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技術革新、経済的苦境、人材流動化がもたらす労働問題

米国発の新型AI“クロード・ミュトス”の登場は、世界中を震撼させた。その高すぎる能力ゆえに、“サイバー攻撃に悪用されれば危険すぎる”との判断から一般公開が中止されたほどだ。このようにすさまじい勢いで技術革新が進展している現代社会において日本に目を向ければ、株と企業収益は好調なものの、国際競争力は低下し、従業員の実質賃金もなかなか向上しない現状がある。こうした時代の変化が労働力の流動化を生み出し、それが企業不祥事の新たな温床となっている――弁護士法人髙井・岡芹法律事務所の岡芹健夫弁護士は警鐘を鳴らす。
「“経済的苦境”というストレスは、ハラスメントや社内不正など企業不祥事の導火線となり得ます。また、技術革新により情報の持ち出しが簡単になったことは、労働力の流動化ともあいまって秘密情報の漏洩にもつながりかねません。時代の変化は、従来の労働問題とは異なる課題を企業に突きつけています」。
こうした新たな課題に対応するためには、情報へのアクセス制限や手続の厳格化などの対策が挙げられるが、その反作用としての生産性の低下や人間関係の悪化が重石となってしまうことも考慮しなければならないと、岡芹弁護士は指摘する。
「これからの時代の法務に求められるのは、“他部署との連携”と“人を大切にする”というビジョンの共有です。情報システム部と協同して、煩雑化した手続を技術力によって平易にする。人事部とともに人を活かすための環境と強い組織を育成していく。孫子が言う“道とは、民をして上と意を同じくし、これと死すべく、これと生くべくして、危きをおそれざらしむるなり”の実践ですね」。

人手不足が変えた問題社員への対応のあり方

前述の時代の変化の影響を受けるもう一つの課題が、“問題社員への対応”である。
「人手不足と労働の流動化によって、いわゆる問題社員への対応も確実に変わってきています。以前は、解雇を中心に考える企業が多かったのですが、今は、“どう活かすか”に悩まれている企業がほとんどです。誰かが辞めてしまうと、簡単に補充はできません。そうすると残っている従業員の負担が大きくなり、不満が募る。退職の連鎖となりかねません」。
さらに問題社員の類型ごとのポイントを岡芹弁護士は次のように指摘する。
「能力不足・ミス多発型の従業員に対しては、“業績改善計画をいかに工夫するか”がポイントです。技術革新によって仕事の内容や手法も変わっていますから、その点を十分に吟味して策定する必要があります。また、協調性欠如型の従業員に対しては、“原因の究明”が重要となります。その社員だけに問題があるのか、それとも問題を起こさざるを得ない、たとえば、上司や同僚社員との関係などに遠因があるのか。この洗い出しをしたうえで、適切な対応策を構築すべきです。そして、そもそも問題社員を発生させないためには、社内のことをよく知ることが重要です。法務部としては、普段から他部署に顔を出し、“業務がどのように行われているのか”“どのような雰囲気の部署なのか”などを観察するよう心がけるべきです」。

岡芹 健夫 弁護士

記録の徹底・段階的な指導と改善機会の付与が不可欠

実際に問題社員と対峙する際には、どのような手順が必要となるのか。
「まずは客観的な証拠を収集すること。その際に役立つのが5W1Hによる具体的な記録です。そして、この記録を提示して適切な指導を行います。指導内容も記録し、本人にチャットやメールで確認しますが、ここで注意すべきは“指導がパワハラとならないようにすること”です。大勢の前で、大声で叱りつけるような指導は厳に慎まねばなりません。裁判所が嫌うのは、何の必要性もないのに人を傷つけることですから」。
そしてその指導は、“なぜこの時代に”“なぜその会社に”“なぜその職場に”“なぜその部署に”必要なのか、という視点から整理されていることが、その後のやむを得ない解雇などへの展開を考慮した場合に非常に重要だと、岡芹弁護士は同事務所の訴訟実績に則して強調する。
さらに問題社員の対応において絶対にしてはならないのが“放置”だという。問題社員の放置は、周囲のモチベーションの低下や優秀な社員の退職、顧客対応や品質低下などの業務上のリスクにつながる可能性が高いからだ。
「長らく問題社員の放置がなされれば、その状態がその企業の“正義”ということになります。少なくとも、裁判官はそうした眼で事案を見つめます。会社が傾いたら起こす努力をしなければ倒れてしまいます。放置は厳禁なのです」。
企業不祥事は労働問題を端緒とすることが多く、労働問題もまた、企業不祥事をきっかけとして発生することがままある。技術革新や社会変革が目まぐるしく生じる現代において、企業不祥事や労働問題から企業を守るためには、危険の芽が小さいうちから手当てを行うことが肝要だ。そのためには、常日頃の些細で平凡で小さなことから相談できる専門家との関係も有意義である。顧問契約が主体である同事務所の所属弁護士は、顧問先企業の業態はもちろん、“仕事のやり方”や“この会社にとって何が一番重要な行動規範なのか”“どのような人柄や行動が危険”という情報をさまざまな資料や顧客とのコミュニケーションを通じて常に更新しているという。そしてこの手法は、企業の法務部においてもそのまま取り込むことができるものでもあろう。

読者からの質問(営業秘密の漏洩対策)

Q 営業秘密の漏洩に関する問題社員への対応について、昨今の傾向と対策を教えてください。
A 情報へのアクセス権を広めに設定している場合には、情報システム部と協力して、パソコンやスマートフォンなどのアクセス履歴を定期的に監視するシステムを構築することが重要です。また、法務部門としては全社員から守秘義務に関する誓約書を取得すべきですが、これは昇進・昇格など情報へのアクセス権限が高まるごとに内容の更新が必要となります。最近の傾向として、転職の際に秘密情報を持ち出すケースが増えていますので、誓約書は“退職後も有効となるもの”の提出を義務づけることが肝要です。

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題2026』を 「まとめて読む」
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岡芹 健夫

弁護士
Takeo Okazeri

91年早稲田大学法学部卒業。94年弁護士登録(第一東京弁護士会)、髙井伸夫法律事務所入所。10年「髙井・岡芹法律事務所」に改称、同事務所所長就任。23年「弁護士法人髙井・岡芹法律事務所」に組織改編、同事務所代表社員就任。第一東京弁護士会労働法制委員会委員、東京三弁護士会労働訴訟等協議会委員、経営法曹会議常任幹事等を歴任。著作『労働法実務 使用者側の実践知〔LAWYERS’ KNOWLEDGE〕〔第2版〕』(有斐閣、2022)ほか多数。