建築訴訟の実務上のポイント - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

過去3回の連載では、建築請負において施工業者が負うべき責任の内容や、どういった場合に契約不適合があるといえるか、といった内容的な部分を取り扱ってきました。

実際に契約不適合の有無が問題になるなどし、紛争化した場合、その紛争を解決する手続が非常に重要になりますが、当事者間の話し合いだけで解決できない事案では、民事訴訟の利用が選択肢となります。そこで、第4回に当たる今回は、建築訴訟の実務について概要をご説明させていただき、具体的なトラブル事例を踏まえた実務上のポイントについて解説します。

建築訴訟の概要

一般に、民事訴訟のうち、建物の設計、監理または施工の瑕疵(契約不適合)、工事の完成、工事の追加または変更、設計または監理の出来高が争点となる事件等が「建築訴訟」と呼ばれています。
最高裁判所が公開している「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書」(令和5年7月)によれば、建築訴訟は令和4年の1年間に1,828件も提起されており、民事訴訟の中でも、比較的案件数の多い類型といえます。

建築訴訟には、一般に次のような特徴があるといわれています。

❶ 審理の対象が複雑で、訴訟運営に困難を伴いがち

・ 審理・判断に建築に関する専門的知見を要するが、裁判官や弁護士等の訴訟関係者に建築に関する専門的知見が乏しいことが多い
(たとえば、工法や材料が適切だったのか等、技術的な論点が含まれることが多い)

・ 多数の争点が形成される例が多い
(建物の瑕疵が問題になるケースでは、数十個の瑕疵が主張されることが稀ではなく、当然、争点の数も多数にわたることになる)

・ 事実認定の困難さ
(設計や施工の過程でのやり取りが書面上の記録に残されておらず、事実認定の難易度が高いことも多い)

❷ 当事者の訴訟への対応が厳しくなりがち

・ 感情的対立が激しい場合が多い

・ 訴訟による解決に対する要求水準が高い

これらの特徴は、建築訴訟の審理期間が長引く要因ともなっており、担当裁判官や代理人弁護士に専門性が求められる理由でもあります。
そこで、裁判所は、都市部の地方裁判所に建築訴訟の専門部(東京・大阪)や集中部(千葉・札幌・福岡)を設置し、一部の裁判官に建築訴訟の専門性を高めるべく経験を積ませています。また、建築訴訟の特徴を踏まえた的確な訴訟指揮を行い、かつ長引きがちな建築訴訟を効率的に進めるべく、裁判所は建築訴訟の「審理モデル」というものを定めており、上記の専門部・集中部を中心に、かかるモデルにしたがった運用が行われています。
かかるモデルの存在こそ、建築訴訟のプラクティスが通常の民事訴訟と大きく異なっている理由であり、建築訴訟に臨む当事者としては是非理解しておきたいポイントです。そこで、以下では、この「審理モデル」の概要について、詳しくご説明いたします。

裁判所の審理モデルと、それを踏まえた当事者のあるべき対応

審理モデルの概要

裁判所は、長引きがちな建築訴訟の審理(第一審)を2年程度で終わらせることができるようなスケジュールを目指して、事件類型に応じて、

① 追加変更工事をめぐる審理モデル

② 工事の瑕疵に関する審理モデル

③ 出来高をめぐる審理モデル

の3種類のモデルを用意しています。
このうち、②工事の瑕疵に関する審理モデルを例にとると、以下のような流れで、訴訟提起から判決まで進むことが想定されています。

図表1 工事の瑕疵に関する審理モデルの流れ

【解説】

❶ 訴状審査

原告が訴状を提出してから、1か月程度、裁判所が訴状を審査するための期間があり、これは一般的な民事訴訟と同様です。

❷ 主張整理

被告が訴状に対して反論し、原告が再反論するといった形で主張立証のラリーが続きますが、後述する「一覧表」と呼ばれる書式を用いることで、このラリーを効率的に進める試みがなされています( 一覧表の利用 )。主張整理は、効率的に進められないと年単位の時間がかかることもありますが、この審理モデルでは8か月以内に終わらせることが想定されています。

❸ 調停手続との並進による争点整理

次に、手続を調停手続に移行し、専門家の調停委員に関与させて( 専門家の関与 )争点を整理するための期間が予定されています。この間、訴訟手続も中断されることはなく、調停手続と並行して継続することとなります( 調停手続の活用 )。
この争点整理の間には、調停委員による質疑等を経て、建築専門的な争点について整理されるとともに、調停手続を活用した話し合いによる解決も図られることが通常です。また、この期間中に、裁判官・調停委員・当事者で、現地の建物を実際に見に行く「現地調査」が行われることが一般的です( 現地調査 )。

以上の手続で、話し合いによる解決(調停)が成立しない場合には、必要に応じ、人証調べ(証人尋問)、判決と進むことになります。

上記の図表1および枠内において色付きで示した四つの点が審理モデルのポイントであり、以下では、これらのポイントの目的や内容について、詳しく説明します。

一覧表の利用

建築工事の瑕疵が争われる事案では、主張される瑕疵が多数にわたることが多く、数十個や、それを超える数に及ぶことも稀ではありません。このような瑕疵について、すべて準備書面の中で、文章で主張・反論がなされていたのでは、全体を把握することが難しく、非効率です。これは、追加変更工事や工事の出来高が争われる事案についても、同じことがいえます。そのため裁判所は、施工瑕疵一覧表追加変更工事一覧表出来高一覧表といった表形式のフォーマットを用意しており、そこに記入する形で、当事者の主張を対比することを求めています。
具体例として、施工瑕疵一覧表(図表2)を見ていきましょう。

図表2 施工瑕疵一覧表

このように、裁判所は①「実際の施工」②「あるべき施工とその根拠」③「損害」という三つの観点に分けたうえで、瑕疵の項目ごとに、双方当事者の主張や証拠を記入することを求めています。
瑕疵の主張の内容を分析すると、「本来●●●という施工をしていなければならないのに、実際には★★★という施工がなされた」という要素から構成されます。さらには、なぜ●●●の施工が求められていたといえるのかも、訴訟上重要な論点となり得ます。そこで、これらの点をわかりやすく整理するために、①「実際の施工」と②「あるべき施工とその根拠」という観点が用意されています。
なお、この表を作成するうえでは、本連載第3回でご説明した「瑕疵現象」と「瑕疵原因」の区別も重要です。たとえば、あるべき施工に「雨漏りが生じないような施工をすべき」と抽象的に記載するのは不適当であり、雨漏りの発生を防止するために行うべきであった具体的な施工内容を特定して記載する必要があります。
図表2のように一覧化されることで、個々の項目における争点が明確化されます。上記の例では、①「実際の施工」の記載から、結果として非常灯が設置されていない、という事実自体には争いがないこと、②「あるべき施工とその根拠」の記載から、仕上表の読み方(非常灯の設置を意味するものであるか)が争点であること、③「損害」の記載から、非常灯設置工事に必要な金額の妥当性(どちらの見積りが適正か)が争点であることが、すぐに理解できます。

「一覧表の利用」にかかる実務上のポイント

一覧表は、当事者と裁判所の間のコミュニケーションツールです。これを的確に作成できることは、当事者が瑕疵の内容を正確に捉えられていることを意味し、主張したい内容を裁判所にしっかりと理解してもらえることにつながります。また、瑕疵を主張する原告側としては、裁判所に指示されてから瑕疵一覧表を作成するのではなく、訴状作成段階で瑕疵一覧表を準備しておくことを検討することが有用な場合もあります。
関連して、当事者としては、主張すべきことは当然主張しつつも、迅速な審理に貢献している姿勢を見せることが望ましい場合もあります。たとえば、契約書、設計図書といった、その事案における基本的な証拠を、必要以上に小出しにするのではなく、序盤から積極的に提出していく対応などがその例です。もちろん、リスクのある証拠の場合には提出の可否を慎重に判断する必要もあり、すべてをオープンにすることが常に正解というわけではなく、訴訟の展開を予想しつつ、適切に判断していくことが必要です。

専門家の関与

建築訴訟では、建築技術上の欠陥・不具合の判断といった専門的な事項が問題となることが多いものの、前述のとおり、裁判所や弁護士は建築の専門家ではありません。そこで、適切な解決を導くため、専門家の助力が必要となります。
建築の専門家の関与の方法としては、訴訟法上、調停委員、専門委員、鑑定といった手段が考えられますが、審理モデルでは、調停委員としての関与が主として想定されており、実務上も、ほとんどの場合、建築の専門家は調停委員として関与されます。

「専門家の関与」にかかる実務上のポイント

建築訴訟に的確に対応するためには、当事者にも建築の専門的な知見が必要になります。当事者が施工業者等の専門家の場合には、一般的には建築の専門知識には問題がないため、当事者と代理人弁護士の間でしっかりとコミュニケーションをとることで足りる場合が多いです。その際は、技術的な理解と、それを法的に整理したらどうなるのかについて、互いに理解を深めることが重要です。他方、当事者が個人や事業会社等、建築の専門家ではないケースや、施工業者等の専門家であっても専門外の技術分野に関する論点が争われるケースでは、外部の専門家に協力を依頼することが適当な場合もあり、その場合は適任の専門家を見つけられるか否かが鍵となります。ただし、外部の専門家に協力を依頼する場合に注意しなければならないこととしては、専門家の意見は、必ずしも法的な整理を踏まえたものではなく、建築の専門家としての高すぎる要求水準からの発言である場合もあるため、法的な判断基準も踏まえて、担当の代理人弁護士の方で専門家の意見をよく咀嚼することが重要です。
また、裁判所が選任する専門家調停委員は、事案を解決に導く重要な役割を果たしていますが、法律の専門家ではないため、当事者の公平を害する発言(たとえば、一方当事者にとってヒントとなるような発言)や、争いのある事実の有無を一方的に認定するかのような意見を述べることで、裁判官に不当な予断を与えるような行動をとる可能性もあります。期日に出席する代理人としては、万一そのような発言があった場合は、直ちに発言の趣旨を確認したり、是正し反論したりできるような瞬発力を備えておく必要があります。事前の対応として、当事者の技術担当者や、外部の専門家に期日への同席を求め、サポートしてもらうことも考えられます。

調停手続の活用

建築訴訟では、判決よりも合意での解決になじむ事案が多いとされます。たとえば、建物に瑕疵があって修補が必要な事案では、修補せよという結論の判決を得るよりも、修補の具体的な方法や、実施する日時などを当事者間で合意して行う方が、より適切な修補となることが期待できます。また、建築訴訟は複雑な利害が絡み合っていることも多く、判決で得られる結論よりも、合意により結論を柔軟に調整した方が、当事者にとって望ましい解決を得られることが多いと考えられます。たとえば、被告である施工業者が将来の点検を約束する、瑕疵のある建物を丸ごと買い取って解決するなど、判決では実現できない解決方法も合意であれば実現できます。そこで、合意による解決をサポートするため、建築訴訟では、事件を「調停」の手続に付すことが一般的です(付調停)。
ただし、調停手続を行うために訴訟手続を停止してしまうと、調停が不成立で終了した場合、調停に移行した後の手続を判決の基礎とすることができず、無駄になってしまい、非効率的です。そこで、訴訟手続と調停手続の「並進」というスタイルが取られます。並進の間は、訴訟と調停の手続がそれぞれ別の機会に行われるわけではなく、毎回の期日が、訴訟の期日兼調停の期日のような形で、同時進行で行われます。

「調停手続の活用」にかかる実務上のポイント

建築訴訟は、当事者の感情的な対立が大きいことが多い一方で、上記のとおり、合意による解決が妥当な事案も多く、柔軟な姿勢で臨むことが重要です。このような事案が多いことは裁判所もよく理解しているところであり、場合によっては、合意に向けた裁判所の働きかけが、やや強圧的に感じられることもないわけではありません。当事者としては、裁判所の示唆が、客観的に妥当な水準であるかをよく検討し、冷静に判断する必要があります。
また、筆者の経験上、裁判所から示される解決案に応じられるかを検討するという受け身の姿勢でいるのではなく、どういう解決を希望するか、受け入れられないラインはどこか等(交渉の駆け引きはありつつも)積極的に裁判所にインプットすることで、当事者にとって望ましい解決を実現できる可能性が高まることが比較的多いと考えています。

現地調査

現地調査とは、建物の状況が問題となる事案において、裁判官、専門家調停委員が、建物の所在する現地に赴き、建物の状況を直接確認する手続です。双方当事者、代理人、当事者側の建築専門家等から、その場で建物についての説明がなされながら進行します。
多くの事案では、五感を駆使して建物の現況を把握することにより、瑕疵の有無等の争点に対する適切な判断が容易になる面があります(実際、筆者が過去に担当した案件で、「実際に見ると証拠の写真とはだいぶ印象が違いますね」といった趣旨の発言を現地調査を行った裁判官から受けたことがあります)。
建築専門部や集中部のある地裁など、審理モデルに従った運用が行われている場合は、建物の状態が論点となっていない一部の事案等を除き、ほぼすべての事案でこのような現地調査が行われています。
なお、現地調査後に新たな論点が生じる事態を避けるため、争点整理段階の終盤に現地調査を行うことが一般的です。

「現地調査」にかかる実務上のポイント

現地調査は一度しか行われないので、当事者としてはしっかりと準備をして臨む必要があります。
まず検討すべき事項は、当日立会うべきメンバーの検討です。裁判所に対して必要な説明が行えるように、必要に応じて事実関係を理解している担当者や、技術面を説明できる社内の設計担当者、外部の協力専門家等の立合いを検討します。現地調査を行うにあたっては、関係者が多数のため、実施の数か月前など早い段階で日程調整を行いますので、それまでにメンバーを確定しておきたいところです。
また、裁判所に見てもらいたい箇所をピックアップし、適切な見分順路(当日見て回る順路)の検討を行います。当事者としては、自らの主張との関係で良いアピールができるようにしたいところであり、見てもらうべき箇所に漏れが生じないように準備しておく必要があります。
忘れがちなのが、当日の写真撮影です。現地調査では裁判官に現地を見てもらうことができますが、当日裁判官が見たものは、直ちに裁判の証拠になるわけではありません。そこで、必要に応じて写真撮影を行い、後日証拠としてその写真を提出することが必要な場合があります。
なお、必要に応じて、当事者間の合意を前提に、現地調査の機会に専門的機器を用いた建物の検査・計測などを行うこともありますので、そのための準備も必要となります。特に、建物を所有していない側の当事者(多くは施工業者)にとっては建物に立ち入る絶好の機会ですから、事案の解決に有用な手段・調査があるのであれば、裁判所・相手方に積極的に提案しておきたいところです。

最後に

事業活動においては、そもそも紛争が生じないこと、仮に紛争が生じても早期に解決することが理想ですが、建築分野では見解の相違や、やむを得ず訴訟に至ることがあります。また、訴訟になった場合の流れを理解しておくことは、紛争に対する心積もりとしても有意義であると考えます。この記事が少しでも皆様のお役に立ちましたら幸いです。

→この連載を「まとめて読む」

原田 康太郎

弁護士法人北浜法律事務所 パートナー弁護士

07年京都大学法学部卒業。10年京都大学法科大学院修了。12年弁護士登録。同年弁護士法人北浜法律事務所入所。建築・不動産分野、倒産・事業再生、M&A、相続・事業承継分野を中心にさまざまな案件を取り扱う。建築・不動産分野における事業者の顧問先も多数抱える。宅地建物取引士、マンション管理士登録。

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細井 南見

弁護士法人北浜法律事務所 アソシエイト弁護士

13年東京大学法学部卒業。15年東京大学法科大学院修了。16年弁護士登録。17年弁護士法人北浜法律事務所入所。建築・不動産分野、知財・データ・IT分野を中心に、紛争解決、契約締結支援、新規事業支援等、さまざまな案件を取り扱う。大手不動産デベロッパーへの出向経験も生かし、ビジネス感覚を伴った助言を信条とする。25年より米国コーネル大学ロースクールに留学。

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