一人法務と多人数法務、働きやすいのはどっちだ? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

「隣の芝は青い」問題に終止符を!

「隣の芝は青い」とよく言う。「どうしても他人の環境の方がよく見えてしまう」という意味だが、これは“合理的な思考”というより、むしろ人の“不合理な心理状態”を表している。合理的思考を日々鍛えられている法務パーソンであっても、この不思議な心理から逃れることは難しいものだ。

「なんでウチは法務担当者が一人しかいない(少ない)んだ…。何十人も担当者がいる大企業がうらやましい」
「部内の人間関係が煩わしい…。一人法務で何でもダイナミックに判断できる中小企業や、スタートアップ企業がうらやましい」

そんな悩みを抱えている方や、思い切って「転職だ!」といざ“隣の芝”に踏み込んだものの、今度は“元の芝”の青さが気になってしまう…という方もおられるのではないだろうか。そんな迷えるみなさんのために、今回は、一人法務と多人数法務ではどちらが働きやすいのか、比較検証をしてみようと思います。

一人法務はあらゆる法律に精通しなきゃならない?

“一人法務の大変さ”としてよく言われるのが、「すべての法領域が自分の肩にかかってくる」ことの負担である。多人数法務であれば、契約審査の担当がいて、株主総会対応の担当がいて、知財の担当がいて…と、仕事の分野ごとに役割分担がなされていることが多い。大企業なら、たとえば知財分野でも、“特許”と“商標”、“意匠”とに、それぞれ専任のチーム体制が敷かれていることも決して珍しくない。
100の仕事を十人でやるのと、100の仕事を一人でやるのとでは、言わずもがな、後者の方が忙しく、労働環境もよくない。しかし、それで話を終わらせてしまうとおもしろくも何ともないから、一人当たりの業務量がさほど変わらない場合で考えてみる。その場合は、“扱う領域が広いこと”自体はさほどデメリットとはいえないだろう。

一人法務だからといって、何も『六法全書』の隅から隅までそらんじる必要はない。一企業が関わる法領域は、自ずと限定されるものだ。初めのうちこそ大変だが、その法領域さえマスターすればよく、「日々まったく脈絡のない新規領域の仕事が次々に降ってきて困惑する」ということは、実はそんなにないのだ。
また、会社が新たな事業領域に進出すれば、その領域の法的課題に不案内なのは多人数法務とて同じである。大企業でも、たとえば社長が突然「わが社もメタバース事業に進出だ!」などと畑違いの計画をブチ上げたら、たとえ法務部に何十人いても、そこで必要な法規制の知識についてはよくわからず、雁首そろえて右往左往…なんてことは珍しくない。

仮に、日常業務について「どちらが楽か」という視点で考えるならば、やはり多人数法務の方が楽かもしれない。基本的には、1年中、特定の法分野のことだけを考えていればいいからだ。
だが、これは諸刃の剣である。気がついたら、たとえば「“バイオ分野の先行技術調査”だけは得意だが、他のことはトンチンカン」という人材になっている可能性がある。それも一つの価値のあるポジションであり、生きざまだが、“潰しがきかない人生”ともいえる。
多人数法務で“この道一筋”の仕事に就く人は、“超一流”までその道を究める覚悟を決めるか、自ら意識的に他分野を学んだり、ジョブローテーションの流れに乗らないと、将来の選択肢を狭めることになるだろう。

相談できる法務パーソンが身近にいることの功罪

「社内に相談できる人がいない」というのも“一人法務の大変さ”としてよく語られることだ。たしかに、同僚や先輩に「この問題って、こう考えればいいんでしたっけ?」と気軽に尋ねることができるのは、多人数法務の大きなアドバンテージだ。
けれど、考えてほしい。一人法務だって、参考書や顧問弁護士、他社の法務人材といった“横のつながり”などをフル活用できれば、必要な知識は十分に得られるではないか。むしろ、良質な外部リソースを活用した方が、社内の“古びた生き字引”を頼るよりも最新のトレンドをつかみやすいし、何より「人を雇うよりも格段にコストパフォーマンスがよい」という利点もある。

問題は、法務部門の仕事の枢要とは、「参考書や顧問弁護士などから得られた法的評価をそのまま社内に共有すること」ではなく、「参考書や顧問弁護士などから得られた法的評価に基づき、会社としてどのように行動すべきかを示すこと」だということだ。そしてそれは、教科書にも載っていなければ、社外の弁護士も決断してくれないことなのである。
そうした点についてこそ、「同じ会社で働く同僚や先輩、上司に相談したい」と考える向きがあるのではないだろうか。
たとえば、顧問弁護士から「リスクは五分五分です」と言われたとき、

・ そのリスクを取るべきか取らざるべきか

・ そのことをどのように経営者や事業部門に伝え、理解させるのか

を、それこそ“自分一人”で考えなければならないのが一人法務なのだ。
そのプレッシャー、責任の重さは、相当なものだ。

こう考えると、やはり多人数法務に軍配が上がりそうだが、問題は、上司や同僚がトンマだった場合である。「リスクは五分五分、どうすればいいでしょう?」と相談しても、「事業判断に任せよう!」と現場に丸投げしたり、「五分五分ならやらない(やる)」などと、確率の部分しか見ないで助言するような相手だったら、相談する甲斐がない。いてもいなくても同じである。また、先輩や上司がいると、別に判断に悩まないようなことでも、いちいち相談や報告を求められ、それが煩わしいという側面もあるだろう。
要するに、頼りになる仲間がいるなら多人数法務の方がいいが、頼りにならない仲間だったらむしろ一人法務の方がマシ、といえるのだ。

“頼られる法務人材”の快感とプレッシャーはトレードオフだ!

もし、あなたが会社で“かけがえのない存在”でありたいなら、一人法務の方がいいだろう。
何せ一人だから、文字どおり“かけがえ”がないし、少なくとも社内で法務領域ではライバルもいないのだから出世もしやすい。会社の規模が大きくなって、やがて一人法務体制から脱却するときが来れば法務部長へまっしぐらだし、会社の規模が据え置きの場合だったとしても、そのうち経営陣に近い存在となりやすい。
出世は別にしても、社内中から「法律関係のことなら、○○さんに聞けば何とかしてくれる」と、それこそ社長から新入社員にまで信頼されるようになれば、快感だ。

だが、こうした快感はプレッシャーとトレードオフである。
“替えが利かない”ということは、言い換えれば、自分が判断を間違えれば他に誰もフォローしてくれる人はおらず、自分が倒れれば会社の法務機能が回らなくなるということだ。この状況に耐えるのに必要な体力や精神力は、相当なものである。「それなら、多人数法務の中で、“個人情報保護法といえば○○さん”くらいの“かけがえのなさ”で俺は十分だよ」というスタンスも十分アリだろう。

もちろん、多人数法務にプレッシャーがないわけではない。人数が多ければ社内競争のプレッシャーもあるし、部内の人間関係についてストレスを抱えることも多い。
一人法務が一人であらゆる責任を負わなければならないプレッシャーは、多人数法務から見れば、一人で何でも決断できる気楽さにも映るのだ。

そろそろ結論めいたことを書こう。

一人法務と多人数法務とでは、どちらが働きやすいのか?
―それはどっちもどっちであり、優劣をつけることはできない。

まったく身も蓋もありませんが…。「本人の性格やキャリア志向、それに会社の環境や成熟度といった変数によって、結論が変わる」と言った方がいいかもしれない。

個人的には、若いうちは、信頼できる仲間が集う多人数法務で、周りの指導を仰ぎながら研鑽を積み、自分の“強み”を発揮できる法領域を究めると同時に、法務ゼネラリストとしてもやっていけるスキルを磨く。やがて、一人前の法務パーソンとしての自信をつけたら、一人法務に転身し、適度なプレッシャーを感じながらグイグイと会社を引っ張っていく…そんなキャリアはなかなかよいと思うのだけれど、どうだろう。

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友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。著書に『エセ著作権事件簿—著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』(パブリブ)『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)『へんな商標?』(発明推進協会)『それどんな商品だよ!』(イースト・プレス)、『日本人はなぜ「黒ブチ丸メガネ」なのか』(KADOKAWA)などがある。一級知的財産管理技能士。

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