三浦弁護士(ファシリテーター) 企業を取り巻くコンプライアンスやリスク管理の重要性が高まる中、どのような体制で不正調査に臨むのかについても、多様な選択肢が生まれています。その一方で、実際に不正が発覚したとき、「どんな委員会を設置すればいいのか?」「どの程度、外部の専門家を入れればいいのか?」と悩む企業担当者も少なくありません。そこで本日は、不正調査の経験が豊富な4人の弁護士の皆さんに集まっていただき、不正調査の設計について意見交換をしていただきます。
今回は、便宜上不正調査の手法を下記の4つに分類いたしました。
Ⅰ 日弁連のガイドライン準拠の第三者委員会(類型①)
Ⅱ ガイドラインには準拠しない社外特別調査委員会(類型②)
Ⅲ 外部の専門家を入れた社内調査委員会(類型③)
Ⅳ 外部の専門家を入れない社内調査委員会(類型④)
それぞれのメリット・デメリットや、どういったケースでどれを選択すべきかを、具体的シチュエーションを交えながらお話しいただきます。では、最初に4人の弁護士の皆さまから自己紹介をお願いします。
山上弁護士(類型①の解説担当) 山上と申します。私は弁護士としての経験は1年半程度ですが、比較的長く特捜部の検事として、不正調査を行うのであれば第三者委員会を設置するのが相当と思われる事案の捜査に従事してまいりましたし、東京地検特捜部長、東京地検検事正、最高検察庁次長検事などの立場で、この種事件の指揮をしてまいりました。また、弁護士となってからも、日弁連ガイドライン準拠の第三者委員会の委員長として東京女子医大第三者委員会の調査に携わりました。
上場企業の大規模不正案件の捜査・調査の経験は相当程度あり、これらの捜査・調査に当たってはいかに客観性・独立性を確保するかを常に意識して参っております。
磯部弁護士(類型②の解説担当) 磯部と申します。検事として16年勤務した後に弁護士へ転身して4年が経ちました。この間、大手企業のコンプライアンス部門に出向して内部通報制度等の改善支援をしたほか、第三者委員会で調査担当者をしたり、メディア系企業で起きた不祥事の再発防止を担当したりしつつ、社外調査や社内調査で、外部専門家として調査に携わってきました。
光山弁護士(類型③の解説担当) 光山と申します。検事として8年勤務した後、弁護士となり、第三者委員会の調査担当者や、大手金融機関・物流企業等の不正調査対応、弁護士や公認会計士などの外部専門家を補助的に加えるスタイルの社内調査案件を多数サポートしてきました。
福田弁護士(類型④の解説担当) 福田です。検事として5年勤務いたしました。弁護士に転身してもうすぐ6年であり、その間、第三者委員会や社内調査の補助のほか、小規模な不正や、対外公表の必要性がそこまで高くない事案において、社内メンバーのみで調査委員会を組成する場合のアドバイスにも対応しています。
類型①「日弁連のガイドライン準拠の第三者委員会」とは
—— まずは山上弁護士、いわゆる日弁連ガイドライン準拠の第三者委員会について、概要とメリット・デメリットをお聞かせください。
山上弁護士 はい、日弁連が公表している「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」、通称“日弁連ガイドライン”に則った形で設置される委員会を指します。
設置の経緯や調査の進め方、委員の独立性や資格、報告書の内容などについて、相当に厳密な基準が示されているんですね。とくに独立性と公正性が強く求められるのが特徴で、メンバーは外部の弁護士・公認会計士・学識経験者などの第三者に限られ、企業の経営陣や従業員が委員になることは避けられます。また、事実認定の権限は第三者委員会のみに属し、また、調査報告書の起案権は第三者委員会に専属するという点も大きな特徴です。企業等の現在の経営陣に不利となる場合であっても、調査報告書に記載される、非常に厳格な制度です。
—— なるほど、独立性と公正性が非常に高い調査の手法ということですね。では、そのメリットとデメリットはどのような点にあるのでしょうか。
山上弁護士 最大のメリットは、社会的な信頼性が高いことです。第三者委員会の報告書は、株主や取引先、金融機関だけでなく、監督官庁や世間からも“一定の客観性を担保されたもの”と評価されやすい。特に上場企業や金融機関など、外部ステークホルダーから厳しく見られる企業には有効な選択肢ですね。
一方、デメリットとしては、厳格な制度であるが故に、ガイドラインの要件を満たす調査委員の選定に時間がかかる点が挙げられます。また、独立性を確保することと引き換えに、企業やその部門などの内情に詳しくない社外の専門家が一から十まで調べて判断することから、作業量が増えてしまい報酬が高額になりやすい点もデメリットといえるかもしれません。このため、発生した不正によっては社内外から過剰な対応と見られる懸念はあります。
—— どのような不祥事で設置するのが適切なのでしょうか?
山上弁護士 たとえば、上場企業で決算数値の粉飾を疑わせるような重大不正が報道されてしまったケースや、大規模な内部告発があって社会的に注目を浴びているケースが典型例ですね。金融商品取引法等との関係で株主訴訟のリスクが高い場合や、機関投資家との対話が必要な企業のケースなどでも設置が望まれることが多いと思います。
私が委員長を務めた東京女子医科大学の第三者委員会の事例を踏まえて申し上げますと、この医大では、元理事長らによる数々の不正の疑惑がメディアに報じられており、それらを受けて法人内部で調査を行ったうえで監督官庁である文科省に報告をしていたのですが、結局、法人による報告は不十分なものでした。そのような状況下で女子医大関係者の不正を理由に警察による捜索が行われたことが大々的に報道され、もはや内部調査ではダメで、第三者委員会を設けて徹底調査をしなければならないという流れになったものでした。そこで、第三者委員会としては、強制権限のない任意調査であり自ずと限界はありますが、可能な限りの調査を尽くして調査報告書に取りまとめ、その結果、元理事長の一強体制であったものが、元理事長の解任に至りました。
独立性、公正性を堅持した社会的信頼性の高い調査が必要な場合には日弁連ガイドライン準拠の第三者委員会が望まれるといえるでしょう。
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山上 秀明 弁護士
類型②「ガイドラインには準拠しない社外特別調査委員会」とは
—— 続いて磯部弁護士にお伺いします。ガイドラインには準拠しない社外特別調査委員会は、どのようなものなのでしょうか。
磯部弁護士 調査のイニシアチブは企業から独立した調査委員会が持つものの、委員の構成や、調査の手法などについて一部ガイドラインとは異なる手法を採用する場合です。たとえば、法務コンプライアンス部門や内部監査部門が、調査委員会を補助する場合などがその典型例です。
調査委員の第三者性が高い場合には、一見すると、類型①と区別がつかないのですが、類型②であれば「特別調査委員会」などの名称が使われることが多いです。実は、世間を騒がせた大きな企業不正の中にも、類型②が使われていたケースが結構あります。私たちのチームでは、年間500件ほど(※2024年)の大小さまざまな不正調査を担当していますが、最も数が多いのがこの類型②です。
—— 特別調査委員会は、どのような狙いで設置されるのでしょうか。
磯部弁護士 時間や予算を抑えることを目的として選択されることもゼロではありませんが、より重要なのは、日弁連のガイドラインに記載された手法とはあえて別の手法を取ることが、より事案の解明をすることができたり、ステークホルダーの信頼をより回復できたりするような場合です。
確かに、日弁連のガイドラインは非常に優れたルールです。他方で、ビジネスの複雑化に伴い企業不正も日々複雑化していますし、私たち弁護士の不正調査の手法も日々進化しています。事案の概要に応じて柔軟な対応や新しい手法で調査を行う場合に、類型②が選択されることがあります。
—— 必ずしも特別調査委員会(類型②)は第三者委員会(類型①)の簡易版というわけではないのですね。
磯部弁護士 それはまったく違います。日弁連のガイドラインに「現時点(注:2010年)のベスト・プラクティスを取りまとめたもの」であり、私たち弁護士に対し「さらなるベスト・プラクティスの構築に尽力されることを期待したい」と書かれているとおり、他の手法を一切排除するものではありません。私たちのチームでは年間500件ほど(※2024年)の大小さまざまな調査を行っていますが、その中には、会社のリソースを活かすなど「さらなるベスト・プラクティス」で調査を行ったものも少なくありません。
—— 類型②を選択する場合の注意点についてはどのようなものがありますか。
磯部弁護士 日弁連のガイドラインとどこが違うのか、なぜ別の手法を選択することにしたのかについて、しっかりと説明責任を果たすことが重要でしょう。たとえば、事業が非常に専門的であるため調査補助者を置いた方が迅速かつ徹底した事案解明ができるところ、内部統制制度がしっかりと機能しているため、調査補助者の中に従業員が含まれていても、一定程度の独立性や公正性が担保できる、などです。
独立性や公正性の担保と別の手法を採用することのメリットのバランスについては、慎重に検討したうえ、ステークホルダーへの説明を尽くすことが必要です。
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磯部 慎吾 弁護士
類型③「外部の専門家を入れた社内調査委員会」とは
—— 次に光山弁護士、外部の専門家を入れた社内調査委員会について、詳しくお願いします。
光山弁護士 はい。これは企業内部の担当者が調査委員会の中心となりつつ、弁護士や公認会計士などの外部専門家がサポートメンバーに加わる形態ですね。たとえば法務部長や内部監査室長が委員長を務め、外部の弁護士がアドバイザーとして助言を行う、といったパターンです。
類型①②との違いは、あくまで社内調査であり、企業が調査のイニシアチブを持ち、調査報告書も企業内で作成するという点です。類型①や②は大きく報道されて目立つ案件も多いのですが、世の中で最も数が多いのは、類型③や類型④だと思います。
—— 具体的にはどのような助言や支援がなされるのでしょうか。
光山弁護士 たとえば、委員会メンバーの調査経験や法令等の専門知識に不安がある場合には、その部分に限定して外部の専門家の力を借りることができます。
私たちは、類型③の案件も数多く担当してきましたが、助言やサポートの範囲は、調査計画の策定、ヒアリングでの同席やアドバイス、事実認定の補助、追加調査の要否の判断、調査報告書の作成支援など多岐にわたっています。
少し変わったところでは、調査担当者からの悩み相談にも対応しています。社内調査担当者には大きなストレスがかかることも少なくありませんから。
—— なるほど。メリットやデメリットについては、いかがでしょう。社内メンバーが中心ですと、独立性について疑問視される可能性もある気がします。
光山弁護士 独立性が問題となるような場合には、類型①や②の調査を検討するよう助言することになります。
他方で、類型①や②にはないメリットもあります。一つ目は調査のスピードです。社内事情に精通しているメンバーが多いため、「どこに不正の痕跡がありそうか」を把握するのが早く、調査の初動が早くなる傾向にあります。二つ目は、社内のリソースをフル活用するので類型①②に比べてコストが圧倒的に安いことです。そして三つ目として調査に不慣れなメンバーでも、外部専門家の助言によって、調査範囲や深度、調査報告の内容について一定のクオリティが担保されやすいという点が挙げられます。
—— どういった案件に向いている手法なのでしょうか。
光山弁護士 たとえば、特定の部門に限定された不正疑惑が発覚したため、その疑惑の有無と疑惑が仮にあった場合の社会的な影響の大きさを早期に確認する必要がある場合が典型例です。また、内部告発の場合で、法的リスク等は軽微そうであるものの調査経験が少ないなどの理由により、一応外部弁護士のアドバイスを受けておきたいと考えるケースなども考えられます。上場企業の中で不正の規模が比較的小さいケースや、非上場企業である程度しっかりとガバナンスや内部統制が効いているケースにも向いていると思います。
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光山 夏貴 弁護士
類型④「外部の専門家を入れない社内調査委員会」とは
—— 最後に福田弁護士。外部の専門家を入れない完全な社内調査委員会の場合、どんなポイントを押さえるべきですか?
福田弁護士 類型④は、いい換えれば純粋な社内調査です。法務コンプライアンス部門や内部監査部門等の既存の会社組織による調査ですね。不正の内容によっては部門横断的な調査チームが組まれることもあります。
メリット・デメリットは皆さんのご想像どおりで、まずメリットは迅速な対応が可能であることにあります。不正等への対応のために組成されたチームですから、会社の実情をよく知っており短時間で調査に取りかかることが可能です。
他方、デメリットとしては、会社のメンバーだけで調査等を実施しているので、どれだけ公正に調査を進めたとしても、調査の独立性・客観性がないと外部の人に受け取られてしまう傾向にあります。また、自社の問題であるが故に過小評価してしまうリスクもあります。「従来から問題なく行われているから今も問題ないだろう」、「これくらいなら業界の人みんなやっているだろう」などと考えた結果、調査のスコープを狭めてしまったり、調査で得た情報を過少に評価してしまったりするようなケースです。
—— そうすると、利用できる局面はかなり限られる印象ですか?
福田弁護士 必ずしもそうではありません。たとえば、内部通報などを通じて社内から情報提供があった場合には、多くのケースで、まず類型④による調査が始まります。そして、社内調査によって集めた事実をもとに、他の類型の調査に移行するか、そのまま社内調査によって問題に対処するかを決めます。
つまり、まだ顕在化していない小規模不正やコンプライアンス違反を社内で把握していて、その段階で対外的な問題にならないよう早めに手を打つ──そういう場面なら、社内調査委員会で十分機能します。また、経験や知見が豊富な調査チームが存在する場合には、類型③と同等の調査が可能な場合もありますので、そういった場合は最後まで社内調査で対応する場合もあるでしょう。
もっとも、その後に大きな問題に発展したときは、“最初から外部専門家を呼んでおくべきだった”となるパターンがあるのも事実です。そのため、社内の人員だけで調査するということに固執することなく、外部の専門家の意見を聞くことができる体制を整えておくなどして、調査の進捗によって体制を再検討できるような柔軟な姿勢や日頃の体制整備が大事だと思います。
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福田 政人 弁護士
4つの類型、どう選べばいい?──山上、磯部、光山、福田弁護士のクロストーク
—— ここまで4つの類型を解説していただきましたが、結局“どういう基準で選べばいいのか”が知りたい方は多いと思います。まず、類型選択の判断基準にはどのようなものがありますか。
山上弁護士 判断基準となりうるものとしては、(1)不正の規模・深刻度、不正の社会的影響度、(2)組織の関与度合いと要求される独立性・公正性とのバランス、(3)組織の不正調査への対応能力、(4)予算やスピード感などが挙げられます。
—— 社会的影響度は分かりやすいですが、不正の規模・深刻度というのはどういうことでしょうか。
山上弁護士 不正の規模・深刻度とは、侵害された法益の性質がどのようなものなのかということです。それに加えて社会的にどの程度の広がりがあるかも重要です。
たとえば、個人の人格権が強く侵害された場合には、たとえ被侵害者が1名であっても、不正が深刻であると捉えて、類型①や②で臨むことが望ましい場合もあるでしょう。また、一つ一つの侵害法益は比較的軽微であっても、それが非常に多くの人に関わるものである場合には、やはり類型①や②が相応しい場合が多いといえます。さらに、法益という視点に加えて、不正の内容が、その企業の理念や常日頃から標榜している価値観と大きく乖離していること(言行不一致の度合い)も、深刻度に影響を与えることがあります。
磯部弁護士 組織が不正にどの程度関与しているかも重要な判断基準です。企業のコンプライアンス体制、ガバナンス体制に大きな疑義がうかがわれる案件や、企業の経営陣の関与が疑われる案件は、社内の人間が関与する調査ではステークホルダーの納得が得られない可能性があります。こうしたケースも独立性・公正性が強い類型の選択が必要になりますね。
光山弁護士 組織に備わっている不正の調査と対処能力も判断基準の一つになると思います。
たとえば、内部統制部門が強く、社内の法務や監査機能がしっかり機能している企業であれば、類型③や④をうまく使いこなせる可能性があります。社内に経験豊富なリスク管理担当者や監査役がいて、小規模な不正を素早く摘発できる仕組みがあるなら、社内で調査を行った方が事案の解明が迅速に進むこともあるでしょう。
あと、正面から取り上げられることは少ないのですが、予算等のリソースも実際の現場では重要な判断要素になります。現実には不正対応のためだからといって無尽蔵にお金や人を使えるわけではないですから。
—— ここで仮想事例ですが、ある中堅メーカーで“経費の私的流用”が疑われる内部告発がありました。最初は“たかが経費不正”と思っていたら、実は裏で子会社との取引を通じた粉飾決算につながっていた──。こういう場合、どう動くのがベストでしょうか?
福田弁護士 私たちのチームでは、まず、情報源が、ⅰ週刊誌の記事や報道など社外のものなのか、ⅱレポーティングラインからの報告や内部通報など社内のものなのかによって区別して考えます。
ⅰである場合は、類型①や②の選択を視野に入れます。既にステークホルダーに企業の疑惑に関する情報が発信されており、ステークホルダーが企業の対応に注目している状況です。このような場合には社内調査では、ステークホルダーが中立・公正な調査と受け止めてくれないことが予想されますので、社外調査である類型①②を選択するよう助言することが多いですね。
山上弁護士 この場合は、組織ぐるみのケースや、幹部が関わっていて社内のリソースを活用すると事実が隠蔽されるとステークホルダーが受け止めるおそれがあるケースは類型①、そうでなく、社内のリソースを活用しても支障はなく、むしろ迅速かつ必要な真相解明ができる見込みがある場合は類型②という選択が視野に入ります。
磯部弁護士 他方、ⅱの場合には、まずは類型④の調査を先行させて情報を集め、一定のタイミングで先ほどの4つの観点から総合的に考えて、改めてどの類型が相応しいか判断してもらうようにします。
たとえば、外部の専門家の知見を必要とせずに解決できることが明らかな軽微なコンプライアンス違反等である場合は、そのまま類型④のまま進める、組織の調査能力に若干の不安がある場合には外部専門家に依頼をして類型③に移行するなどです。
福田弁護士 外部専門家への相談を契機に類型①や②に移行することもありますね。調査に精通した専門家であれば、不正の性質に鑑みて、類型③では対応が難しく、類型①や類型②を勧める場合があるためです。
役職員が自社の不正を目の当たりにすると、どうしても「この程度であれば、よくある話で大事にはならないだろう」というバイアスがかかります。また、自分たちが一度選択した類型が適切ではなかったと認めたくないという心理が働くこともあります。初めから適切な類型を選択しなければならないわけではなく、状況によって調査類型が変わることもありうるということを知っているだけで、柔軟な対応ができると思います。
光山弁護士 ただ、社内調査委員会だけで進めて、後日、大規模不正が判明したので、さらに第三者委員会を立ち上げることになった……という事態は避けたいですよね。調査で把握した内容を慎重に吟味して、外部の専門家に相談しやすい環境を整えるなど、事案に合わせて柔軟に調査体制を移行できる体制を日頃から構築しておくことが重要でしょう。
山上弁護士 リスク管理という面では、特に上場企業であれば、最初の段階で“万が一大きな問題に発展するかもしれない”という意識を持ったほうがいいと思います。光山弁護士が指摘したように、後手に回ってしまうと株主や投資家、取引先等のステークホルダーは、事実を隠蔽しようとしていたのではないかなどとの疑義を抱き、企業の信頼を損ないかねません。
リスクが少しでも高そうなら、初めから類型①や②を検討するのが安全です。
図表1 フローチャート
選択基準まとめ:独立性・社会的影響度・コスト・スピード
—— ここまでのお話を整理すると、(1)不正の深刻度・社会的影響度、(2)組織の関与度合いと要求される独立性・公正性とのバランス、(3)組織の不正調査への対応能力、(4)予算やスピード感などを総合的に考慮して調査の手法を選択するのが望ましいということですね。そして選択の際には必要に応じて外部の専門家の意見を聞くこともポイントになりそうです。
図表2 不正調査の類型一覧
類型① | 類型② | 類型③ | 類型④ | |
第三者委員会(日弁連ガイドライン準拠) |
社外特別調査委員会 |
外部専門家を入れた社内調査 |
社内調査委員会 |
|
概要 | 外部の弁護士や会計士等のみで構成される独立性・公正性の高い調査委員会。事実認定権限・調査報告書の作成権限も専属。 | 外部専門家を含むがガイドラインには準拠せず、企業独自の手法を採用。内部監査部門が補助する場合も。 | 社内メンバーが主体となり、外部専門家が助言。企業が調査のイニシアチブを持ち、報告書も社内で作成。 | 社内メンバーのみで構成される調査委員会。法務・監査部門が主導し、外部専門家は関与しない。 |
メリット |
・社会的信頼性が高い ・独立性・公正性が確保できる ・ステークホルダーへの説明責任を果たしやすい |
・調査の柔軟性が高い ・社外専門家の関与で一定の客観性確保 ・コストとスピードのバランスを取りやすい |
・スピードが速い ・コストを抑えられる ・外部専門家の助言で調査の質を担保 |
・最も迅速に対応可能 ・コストが低い ・社内の実情を把握しやすい |
デメリット |
・時間とコストがかかる ・調査が長期化しやすい |
・独立性が疑問視されるおそれ ・信頼性が一般的に類型①より低い |
・独立性が確保されにくい ・調査範囲が狭くなるおそれ |
・客観性が欠けるリスク ・不正を過小評価するおそれ |
適した不正の例 |
・経営陣の関与が疑われる事案や大規模な粉飾決算など ・社会的影響が大きい案件 |
・専門的な事業領域の不正 ・迅速な調査が必要なケース |
・部門限定の不正疑惑 ・小規模な不正の影響評価 |
・軽微なコンプライアンス違反 ・内部通報の初動対応 |
まとめと今後の展望
—— 最後に、読者であるリスク管理担当者の皆さまに向けて、メッセージをお願いします。
山上弁護士 社会的に注目される不正案件では、独立性の高い委員会を迅速に立ち上げ、調査結果や再発防止策をしっかり公表することが企業価値を守る近道です。日弁連ガイドライン準拠の第三者委員会は、そうした強い独立性を対外的に示す最善手といえるでしょう。なるべく小さく、なるべく穏便に済ませようなどと考えず、冷静に現実を見つめることが、適切なリスク管理の第一歩です。
磯部弁護士 事案の性質によって、適切な調査の手法を積極的に選択することが重要です。そのためには、どのような調査の手法があってメリットやデメリットは何なのか、日ごろから整理をしておくことが大切でしょう。
自分達の会社で不正があった、という現実を直視するのは辛いことですが、「自分事」として対峙しなければ本当の意味での解決にはつながりなりません。
光山弁護士 私からは、ガバナンス体制の強化や、不正調査能力、対処能力の維持向上の重要性についてお伝えしたいと思います。企業の自浄能力が高ければ、その分調査の選択肢が増えるからです。何回も重大な不正が起こっているから、調査能力が高い……というのでは本末転倒ですが、情報収集やガバナンス強化をコツコツと積み上げておくと、いざというときに大きな力になります。
福田弁護士 相談しやすくて頼りになる専門家との繋がりをどんどん広げてほしいと思います。社内の空気や温度感に左右されにくい外部からのアドバイスは、緊急時には特に頼りになります。不正が発覚してからネットを検索している時間がないケースがあることを踏まえ、日頃から繋がりを持っておくこと、そしてできれば複数の専門家との繋がりを持っておくと、対応の幅が広がるため、良いと思います。
—— ありがとうございました。4人の弁護士の皆さんの対談を通じて、“不正調査委員会は一律にこれが正解!”というものはなく、複数の選択肢があることがよくわかりました。読者の皆さまも、もちろん、ガイドラインや法令に則った方法論を踏まえることは大前提ですが、まずは社内外の専門家と緊密に相談しながら、最適解を検討してみてください。
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山上 秀明
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 顧問/コンサルタント
87年に検事に任官し、東京地検特捜部長、東京地検検事正等を経て、23年、最高検次長検事を最後に検察官を退官して弁護士登録。検察時代には、各種の企業犯罪等の捜査に従事しており、その経験を生かして危機管理、不祥事対応に従事している。
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磯部 慎吾
A&S福岡法律事務所弁護士法人 パートナー弁護士
98年同志社大学文学部社会学科卒業。04年以降は、検事として刑事事件の捜査・公判に携わった。20年に弁護士転向した後は、企業不祥事の調査や再発防止などに取り組みつつ、「過去の失敗を咎めるコンプライアンス」から「将来の改善を探るコンプライアンス」への転換の支援に力を注いでいる。
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光山 夏貴
A&S福岡法律事務所弁護士法人 パートナー弁護士
12年東京大学法科大学院卒業。13年から8年間検事として各地で勤務。22年4月に弁護士登録し、主に企業の不正調査・ハラスメント案件の対応及びその企業の文化や風土に合わせた再発防止策の提案、内部通報制度の構築等に関するアドバイスを行ってきた。
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福田 政人
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 パートナー弁護士
13年一橋大学法科大学院卒業。14年から検事として捜査・公判に従事。20年4月からは弁護士として、検事としてのキャリアや上場企業のコンプライアンス・リスク管理部門への出向経験を活かし、会社それぞれの歴史や企業風土等を踏まえたその会社に合うアドバイスを心掛けている。
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三浦 悠佑(ファシリテーター)
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 パートナー弁護士
一般社団法人日本ブランド経営学会 監事
日本コンプライアンストランスフォーメーション協会(JCXAS)運営コアメンバー
02年一橋大学商学部商学科卒業(ブランド論)。2006年弁護士登録。コンプライアンス違反事件の処理を歴任し、3年間出向した大手国際海運企業では独禁法・下請法コンプライアンスや法務機能の強化プロジェクトに従事。競争法・下請法、腐敗防止案件を中心に担当する傍ら、「コンプライアンス×ブランディング」の牽引役として、コンプライアンスによる企業の非財務価値向上に挑戦している。週刊エコノミスト「企業の法務担当者が選ぶ「頼みたい弁護士」13選」危機管理部門第3位(2021)、The Best Lawyers Governance and Compliance(2020~2025)。著書『ブランド戦略としてのコンプライアンス~ステークホルダーからの信頼と共感が生む競争優位』(第一法規)、『コンセプト・ドリヴン・コンプライアンス~担当者の9割が知らないコンプライアンスの極意』(Amazon Kindle)。
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