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法務部門に生成AI(以下「AI」)を導入しても、“使えない”と感じる企業は少なくない。その原因はAIの性能ではなく、参照させる“データの質”にある。Sansan株式会社のビジネス法務グループは、同社の取引管理サービス「Contract One(コントラクトワン)」をはじめとする社内ツールとAI「Claude」をMCPサーバーで連携させることで、法務業務の対応時間を42%削減することに成功した。法務の生産性を劇的に変えたその仕組みと、導入の舞台裏について、同社の井上祐輝氏に話を聞いた。

慢性的な業務過多と知見の属人化——プロジェクト発足の背景

従業員約2,000名を擁するSansan株式会社。その法務機能を担うコーポレート本部総務法務部は、商事法務(4名)とビジネス法務(9名)の2チームで構成されている。今回、AIを活用した法務業務効率化プロジェクト“Project One LEGAL”を推進したのは、契約関連業務や問い合わせ対応をメインに扱うビジネス法務グループだ。
プロジェクト立ち上げの背景には、シンプルだが構造的な課題があった。プロジェクトをけん引したビジネス法務グループの井上祐輝氏はこう語る。

「法務業務において多くの比重を占める契約審査や問い合わせ対応では、一度の対応では終わらず、数か月の期間を経て再開されることも日常茶飯事です。そのたびに過去の経緯や争点を確認する作業が発生し、正確な情報を探し出すだけで多大な労力を要していました。また、ナレッジがベテラン担当者の頭の中にだけ蓄積されている“知見の属人化”も課題でした」。

Contract One ×️ AI(Claude)×️ MCPサーバーによるデータ連携基盤の構築

この課題を解決しようと、井上氏が思いついたのが、同社の取引管理サービス「Contract One」に格納された契約書データをAIに読み込ませ、契約に関わる“調べもの”をAIにやってもらおうというアイデアだった。

「ちょうどContract OneチームがMCPサーバーの提供を検討していたので、法務が実証実験として導入したいと申し出たんです。リーガルテックを使っている企業の中で、最先端の事例になろうという強い意気込みのもと、“Project One LEGAL”を立ち上げました」。

実は、Sansan法務部では、以前からAIを活用した契約審査の効率化に取り組んでいたが、これまで芳しい効果は得られなかったという。

「法務担当者が知りたいのは、“一般的にリスクが高いかどうか”ではなく、“特定の取引において、このリスクを許容できるかどうか”といった個別具体的な回答です。AIは法令などの一般知識には強くても、当然のことながら自社固有のビジネスデータは学習していないため、有用な回答は返してくれません。今回のプロジェクトで利用したMCPサーバーとは、AIと社内のさまざまなシステムをつなぐ技術です。これを利用することで、AIがContract OneやSlackに蓄積された自社固有のデータを、リアルタイムで参照しながら回答できるようになります。つまり、AIが“一般論”しか返せなかった問いに対して、自社の文脈に即した具体的な提案が可能になるわけです」(図表1)。

図表1 MCPサーバーを通じ、社内ツールとClaudeを接続

AIの選定にあたり、Anthropic(アンソロピック)社のClaudeを採用した理由は大きく二つある。一つ目は、MCPサーバーへの対応だ。もともとAnthropic社が策定した規格ということもあり、ClaudeはMCPサーバーを最も安定的かつ高精度に活用できる。二つ目は、「Microsoft Word」との親和性だ。法務実務ではWordファイルのやりとりが事実上の業界標準となっており、修正履歴とコメントを用いた契約書の交渉が日常的に行われている。現時点で、元のWordファイルに修正履歴とコメントを直接付けられるAIはClaudeのみだ。これは法務担当者にとって大きなアドバンテージとなる。

「契約審査において丁寧なコメントを返すという業務は、実は多くの時間を消費する部分でもあります。ClaudeがWordに直接コメントや修正履歴を書き込んでくれるので、担当者は作文作業から解放され、意思決定に集中できるようになりました」。

暗黙知のSkills化——ベテランの知見を組織の資産へ

プロジェクトでまず取り組んだのが、属人化の解消、すなわち“法務の判断プロセスの言語化”だった。ベテラン部員の“いつ、どの順で情報を確認し、どう判断するか”という思考プロセスを丁寧に言語化し、Claudeの「Skills(Claudeに特定の業務を任せるための、プロンプトと参照情報をまとめたもの)」として実装した(図表2)。具体的には、過去2年分・約2万件の契約データを分析し、実際に受け入れてきた条件の集大成から判断傾向を抽出。そこから「自社基準(プレイブック)」を生成した。

図表2 AI×Contract One 契約審査の自動化例

※ Skillsとは、判断プロセスや業務手順をAIに繰り返し参照させられる仕組みで、Claude固有の機能です。これにより、属人的だった判断基準を再利用可能な"組織の資産"として登録できます。

「ベテランの頭の中にしかなかった判断基準が、誰でも即座に引き出せる“組織の資産”へと変換され、若手でも一定水準の判断ができる環境が整いました」。

さらに、生成された自社基準は、それまでのレビューの蓄積を踏まえて半期に1回の自動更新を設定しておくことで、自動的にレポーティングされる仕組みも構築されており、実務との乖離や形骸化を防ぐことができるという。

プロジェクトの成果——対応時間を42%削減

プロジェクトの成果は劇的だった。法務業務にかかる時間を中央値ベースで42%削減することに成功したのだ。

「Claudeが、過去の取引実績・Slack上の交渉履歴・関連契約書をすべて参照しながらレビューしてくれるので、ナレッジ収集や裏づけ作業の時間が大幅に削減されました。複数案件を並行して処理できる点も大きなメリットです。また、審査後の作文、つまり契約条件を受け入れる場合や修正案を提示する場合の説明文も、Claudeが丁寧に作成してくれるので、担当者はより本質的な判断に集中できます」。

単なる時間短縮という効果だけでなく、情報の確認作業に伴う認知負荷からの解放をもたらした今回のプロジェクト。井上氏は、この成果をもたらした根本には、“Contract OneとAIの高い親和性”があると見ている。

Contract OneとAIの親和性——データの質が“使えるAI”を決める

42%という削減効果を支えたのは、AIの性能だけではない。カギを握るのは、AIが参照するデータの「質」である。そして、契約書データを実務で使えるレベルで構造化することは、想像以上に難しい。
まず、契約書に含まれる重要情報は整理されていない。解約通知期限、契約金額、自動更新の有無、締結日・開始日・終了日——これらはすべて文章の中に埋め込まれており、定形化されていない。正確に抽出するには、文脈を理解した上での読み解きが必要だ。

「一般的なクラウドストレージに大量の契約書を格納しても、AIに読み込ませると、たちまち処理能力が限界に達してしまいます。AIが必要な情報をピンポイントで参照できる仕組みがなければ、大量の契約データは生かしようがありません。Contract Oneが果たす役割はまさにそこにあります。また、一般的なクラウドストレージでは契約書同士のつながりが管理されていないので、ファイル名やフォルダ構成から推測するしかありません。この後説明しますが、Contract Oneでは、契約書同士のつながりを構造化して管理することができます。Contract One上の契約データが構造化されているので、AIが契約書の関係性を踏まえてアウトプットしてくれます」。

Contract Oneが実現する“データの精緻な構造化”

Contract Oneは、全社の契約書を正確にデータ化し、クラウド上で一元管理できるシステムだ。アナログな業務を代行し、最小限の負担で契約データベースを構築できる(図表3)。

図表3 取引管理サービス「Contract One(コントラクトワン)」

「Contract Oneは、契約検索に必要なさまざまな情報を項目単位で管理します。契約日、金額、取引先といった基本情報はもちろん、基本契約と個別契約、個別契約と覚書といった契約書同士の親子関係もリレーションデータとして格納されています。基本契約書を検索すれば、ひもづく覚書まで芋づる式に参照できる。そのような精緻なデータ構造が、AIを“実務で使える”レベルに引き上げてくれるのです」(図表4図表5)。

図表4 契約書を項目単位で管理し、AIを“実務で使える”レベルに

図表5 契約先ごとに契約を構造化して管理

また、Contract Oneには取引先の業界や資本金、従業員規模といった企業情報も搭載されているほか、同社の名寄せ技術を活用し独自に発行している企業コードを付与することで、社名が変わっても同一会社として契約書を一元管理できる。

Contract One × MCPサーバーでできること——「自社専用のAIレビュー環境」の構築・運用

2026年4月、SansanはContract OneのMCPサーバー提供を正式に開始した。先行実証で培われた “自社専用のAIレビュー環境”が広く利用可能になった形だ。 Contract Oneが持つ“精緻に構造化された契約データ”とAIが結合することで、従来のAI契約レビューツールでは実現できなかった、一段上の支援が可能となった。たとえば、以下のような活用ができる(図表6)。

図表6 Contract Oneが提供するAIレビューのコンセプト

① 契約審査前の自動振り分け:Contract Oneには取引先の資本金・従業員規模が搭載されているため、取適法やフリーランス法対応の自動振り分けが可能になる。具体的には、契約審査の前段階で、取引内容と取引先の企業情報を照合し、“取適法の対象となる可能性がある取引か否か”をAIサービスが自動判定。対象と判定された場合は取適法専用の審査フローへ、対象外の場合は通常の審査フローへと自動的に振り分けられる(図表7)。

図表7 契約審査前の振り分け (例:取適法対応)

② プレイブックに基づく契約審査:Contract Oneのデータから生成したプレイブックに基づき、AIサービスが条項ごとに“NG(社内基準違反・高リスク)” “要注意(交渉推奨)” “ OK(基準内・受入実績あり)”と判定してくれる。各判定にはその根拠となる“自社基準とのかい離”と“Contract Oneの過去実績”がひもづく形で提示される。さらに、このプレイブック自体が契約書データベースの蓄積に応じて定期的に自動更新されるため、更新のたびに人が介在する必要はなく、自社基準が形骸化するという従来の課題を構造的に解消できる(図表8)。

図表8 AI×Contract Oneでの契約審査時のアウトプット例

③ 過去実績の横断参照:プレイブックだけでは対応できないのが、定型化しにくい契約——共同研究契約、M&A関連、海外取引、外国語契約などだ。こうしたケースでも、Contract Oneの過去実績データとの横断参照により、同業界や類似規模の契約パターンを実績ベースで検索。AIサービスが交渉戦略の提案まで行う(図表9)。

図表9 過去実績の横断参照でレビュー精度向上

「NG」から「この条件なら合意できます」へ

従来の法務は、ある条項に一般的なリスクがある場合、“リスクが高いためNG”と返答することが多かった。しかし本当に事業部が必要としているのは、“このリスクをどうすれば受け入れられるか”という一歩踏み込んだ提案だ。

「たとえば、ある契約書の審査で、先方雛形に記載されていた損害賠償条項について一般的なAIなら“リスクが高いため NG”、あるいは“自社基準と照らし合わせるとNG”と判定しそうな内容が出てきたとします。でも、Contract OneのデータベースとClaudeを連携した環境では、過去の取引経緯と類似案件の契約条件を参照したうえで、“過去この相手方とはこの条件で合意したことがある” “この企業のグループ会社との間で締結した同一フォーマットの契約書ではこの条件で合意した”という回答を提示してくれます」。

井上 祐輝 氏

法務担当者はこの回答に基づき、事業部に対して「過去の実績ではこの整理で合意しているので、この条件なら合意できます」と根拠を添えて提案できる。交渉の場でも、なぜそのように判断したのかを具体的な過去事例とともに説明でき、従来は平行線になりがちだった、あるいは定型的な基準審査で生じた無駄なやりとりもなくなり、議論もスムーズに運ぶという。

おわりに——「事業を止めない法務」へ

法務がボトルネックになれば、その期間に生まれたはずのビジネスの機会は失われる。法務が“事業を止める部署”ではなく、“事業を推進する法的アドバイザー”として機能するためには何が必要か。井上氏はその本質をこう語る。

「単に法的なリスクを指摘するだけであれば、AIでも外部の法律事務所でも代替できます。法務にしかできないのは、リスクを分かったうえで、自社のビジネス・コンテキストを踏まえて具体的な落とし所を提示すること。一緒にビジネスを進めるアドバイザーになることです」

Contract OneのMCPサーバーは、その役割を果たすための強力な武器となる。Contract Oneが実現する精緻な契約データの構造化は、生成AIを単なる一般論の回答ツールから、自社の判断基準に基づいて法務を支援する存在へと変える。つまり、AI活用を本当に業務成果につなげるための前提は、契約データをAIが扱える形に整えることにあるのだ。今回のように、Word上で修正履歴とコメントを直接扱えるClaudeと構造化された契約データを持つContract Oneを組み合わせることで、MCPサーバーの本来の機能を十分に発揮することができる。AIが力を発揮するためのデータがContract Oneにあり、そのデータを実務に変換できるAIがClaudeなのだ。

法務業務のデータ活用に課題を感じている企業にとって、Contract One×AI×MCPサーバーは、再現性の高いソリューションとなりうる。同社が先行事例として示した42%という削減効果は、適切なビジネスデータとAIの組み合わせがそろえば、他の企業でも同様に達成できるものだという。

“事業を止めない法務”——その理想を現実に近づけるための具体的な一手が、ここにある。

井上 祐輝

Sansan株式会社 コーポレート本部 総務法務部ビジネス法務グループ

ロースクール卒業後、法律事務所でパラリーガルとして勤務。22年にSansan株式会社に入社。ビジネス法務グループとして主に「Bill One」「Contract One」など新規事業領域を担当。新規事業におけるリーガルチェックや利用規約などの作成、委託先や顧客との契約交渉、契約書の作成、審査などを中心に行う。