キャリア選択における企業法務系法律事務所の分析軸 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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企業法務革新基盤は、企業法務でキャリアを歩む弁護士・法務の方がキャリアを考える際の相談先(エージェント)としてシェアを伸ばしており、特に大手渉外法律事務所からの相談者数のシェアは、国内トップクラスである。高い専門性でキャリアの良き相談役として研究開発を続けている。
そこで、企業法務系法律事務所の経営コンサルティングを多く受任しており、組織変革のアドバイザーとしてさらに研鑽と事例の蓄積を進める同社代表取締役CEOの野村慧氏に、法曹を目指す方・若手弁護士のキャリア選択について“三つの視点”で解説いただいた。


この度、弁護士RECRUIT GUIDE 2022の巻頭記事の寄稿をご依頼いただいた。弁護士RECRUIT GUIDEの初回発行時にも記事を寄稿させていただいた。約6年前くらいだったと記憶している。この6年で企業法務マーケットは大きく変わった。キャリアの視点で考えると、企業法務系法律事務所の増加に言及すべきだろう。当該期間で新たに設立された企業法務系法律事務所は12年前~7年前の期間と比較しても多い。背景には何があるだろうか。背景を考えることは、一人ひとりのキャリアを考える上でも重要なのは言うまでもない。弁護士が働く“場”が変容していることは、企業法務系法律事務所で働くことを志望する方のキャリアに影響を及ぼすからだ。理由は多岐にわたるが、一例を挙げると企業法務系法律事務所の大規模化に伴い内部でのコンフリクトが増加したこと(事務所内部構造の視点)、企業法務案件の需要が増加および多様化していること(外的需要の視点)、旧来の法律事務所のビジネスモデルとは異なるモデルを構築したいと考える方が増加したこと(弁護士のマインドの視点)等が考えられる。背景を考察すると、キャリア選択の視点が獲得される。言い換えると、外的需要・組織内部構造・弁護士のマインドの各視点から企業法務系法律事務所を考察することは、キャリア選択の判断軸になるということである。

視点1:法律事務所における外的需要の捉え方をつかむ

複数の企業法務系法律事務所を比較することを想定してみる。複数の法律事務所からオファーを獲得すると悩むことも多いだろう。
各法律事務所が、外的需要をどう捉えているのかは重要である。そもそも外的需要は企業法務マーケットで一括りにできない。プラクティスによっても違うし、法律事務所のプレゼンスによっても異なる。厳しい見立てをする法律事務所もあれば、「需要しかないよ」と考える法律事務所もあるだろう。企業法務系法律事務所の案件流入チャネルが安定したものか、それとも不安定なのか、企業の組織構造の中のいかなるレイヤーからの依頼が多いのか等、同じプラクティスを扱っているように見えても実態は異なる。案件の規模も違うし、同じプラクティスの中でも多様な種類がある。今後の外的需要をどう捉えているかは、会話の中で滲み出ることが多い。一問一答の“点”ではなく、語られる全体像=“線”から推察することの方が精度は高い。外的需要をいかに組織に取り込み、いかなる態勢で処理するのか、そして、今後いかに需要が変化すると予想し、打ち手をいかなる粒度で考えているのか等を読み取る洞察力が重要となろう。法律事務所の説明会や外部への発信媒体、サマークラーク、会食、面接等から得られる情報からいかなる意味を導き出すか。パッチワークのように集められた一塊の情報を基に構想する力が求められるわけだ。精度を上げるためには、事例の集積が欠かせない。食わず嫌いにならず、さまざまな法律事務所に足を運ぼう。新卒時が、最も法律事務所を見学することができるタイミングだ。その機会を活用しない手はないのだ。中途採用となると、実務をこなしながら転職活動を行うことになる。5所の選考を受けるだけでも、かなりの負荷だ。職務経歴書を書く時間がとれず活動を休止する方がいるほどだ。中途採用では場数を踏むことは容易ではない。新卒時の活動は、将来の転職活動にも影響を与えることを理解するとよいだろう。

視点2:構造と規模から見える若手のキャリア形成

事務所内部構造の視点に話題を移そう。先に述べたコンフリクトは大規模化による結果・現象にあたり、事務所内部構造そのものではない。大規模であることが事務所内部構造に位置付けられよう。キャリアを選択する者にとって、事務所内部構造は重要である。しかし、外部者が内部構造を窺い知ることは難しい。外部者でも容易に認識しうる構造の筆頭は人数規模だ。これは数えれば分かることだ。ここでは、規模がいかなる意味でキャリアに影響を与えるのかを考察してみよう。企業法務系法律事務所で規模はさまざまな意味を持つ。誤解しないでいただきたいのは、規模の大小が各法律事務所のクオリティーの高低に直結するわけではないし、各人のキャリアの成功(成功の定義は多様であるため、ここでは経済上の成功と置く)につながるわけではない。ただし、大規模で歴史のある企業法務系法律事務所には、それだけのクライアントがあり、案件チャネルがあり、外的内的競争を勝ち抜いてきた百戦錬磨のパートナーが多数在籍しているということだ。練磨する環境としては非常に価値が高い。一流の仕事を多く見ることができるのはかけがえのない資産となる。そして、既にブランドを確立しているため、組織として持続可能性が高い。マイナス面としては、若手は上位互換になりやすく、パートナーになるまでに道のりは長く険しい。そして、なってからが本番である。成熟した組織の中で仕事するならば当然に受容しなければならないデメリットだろう。さらに、若手にとっては、配属リスクがある。配属されるチーム(チーム制を採用していない事務所も実質は振られる業務の色付けはある)によっては、コモディティー業務だけをひたすら取り組むことになるケースも散見される。組織ありきの業務もあるため、部分としての任務を果たすゆえに年次を重ねても自己に紐付くクライアントが存在しないなんてことも起こる。
では、中規模~小規模の企業法務系法律事務所を考えてみよう。パートナーがどのようなメンバーかが重要になる。組織というよりも人単位で事務所選択を考える必要がある。中規模・小規模企業法務系法律事務所の場合には、パートナー個人が蓄積してきたクライアントからの案件が中心になることが多い。リアルな現実を言えば、パートナーの売上の何割かに当たる案件に従事するわけであるから、当該売上の多寡によって経験できる案件の種類、量、質も決まってくる。そして、各パートナーの売上の伸び率も将来的に従事できる案件の量や質に影響を与える。質の良い案件が集積する法律事務所は、コモディティー案件の比率が低い。その結果、規模を増員しなくても最若手のアソシエイトでもロジ業務が少なく優良な経験を積むことができる。質の良い案件の比率が高くない法律事務所は、コモディティー案件の比率が高く、その結果、規模を増員しないと最若手はいつまで経ってもコモディティー案件に一番下っ端で従事することになりやすい。前者の場合には、規模を拡大しないことが優良な案件と指導を密度高く受けられることにつながりやすく(育成の希薄化が起きにくい)、後者の場合には、規模を拡大しないことがアソシエイトの成長曲線が鈍化することにつながりやすい。規模の拡大の有無がキャリアパスにいかなる影響を与えるかは、一律に判断することはできず、個々の法律事務所によって判断せざるを得ないことになる。前述した内容もよくあるケースを類型化したもので当然該当しない事例も存在するし、中庸に位置付けられるケースもあろう。大事なことは、ある程度の思考フレームを持ちつつも個別解は自己の頭で対峙し解析することである。

視点3:ビジョンとマインドから紐解く各事務所の成長戦略

弁護士のマインドについて考えてみよう。
就職・転職する際には、就職・転職先の代表的なパートナーがいかなるマインドを持っているかを注意深く観察することが重要である。旧来のビジネスモデルを前提に現在の延長線で進もうとする企業法務系法律事務所は、強いビジョンを打ち出すことは少ない。一方で、新しいビジネスモデルを目指し新領域の開拓を進める企業法務系法律事務所は、強いビジョンを打ち出すことが多い(この類型の法律事務所の中には強みが確立していない事務所も散見されるが、新しい挑戦をする以上、それは織り込み済みといえよう)。新しいビジネスモデルを構築することには長い投資期間を必要とし、構成員に忍耐を強いることになる。そのため、ビジョンで組織を統合し牽引しなければバラバラになりやすい。旧来のビジネスモデルと新しいビジネスモデルの両者を抱える企業法務系法律事務所の中には、強くビジョンを打ち出す事務所もあり、所内の軋轢を乗り越えてでも前進しようと取り組んでいる可能性がある。個人的意見であるが、この類型の企業法務系法律事務所は若い世代にとっては身を投じる価値があると思う。一方で、旧来のビジネスモデルを言い変えたに過ぎず、パートナーの出身事務所の焼き写し事務所もある。この場合は、組織はパートナーの出身事務所の縮小モデルになりがちである。若い世代にとって将来性があるかを熟慮する必要があろう。また、ビジョンに関するPRは旺盛で上手であるが、退職者が多い法律事務所も要注意だ。ビジョンと実際に大きな乖離がある可能性がある。
弁護士のマインドという視点で組織を捉えてみるとビジョンがあればよいというわけでもなく、それがいかなる構造に落としこまれているのか、実際に実行しているか等を総合考慮し、皆様の個人としてのビジョンとの接続を考え、キャリアを選択していただくのがベターであろう。

まとめ

以上、三つの視点からキャリア選択について考察してみた。キャリア選択は情報戦でありつつも、ご自身がいかなるビジョンを持つかによって、同じ事務所に対峙しても見え方は異なるだろう。
上記視点は、就職・転職のときに考えるだけではなく、執務開始後も考え続けることをお勧めする。キャリアの発展は、事務所経営の視点を若い年次で獲得できるか否かによって差がつく。経営の視座を持ち組織を眺める習慣を身につけることは、クライアントからの信頼獲得に必要な経営の視座を高めることにつながり、物事を構造化して捉える能力を向上させる。それらの集積は、人間力の向上にもつながり、ご自身という“プロダクト”の持続可能性を高めてくれるだろう。そうなれば、皆様の歩んだ道は確かな軌跡となり、キャリアの多様性に寄与し業界の発展につながる、ひいては日本の発展につながるだろう。

→『RECRUIT GUIDE 2022』を「まとめて読む」

野村 慧

企業法務革新基盤株式会社 代表取締役CEO

2019年2月に瀧本哲史(当時京都大学客員准教授)と共同創業。著名な企業法務系法律事務所や企業をメインクライアントとし、組織コンサルティング業務とエージェント業務を融合する独自手法でシェアを伸ばし続けている。文部科学省「平成27年度先導的大学改革推進委託事業」における「法科大学院修了生の活動状況に関する実態調査」の調査担当。主な著作に『新版 弁護士・法務人材就職・転職のすべて』(第一法規、2019)。個人の活動として、リーガルテック企業にエンジェル投資等を行う。