精神的に追い詰められやすい窓口担当業務をどう運用するか
危機管理・企業間訴訟・金融分野の実務に精通する矢田悠弁護士らにより2018年に設立された、ひふみ総合法律事務所。企業不祥事などの有事対応を得意とするとともに、平時からの危機管理体制構築のサポートを実施している。内部通報窓口はその危機管理体制の重要なファクターの一つだが、担当者が悩みを抱えるケースが多く見られる。
「2020年6月に公益通報者保護法が改正され、従業員数が300名を超える事業者については、内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備などが義務づけられました。内部通報者の保護はより手厚いものとなり、内部通報窓口の担当者に対しては通報者を特定させる情報を守秘することが義務づけられています。保護対象や保護の内容が拡大したことはよいことですが、通報窓口担当者の負担はより重いものになったといえます」と、矢田弁護士は指摘する。
窓口に寄せられる通報は一つひとつ真摯に対応すべきものではあるが、その性質上、一見すると通報者から企業に対する“クレーム”のような態様を呈することも少なくない。通報件数が多い企業の場合には、それらを傾聴する担当者の心理的負担が課題となることが多いという。
「最近は公益通報者保護法の適用のある不正事案と、原則として同法の適用がないハラスメント事案についての窓口を分ける運用をアドバイスすることも多いですね。法改正によって、前者の不正事案についてはより厳密に対応する必要がありますが、相対的に数が多いハラスメント事案についても同様の対応を行おうとすると、対応のスピード感においても、担当者の負担感においても無理が生じます。当事務所では、個別具体的な通報事案への対応のサポートはもちろん、こうした通報窓口の機能に応じた複数化などの制度設計のアドバイスや、通報窓口担当者が大きな失敗をしてしまわないための研修、通報者からのよくある質問に対する応答例などのツールの提供を通じて、担当者が疲弊してしまわないしくみ作りやルール作りのお手伝いをしています」(矢田弁護士)。
担当者の悩みと負担の軽減には中長期的なアプローチが必要
通報窓口担当者の悩みは、通報者からの過大な要求に原因がある場合も多い。
「通報量の多さや通報内容を悩ましく思っているケースもさることながら、特定の通報者の要求水準が過度に高かったり、回答した調査内容にいつまでも納得しないといったことで悩んでいらっしゃるケースが多いですね。回答に納得できない通報者が繰り返し連絡・通報を行い、窓口担当者が疲弊してしまうケースも散見されます」(矢田弁護士)。
このような場合、真に焦点を当てるべきは、繰り返し連絡を行う通報者の対応ではなく、その背景にある“社内の問題”であると矢田弁護士は指摘する。
「横串で多くの会社を見ていると、社内の空気がギスギスしていたり、不正やハラスメントを助長する企業風土があるといった状況下では、日常の些細ないざこざを対象とした通報が多くなる傾向があります。この場合、通報対応だけではモグラ叩きにしかならず、根本的な問題解決にはなりません。中長期的な視野で、経営者や人事担当者とも連携して環境改善を行うことが肝要です」(矢田弁護士)。
窓口の設置・運用は不正の早期発見に不可欠 信頼維持には“不認定”案件の対応こそ重要
運用に苦労することも多い内部通報窓口だが、その効果は年々上がっているという。消費者庁が2023年に行った「民間事業者等における内部通報制度の実態調査」によると、内部通報制度の導入について、「従業員・役員等のコンプライアンス意識の向上につながっている」と回答した企業は81.3%、「違法行為を是正する機会の拡充につながっている」と回答した企業は73.2%にのぼった。また、内部通報制度を導入している事業者の不正発覚の端緒は内部通報が最も多く、内部監査や上司のチェックによる発覚を上回った。内部通報制度の効果を感じる傾向は通報数が多いほど高くなる傾向にあり、企業不祥事を未然に防ぐには、通報窓口が有効に運用されることが欠かせないことがわかる。
「通報窓口が有効に機能するためには、潜在的な通報者、つまりは全従業員からの制度への信頼が欠かせません。そして、このような信頼は、結局は一つひとつの通報に丁寧に答えていくことで得られるものです。その際、大切になるのは、通報対象となった事実(不正・ハラスメント)が認定できる事案よりも、むしろ、そうした事実が認定できない“不認定”事案での通報者への対応こそが重要になります。せっかく窓口を利用してくれた通報者に、“通報したけど何の意味もなかった”という感想を抱かれてしまっては次につながりません。たとえば、ハラスメントの通報に対して、“ハラスメントに該当しない”と判断した場合でも、“該当しませんでしたが…”から始まる説明が重要だと考えています。調査の結果、ハラスメントの認定には至らなかったものの、そのような疑いを生じかねない職場環境が認められたのであれば、通報者に対して環境改善に努める旨を伝え、また、改善のきっかけとなった通報に感謝の念を伝えられるとベターです。仮にこのような改善の要素がない事案でも、実施した調査内容を伝え、可能な限りの調査を尽くしたものの、それでも認定ができなかった理由を説明すれば、通報者の“満足”を得ることまでは難しくとも、ある程度の“納得”は得られるように思われますし、ひいては“内部通報制度が機能していること”への信頼も維持されるように思います。どのような回答が通報者の真の問題意識に適い、納得を得られるものかを考えるのは大変な作業です。担当者一人で考えると煮詰まることもあるので、複数人の視点で検討することが望ましいですね。“言うは易し行うは難し”ですが、我々も一緒に困難に立ち向かいたいと考えています」(矢田弁護士)。
読者からの質問(回答に納得しない通報者による繰り返し通報への対応)
これはあくまで最終的な手段ではありますが、内部通報のルールとして「濫用的な利用については禁止する」と規定することもできます。ルール化しないまでも濫用を認めない姿勢を示すことが必要です。
矢田 悠
弁護士
Yu Yada
04年東京大学法学部卒業。06年東京大学法科大学院修了。07年弁護士登録(第二東京弁護士会)、森・濱田松本法律事務所入所。12年金融庁証券取引等監視委員会出向。14年金融庁監督局証券課、金融庁総務企画局企画課信用制度参事官室出向。18年ひふみ総合法律事務所設立、パートナー就任。