はじめに
通常、M&A案件において、売主および買主の間で基本合意書を締結した後、法務デューデリジェンス(以下「法務DD」という)が行われ、法務DDにおいて検出された問題点について必要に応じて最終契約に反映するというプロセスがとられる。
本稿では、飲食店事業のM&Aをするにあたって法務DDにおいて特に留意すべき点について説明する注1。基本的には、飲食店事業のM&Aを行う買主向けに説明をしているものの、見方を変えれば、法務DDにおいて特に留意すべき点というのは、飲食店事業に「よく生じる法的問題点」および「日頃から気を付けるべきポイント」であるので、M&Aの当事者ではない、日頃、飲食店事業を行う会社にとっても、有益なものだと思われる。
なお、本稿は2026年3月24日時点の情報に基づいて執筆している点につき、留意されたい。
資産に関する留意点
店舗等の建物・敷地
多くの他の業種におけるM&Aでも同様であるが、法務DDでは、まず、M&A取引の実行後においても飲食店の各店舗で従前どおりの営業を継続的に行うことができるかに関して確認を行う必要がある。
対象会社注2が各店舗に係る建物・敷地を所有している場合と第三者から賃借している場合で分けて考える必要があるが、まず、対象会社が建物・敷地を所有している場合には、最新の不動産登記簿を確認し、対象会社に対する所有権移転登記が適切になされているか、また、抵当権が設定されていないかといった点を調査することになる。
他方で、対象会社が第三者から建物・敷地を賃借している場合には、M&A取引の実行により、当該賃貸借契約が解除されることにならないか(いわゆるチェンジ・オブ・コントロールが定められた条項(以下「COC条項」という)が存在しないか)につき調査することが必要であるし、また、当該賃借権が定期賃貸借契約に基づいて設定されている場合、期間満了後も利用を継続するには、貸主と再契約するほかないので、(特に期間満了が近い場合には、)再契約の交渉状況について確認する必要がある。さらに、賃借不動産に関しても、最新の不動産登記簿を確認し、賃借権に優先する担保権が設定されていないかについての確認を行うことも考えられる注3。
商標
飲食店事業の場合、知的財産権の中では、店名やロゴに関する商標登録の有無が問題になることが多い。法務DDの過程で、商標登録の有無および有効性や商標に係る紛争(のおそれ)の有無について確認することが求められる。
対象会社が、当該店名やロゴに関して、独占的かつ排他的な使用権を確保し、第三者による侵害を排除するには商標登録を行う必要があるので、仮に商標登録がない場合には、ビジネスの観点も踏まえて、買主としてM&A取引後に対象会社をして商標登録を行わせる必要がないかについても検討することが望ましい。
営業秘密
飲食店事業の原価に関する情報や料理のレシピならびに店舗の出店計画は、通常競合他社には知られたくない情報であろう。
一般論として、ある秘密情報が法的に「営業秘密」として保護を受けるには、
① 秘密として管理されていること(秘密管理性)
② 事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
③ 公然と知られていないものであること(非公知性)
の3要件を満たす必要がある(不正競争防止法2条6項)注4。
②有用性および③非公知性については満たすことが多いので、特に問題となるのは①秘密管理性であり、対象会社の秘密情報の管理体制に問題があり、この要件を満たさない場合には、秘密情報が漏洩した際に、対象会社が、当該秘密情報に関して、不正競争防止法違反に基づく差止請求や損害賠償請求を行うことができないまたは刑事罰による保護を受けられないということになりかねない。
法務DDにおいては、まず、上記の情報について、どこまでの従業員が閲覧できる状態で、どのような管理体制になっているかにつき確認し、取引実行後の管理体制について検討する必要がある。特に、タレやソースの製造その他料理の一部を外注している場合には、当該外注先との間で秘密保持に関する契約がどのような内容になっているかにつき、確認する必要がある。
保険
飲食店事業に関して通常想定されるリスクをカバーするために必要な保険が付保されているかについても確認することになる。
想定されるリスクとしては、食中毒発生時のリスクや店舗に火災が生じた場合のリスクであろう。もっとも、対象会社の保険がこれらのリスクを漏れなくカバーしているかにつき、法務DDでの確認には限界もあるので、買主としては、対象会社において適切な保険が付されていることについて、必要に応じてM&Aの最終契約において売主に表明保証を行わせることも検討すべきであろう。
業務・契約に関する留意点
商流および取引先との契約内容の把握
まず、対象会社の飲食店事業の商流を把握したうえで、食材の仕入先等や外注先に関して、代替性のない取引先の有無を確認することが不可欠である。
そのうえで、仕入先等や外注先に関しては、取引基本契約書や業務委託契約書が締結されているか否かにつき確認し、締結されている場合には、当該契約上、最低購入数量を定めた規定(一定期間内に一定数の購入が義務付けられる規定)やM&A取引の実行により当該契約が解除される旨の規定(COC条項が定められた規定)その他対象会社の事業を制限する規定(競業避止義務を定める規定等)がないかといった点を調査する必要がある。仕入先等や外注先との間で、取引基本契約書や業務委託契約書が締結されていない場合であっても、M&A取引の実行後、継続的な取引関係にある場合には、取引関係を明確化する観点で、これらの契約書を締結することも考えられる。
販売先については、通常は一般消費者との間の取引となるので、基本的には、契約書は作成されないものの、ポイントカードやアプリが存在する場合に利用規約や個人情報の取得・利用等について確認する必要がある点については、V4.を参照されたい。
フランチャイズ
対象会社(フランチャイザー)が第三者(フランチャイジー)との間でフランチャイズ契約を締結していることもある。
法務DDでは、フランチャイズ契約において秘密保持に関する義務や競業避止に関する条項が有効な内容で規定されているか、確認が必要である。また、フランチャイジーに対して、いわゆるテリトリー権と呼ばれる、一定の地域に、独占的な販売権を与えるような規定が置かれている場合には、当該地域内における対象会社の業務が制限され、今後の出店計画の妨げになるため、そのような規定が置かれていないか、という点も検討が必要である。
図表1 フランチャイズ契約

人事・労務に関する留意点
均衡待遇
一般的に、飲食店では、正社員に加えてパートタイム社員を雇用する場合が多いところ、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条および同一労働同一賃金ガイドライン(厚生労働省告示第430号)では、「短時間労働者」および「有期雇用労働者」(同法2条1項、2項)それぞれの待遇について、①職務の内容(業務内容および責任の程度)、②職務内容や配置の変更範囲、③その他の事情を考慮して、正社員との間で不合理と認められる相違を設けてはならないとしているので、法務DDでは、就業規則、雇用契約書のひな形や賃金台帳のサンプルを調査することで対象会社の従業員間の相違の内容について確認し、不合理な相違が生じるような内容となっていないか、検討する必要がある。
管理監督者
各店舗の店長を労働基準法(以下「労基法」という)41条2号に定める「監督若しくは管理の地位にある者」(「管理監督者」)として扱い、時間外手当を支払っていないという場合もある。
裁判例の傾向として、「管理監督者」といえるためには、
① 経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限が存在すること
② 労働時間について裁量権を有していること
③ 一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金上の処遇を与えられていること
が必要であるとされている注5。
したがって、法務DDでは、対象会社において管理監督者として扱われている者が、労基法上の要件を満たしているかどうかについて調査することになる。形式的に管理職として扱っているからといって労基法上の「管理監督者」とされるわけではないので、開示資料や対象会社の回答から、対象会社の運用に問題がないか、その結果、未払いの残業代等が発生していないか、確認する必要がある。
外国人労働者
飲食店では、外国人労働者が雇用されている場合も多い。外国人については、それぞれの在留資格ごとに日本で行うことができる活動が決まっているため、当該外国人労働者による勤務が当該在留資格の範囲内の活動であること、かつ、当該在留資格の期間が経過していないことを、対象会社がどのように確認しているかにつき調査したうえで、当該外国人が対象会社に雇用されるときおよび対象会社から離職するときに必要となる届出が行われているか、といった点についても調査する必要があろう。
カスハラ対策
一般論として、飲食店では、顧客からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)が問題になりやすいところ、2026年10月1日施行の改正労働施策総合推進法により、カスハラ対策が事業主の義務となされることになった。本稿執筆時では施行前ではあるものの、事業主は、カスハラ防止のための基本方針策定、相談体制の整備、教育訓練等、雇用管理上の措置を講じることが求められることになるので、同法の施行に向けて対象会社がどのような準備を進めているかについて確認を求めることが望ましい。
許認可に関する留意点
食品衛生法上の営業許可
食品衛生法上、飲食店営業を行うにあたっては、施設ごとに都道府県知事の許可を受けなければならないところ(同法55条1項、54条、同施行令35条1号)、基本的には、法務DDにおいても、営業許可証の写しを確認し、店舗ごとに、飲食店営業に係る許可を取得しているか否かにつき調査をし、また、資格のある食品衛生責任者が置かれているか否かも確認することになる。
原則としてアルコール飲料を販売する場合には、酒類販売業免許が必要であるものの、飲食店事業において、アルコール飲料を提供している場合、「料理店その他酒類をもつぱら自己の営業場において飲用に供する業」については、酒類販売業免許は不要(酒税法9条1項ただし書)とされる注6。もっとも、飲食店でデリバリーやテイクアウト等によりアルコール飲料を販売している場合には、原則どおり、酒類販売業免許が必要となるので、対象会社においてデリバリーやテイクアウト等でアルコール飲料の販売が行われていないか否か、念のため確認することが望ましい。
公衆衛生上の必要な措置
食品衛生法上、営業者は、「公衆衛生上必要な措置」を実施することが義務付けられているところ(同法51条1項、2項、施行規則66条の2第1項、別表17)、飲食店営業の場合には、厚生労働省が定める「HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理の制度化」に記載の措置を講じることが求められる。対象会社が、どのような措置を講じているか、法務DDにて確認する必要がある。
図表2 営業者が実施すること
① 「一般的な衛生管理」及び「HACCPに沿った衛生管理」に関する基準に基づき衛生管理計画を作成し、従業員に周知徹底を図る
② 必要に応じて、清掃・洗浄・消毒や食品の取扱い等について具体的な方法を定めた手順書を作成する
③ 衛生管理の実施状況を記録し、保存する
④ 衛生管理計画及び手順書の効果を定期的に(及び工程に変更が生じた際等に)検証し(振り返り)、必要に応じて内容を見直す
未成年者および飲酒運転をするおそれがある者への酒類提供
酒類を提供する飲食店事業者が、相手が20歳未満の者であることを知りながら酒類を供与した場合、事業者および代表者や従業員に50万円以下の罰金に処せられる可能性があり(二十歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律1条3項、3条1項、4条)、実際に事業者や従業員が書類送検された例も存在する。
また、道路交通法上、何人も、酒気を帯びて車両等を運転することになるおそれがある者に対し、酒類を提供し、または飲酒をすすめてはならないとされている(同法65条3項)。したがって、対象会社がアルコール飲料を提供している場合には、20歳未満と思われる者および飲酒運転をするおそれがある者に対してどのような確認を行っているのかにつき、調査を行うことが望ましい注7。
ポイントカードやアプリ
一般消費者向けのポイントカードやアプリが存在する場合には、関連する利用規約が消費者契約法に違反する内容となっていないかについて検討のうえ、個人情報をどのように取得し、どのように利用しているのか(利用目的の範囲内で取得しているのか)、個人情報保護法との関係で検討が必要な場合もあろう。また、登録されたメールアドレスにその後広告や宣伝を行う場合には、特定電子メール送信の適正化等に関する法律の適用もあるので、同法の遵守がなされているかについても、調査する必要がある。さらに、ポイントカードに「対価性」があり、資金決済法の前払式支払手段に該当する場合には、資金決済法上適切な対応がなされているか否かも、確認する必要があるので、留意されたい。
→この連載を「まとめて読む」
- 本稿は、飲食店事業のM&Aにおいて、特に留意すべき点を概括的に整理したものにすぎず、網羅的なものではなく、また、飲食店事業に限らず、通常のM&Aで当然に確認すべき事項は説明していない点につき、留意されたい。[↩]
- 以下、同様であるが、株式譲渡のスキームを念頭に「対象会社」としているものの、事業譲渡や会社分割の場合には、「売主」となる。[↩]
- 賃借不動産の登記簿まで確認するかどうかは、M&A取引後の出資比率、店舗に係る不動産の重要性およびDD費用等も踏まえて、ケースバイケースで判断することになるだろう。[↩]
- 各要件の具体的内容は、小倉秀夫ほか編『不正競争防止法コンメンタール』383頁以下(第一法規、新版、2025)を参照されたい。[↩]
- たとえば、東京地判平成22年10月27日労判1021号39頁(レイズ事件)。菅野和夫・山川隆一『労働法』416頁(弘文堂、第13版、2024)も参照されたい。[↩]
- なお、酒類提供飲食店営業を深夜において営もうとする者は、営業所ごとに、当該営業所の所在地を管轄する公安委員会に届出を行わなければならないが(風営法33条1項)、同法2条13項4号において「酒類提供飲食店営業」の定義から、「営業の常態として、通常主食と認められる食事を提供して営むもの」が除外されている。[↩]
- 具体的な確認方法としては、たとえば、注文の際に年齢や店舗への来店方法を確認したり、タッチパネルで入力したりするようなシステムにするといった方法が考えられる。[↩]
土岐 俊太
弁護士法人大江橋法律事務所 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士
12年京都大学法学部卒業。14年京都大学法科大学院修了。16~18年森・濱田松本法律事務所。22年Georgetown University Law Center修了(LL.M., Certificate in Securities & Financial Law)。22年~23年Morgan, Lewis & Bockius LLP(New York)。24年Heussen (Amsterdam)にて実務研修。24年Utrecht University School of Law修了(Master of Law and Sustainability in Europe)。主な取扱分野は、M&A、コーポレート、サステナビリティ、エネルギー、環境法、紛争解決等。
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