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“AI元年”を宣言し実装 成果をクライアントへ還元

西村あさひ法律事務所・外国法共同事業は2025年を“AI元年”と位置づけ、全弁護士および全所員に対してAI活用環境の提供を開始した。自らがユーザーとしてサービス品質を高める側面と、AI関連の法的助言を提供する専門家としての側面の両輪を進化させ、クライアントへの最適なサービス提供を実現することが狙いだ。
法律事務所は信頼を基盤とするため、社会的な受容性とセキュリティ技術の成熟を待つ必要がある。「社会全体でAI活用が当然の前提となった今だからこそ、本格的な導入に舵を切ったのです」とCTOとしてテクノロジー戦略を牽引してきた上野元弁護士は語る。
同事務所は特定ベンダーへの依存を避け、常に最適なAIを選択できる“ベスト・オブ・ブリード”アプローチを重視する。選定にあたっては、IT戦略室と協力のうえ評価を進めるが、最も重要な判断基準は“弁護士自身の使い勝手”だ。「新技術の活用に積極的な弁護士を選んでトライアルを続けながら、世の中の評判も見て判断しています」(上野弁護士)。
ナレッジ共有の観点からも、ストレージを含む社内データベースをセキュアな環境でAIに接続し、検索や活用を可能とすべく、「レガシーシステムは一部残存するものの、基本的にはAIから所内データにアクセスできる準備を整えた」(上野弁護士)という。
成果は既に現れ始め、情報の検索効率化、文書要約の迅速化、クライアントへの報告資料の叩き台作成などで実績を積み重ねている。「AIはあくまでツールで、弁護士の本質は最適なアドバイスです。その中で、スピードはクライアントにとっては重要なクオリティの一要素です。イメージを形にする時間を短縮し、本質的な要素に時間をかけられるようにしたいと考えています」(上野弁護士)。
ツール導入にあたり、同事務所が最も重視するのがセキュリティだ。機密情報を扱う法律事務所として「AI基本方針」を策定し、HP上でも公開している。また、日弁連のガイドラインにも準拠しながら、惜しみなく投資を続ける。
もちろん、技術的対策だけでなく、所属弁護士やスタッフへの啓蒙活動も継続的に実施しているという。「セキュリティを語る際、最大のリスクは常に人間です。技術的対策だけでなく、所内の弁護士やスタッフへの情報提供や研修も実施しています」(上野弁護士)。

上野 元 弁護士

生成AI時代における著作権法の構造的課題

AI活用における法的課題の理論的検討については、元知的財産高等裁判所長である髙部眞規子弁護士がオブカウンセルとして知見を提供する。
「著作権法は生成AIを念頭に置いていない時代の法律です。欧米では先行して議論や判決まで進んでいますが、日本では議論は続いているものの、まだ生成AIによる類似生成物について、著作権侵害の観点から司法判断が示されていません」(髙部弁護士)。
文化庁が2024年春に「AIと著作権に関する考え方について」を公表したものの、裁判所に対して法的な拘束力を持つものではない。髙部弁護士は「参考にはされるべきですが、そのとおりに裁判所が判断する保証はありません」と指摘する。
著作権侵害の成否を判断するうえで重要なのは、単なる類似性ではなく“依拠性”の有無だ。「類似のものが常に著作権侵害となるわけではありません。既存の著作物にアクセスしているかどうかが重要な要素となります。プロンプト入力時に、ユーザーが既存著作物を知っていた場合はもちろん、AIが他人の著作物を学習していることを知らなかった場合でも、学習していて類似のものが生成されれば、依拠性が認定され得ます」(髙部弁護士)。
問題となるのは、AIサービス提供事業者の責任範囲だ。特定のプロンプトで必ず類似の生成物ができる状況であれば、ユーザーだけでなくAI事業者、サービス提供者の両者が責任を負いうると考えられる。
また、著作権法30条の4の解釈も重要な論点だ。日本ではAI開発を促進する観点から、情報解析について著作権者の利益を不当に害する場合を除き、基本的に自由にできるという条文を設けている。
「開発側の多くが、この条文を拠りどころに“著作権の問題は解決している”と考えているかもしれません。しかし、そもそも“情報解析のみを行っているか否か”“この条文が適用できるのか”という点が問題になります。さらに、白紙の状態から考えたときには、“今の法制度が本当にベストか”という論点もあります」(髙部弁護士)。
昨今では、新聞社がAI検索に自社の記事を無断で収集・利用されたとして訴訟を起こしたことも話題になった。「解決の道筋は、政府の姿勢というよりも司法判断で一定の結論が示されることであり、その積み重ねが重要です」(髙部弁護士)。

1億総クリエイター時代には著作権のリテラシー向上が不可欠

髙部弁護士は、「社会構造の変化も著作権問題を複雑化させている」と指摘する。「以前の著作権者は限られた人たちでしたが、今は多様な創作の形態があり、それがネット上にアップされ、他人に使用される状況にあります。従来の“権利者 対 利用者”という単純な構図では捉えきれなくなりました。著作権だけでは解決できない面もありますが、まず著作権における結論を踏まえることが必要です」(髙部弁護士)。
インターネット上では、著作権侵害をめぐって感情的な対立が頻繁に発生する。“AIの生成物が自身の著作物に酷似している”と著作権者が訴える騒動は、企業にとってはレピュテーションリスクとなりうる。企業側の実務的な対策として、髙部弁護士が強調するのは利用記録の保持だ。「“使ったか否か”“どういう形で使ったか”の記録を残しておくことが、有事対応時の検証では重要です。具体的には、“どのAIサービスを使用したのか”“どのプロンプトを用いて生成したか”といった情報を記録として残すことです。そうすることで、権利者から指摘を受けた際に、“独自に作成した”と説明でき、“その生成物は該当する著作権を侵害していない”と主張できる場合もあります」(髙部弁護士)。
今後は法務部門による社内確認だけでなく、第三者である権利者から指摘を受けた場合に備えた資料作成が不可欠になる。「従来、論文や記事で引用元を明記していた慣行が、AI時代に形を変えたものと理解すればよいでしょう」(髙部弁護士)。
安心して事業に利活用でき、権利者に利益還元できるルール整備と、企業のリテラシー向上が望まれる。

髙部 眞規子 弁護士

AIガバナンスの構築が企業価値を左右する

AI・データといった最先端テクノロジー法務を専門とし、内閣府「人間中心のAI社会原則会議」や経済産業省「AI・データ契約ガイドライン検討会」などにて、構成員や委員を務める福岡真之介弁護士は、近年のAI法制の動向を単なる硬直的な規制ではなく、むしろ“イノベーション促進”と“リスク管理”という二つの側面のバランスをとらせるための枠組みとして捉えている。2025年には「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(以下「AI新法」)が施行された。「AIに対する不安から利用をためらう企業や個人が多い中、国として活用を促すためさまざまな整備をする発想で作られたのがAI新法です。本法は基本法的な性質のもので制裁規定はなく、包括的なAI規制法であるEUのArtificial Intelligence Act(EU AI法)とは異なります」(福岡弁護士)。
2025年現在策定中のAI基本計画にも、イノベーションとリスクの両立を目指す姿勢が表れているという。中でも、4本の柱の一つとして掲げられるのが“AIガバナンスの強化”だ。「AI活用のためにはガバナンスが機能している必要があります。著作権侵害を含め、従業員が違法な生成を行わないしくみの存在が不可欠です。今やAIは開発チームなど限られたメンバーのみが活用する段階ではありません。社員教育だけでなく、承認システムやITシステムなど、全体でガバナンスを行うことが必要です」(福岡弁護士)。
ただし、生成AIが普及し始めて3年程度の現在、ガバナンスシステムを構築している企業は少ない。「今はできることから順次対応している段階で、答えがない中で模索する必要があります。既に総務省・経済産業省が策定した「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」(2025年3⽉28⽇)があり、一つの指針となっていますが、“分量が多く対応が難しい”との声もあります。企業の実需に合わせブラッシュアップしていくべきでしょう」(福岡弁護士)。
福岡弁護士によれば、今後、AIガバナンスがコーポレートガバナンスと同様の重要性を持つようになることは間違いないという。「実際に、米国では既に株主提案の形でAI監視体制への要求が多数出始めており、共通する外国投資家を持つ日本にも近々に影響が及ぶはずです。AIガバナンスやAIリスクへの対応が株価に反映する時代がやってきます」(福岡弁護士)。
今やAIの活用が企業価値と直結する時代だ。「生産性の向上はもちろん、投資家はAIのリスク管理にも注目しています。たとえば、ランサムウェアの影響で企業価値が下がった事例は枚挙に暇がありません。AIの場合は、著作権侵害、個人情報の漏洩、秘密情報の漏洩、サイバーセキュリティ問題など、違った形で影響が及びます」(福岡弁護士)。

福岡 真之介 弁護士

IT・法務・経営が一体で挑むサイバーセキュリティ戦略

企業の危機管理およびサイバーセキュリティ分野で多くの案件に関与する北條孝佳弁護士は、警察庁で技官として勤務し、10年以上サイバー攻撃の解析や犯罪捜査の技術支援に従事した経験を持つ、稀有な存在だ。「現在は、被害発生段階から関与し、デジタルフォレンジック事業者の選定から被害に関する当局への報告、公表、補償対応まで幅広く助言しています。特に調査に関しては、被害の把握および調査レベルの判断は知見なくしては難しいケースがあります。必要に応じて自ら解析することもあります」(北條弁護士)。
近年のサイバー攻撃増加を受けて、デジタルフォレンジック事業者の新規参入も急増しているが、効果的なフォレンジックは経験が物を言う世界だ。「必要な調査を漏らさず行うことができる事業者の選定が欠かせません。信頼に足る事業者は取り合いの状況で、そうした適切な事業者がもっと育ってほしいと考えています」(北條弁護士)。
北條弁護士は「サイバーセキュリティの分野においては、法務と技術、経営の知見を融合しなければ判断が難しい時代になった」と語る。「デジタル技術の進展は目覚ましく、正しい理解と評価がなければ各種契約等における責任範囲を適切に反映することはできません。一方で、法務部門が自社の多岐にわたる技術知識を詳細に把握することは、現実的とは言えないのも事実です。IT部門と経営層が法的リスクを認識し、法的リテラシーがビジネスに直結すると理解することが肝要です」(北條弁護士)。

万全な防御体制の構築にはグレーゾーンに踏み込む覚悟も必要

AIの進化は攻撃手法の高度化も招いている。北條弁護士によれば、手口がより巧妙で従来のセキュリティ対策では検知や防御が困難なケースへの対応には、一歩踏み込んだ対策も必要だという。「攻撃者は規制を無視し、使えるものはすべて使います。一方、事業者側はコンプライアンスを考慮すると利用できない技術や手法が多くあります。防御は本来、攻撃者の知識や技術を上回るものでなければなりませんが、コンプライアンスを重視することで不利な状況に置かれるというジレンマが存在します」(北條弁護士)。
このため、企業はサイバースレットインテリジェンスのグレーゾーンについて真剣に考慮する必要がある。「攻撃者の視点で考えるためには、攻撃手法や脅威情報の分析が重要です。海外企業の一部では、既にダークウェブ上の情報提供者から情報を購入し、防御策に活用している事例もあります。ただし、本来は情報源が合法的な提供者かどうかを確認する必要がありますが、ダークウェブでは身元確認がほぼ不可能であるため、こうした取引は企業倫理上の課題となり、日本企業では議論がほとんど進んでいません。購入の可否については、法的リスクや倫理面を整理したうえで、経営層による判断が求められる状況です」(北條弁護士)。
企業にとってはリスクを伴う判断だが、対応しなければ脅威は既に現実化している。「対応が遅れている企業は残念ながら攻撃対象となりやすい状況にあります。ダークウェブ上には膨大な情報が存在し、攻撃者はこれをAIで解析すれば、企業の脆弱な箇所がわかります。攻撃される前に企業が自らの脆弱な箇所を把握し、適切な対策を講じれば、セキュリティをより強固にすることが可能です」(北條弁護士)。
AIもサイバーセキュリティもすべての分野で企業の成長を左右する重要な課題となっている。企業は戦略的かつ継続的にこれらの課題に取り組むことが求められている。

北條 孝佳 弁護士

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 DATA 

ウェブサイトhttps://www.nishimura.com/ja

所在地・連絡先
〒100-8124 東京都千代田区大手町1-1-2 大手門タワー
【TEL】03-6250-6200(代表) 【FAX】03-6250-7200
【E-mail】info@nishimura.com


所属弁護士等:パートナー/法人パートナー/法人社員292名、アソシエイト/法人アソシエイト584名、オブカウンセル12名、カウンセル/法人カウンセル67名、税理士/弁理士/アドバイザー26名(2025年12月現在)
*提携事務所およびアライアンス事務所を含む

沿革:1966年設立。以後、高い専門性と総合力を持つ複数の法律事務所の統合を経て、2007年に「西村あさひ法律事務所」となる。2023年外国法共同事業を開始。世界22拠点で900名を超える*プロフェッショナルが緊密に連携する国内最大の国際総合法律事務所として、幅広いニーズに対応する。2026年創立60周年を迎える
*提携事務所およびアライアンス事務所を含む

近時の受賞:▽The Asia Legal Awardsにおいて法律事務所として初快挙となる最優秀賞のAsian Law Firm of the Yearを4年以内に2回受賞(2021、2024)▽FT Innovative Lawyers Asia-Pacific Awardsにおいてアジア太平洋地域の総合順位で第4位に選出(2022)、7年連続で日本の法律事務所として最上位を獲得(2019~2025)、People Strategy部門を受賞(2025)▽ALB Japan Law AwardsにおいてJapan Law Firm of the Yearを4年連続(2019~2022)およびOverseas Practice Law Firm of the Yearを受賞(2021、2023、2024)▽Chambers Global 2025において多岐にわたる法分野および国/地域が高く評価され、日本の法律事務所の中で最多の事務所ランキングを獲得、最も“Global Reach”を有する日本の法律事務所として最高評価のBand 1を獲得▽ダイバーシティ&インクルージョンに取り組む企業を認定する日本最大のアワードであるD&I AWARDにおいて最高評価の「ベストワークプレイス」に4年連続認定(2022~2025)▽職場におけるLGBTQ+などのセクシュアル・マイノリティへの取り組みの評価指標である「PRIDE指標2025」において「ゴールド」を受賞(2020~2025)

上野 元

弁護士
Hajime Ueno

97年東京大学法学部卒業。99年弁護士登録(第一東京弁護士会)。04年Harvard Law School修了(LL.M.)。04~05年Skadden, Arps, Slate, Meagher & Flom LLP(New York)勤務。05年ニューヨーク州弁護士登録。21年~Fellow, INSOL International。

髙部 眞規子

弁護士
Makiko Takabe

79年東京大学法学部卒業。81年裁判官任官。最高裁判所調査官、東京地方裁判所部総括判事、知的財産高等裁判所部総括判事、同所長、高松高等裁判所長官などを歴任。21年裁判官退官、弁護士登録(第一東京弁護士会)、特許庁工業所有権審議会委員。22年~特許庁政策推進懇談会委員(座長)。23年~早稲田大学法学学術院客員教授、文化庁文化審議会委員、東レ株式会社社外監査役。24年~経済産業省侵害判定諮問調査員。25年~東京地方裁判所民事調停委員。

福岡 真之介

弁護士
Shinnosuke Fukuoka

96年東京大学法学部卒業。98年弁護士登録(第二東京弁護士会)、中島経営法律事務所入所。06年Duke University School of Law卒業(LL.M.)。07年ニューヨーク州弁護士登録。18年~内閣府「人間中心のAI社会原則会議」構成員。18~19年経済産業省「AI・データ契約ガイドライン検討会」委員。24年~内閣府「AI制度研究会」構成員。25年~経済産業省「AI利活用における民事責任の在り方に関する研究会」委員、内閣府「人工知能戦略専門調査会」構成員。

北條 孝佳

弁護士
Takayoshi Hojo

98年電気通信大学電気通信学部卒業。00年電気通信大学大学院電気通信学研究科修了。00~14年警察庁勤務(09年~情報通信局情報技術解析課サイバーテロ対策技術室)。13~14年東京大学生産技術研究所協力研究員。15年弁護士登録(東京弁護士会)。22年~埼玉県警察サイバー犯罪対策技術顧問。24年~徳島県警察サイバー犯罪対策テクニカルアドバイザー。25年~総務省「AIセキュリティ分科会」構成員。

『法律実務家のためのコンプライアンスと危機管理の基礎知識』

著 者:木目田裕[監修・執筆]、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 危機管理グループ[編]
出版社:有斐閣
価 格:3,630円(税込)

『サステナビリティ大全』

著 者:西村あさひ法律事務所・外国法共同事業[編]
出版社:商事法務
価 格:10,450円(税込)