある。

(3) 弁護士との通信における工夫が必要に

上述のとおり、判別手続の対象となるのは「法的意見」であり、事実そのものは対象外である。それでは、弁護士が行った社内調査の結果(=事実)と法的意見が混在して記載された報告書はどうなるかというと、形式面(事実記載の有無・分量の多寡)のみでは判断せず、全体として弁護士との相談文書・回答文書といえるかで判断するとされている。
また、保護を受けるには、弁護士に相談する職責にあった者(法務部門等)が通信を行うことが必要であったり、「適切な保管」が必要である。
これらを踏まえて、社内でカルテルや入札談合に該当する可能性のある行為を発見し、弁護士に相談をする場合は、誰が相談に行くかを慎重に検討したうえ、相談・回答文書(社内調査を依頼した場合の報告書を含む)の作成方法や、弁護士との連絡のとり方、記録の保存方法等について弁護士と協議しておくべきである。

*    *

以上、2回にわたり、令和元年改正独禁法の概要と実務への影響を検討してきた。いずれも実務への影響が大きく、平時からの対応が必要となる項目もある。改正は把握していたが、どのような対応をすればよいのかわからずにいたという企業法務担当者等の一助になれば幸いである。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 課徴金減免制度が導入された平成18年1月4日から令和3年3月末までの件数の累計は1,343件にのぼる(公正取引委員会「令和2年度における独占禁止法違反事件の処理状況について」(令和3年5月26日)表1)。[]
  2. 平成21年改正では、同一企業グループに属する事業者による共同の減免申請が認められるようになるとともに、課徴金減免制度の適用対象事業者数の上限が拡大された。[]
  3. 運用に関する公取委の考え方については、「「課徴金の減免に係る報告及び資料の提出に関する規則」の全部改正(案)及び「調査協力減算制度の運用方針」(案)に対する意見の概要及びそれに対する考え方」が参考になる。 []

武井 祐生

弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士

2006年京都大学法学部卒業、2008年京都大学法科大学院修了。2009年弁護士登録、2010年弁護士法人御堂筋法律事務所入所。2018年弁護士法人御堂筋法律事務所パートナー。国内の談合・カルテルへの対応(リニエンシー、取消訴訟等)や国際カルテル対応(外国競争当局対応、クラスアクションへの対応等)、企業結合審査への対応、独禁法コンプライアンス体制構築サポート等の独占禁止法・競争法分野に加え、M&A・企業再編、争訟・紛争解決、コンプライアンス・企業不祥事を中心に、企業法務全般を取り扱う。

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