―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。
※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。
醜いぜ! 部署間での仕事の押し付け合い
スタートアップや中小企業においては、法務も知財も人事も総務も経営企画も「管理部」などの部署が単独で、いやそれどころか、一人の担当者がすべてを担っているケースも珍しくない。「大企業の法務部はいいよなー。業務分担が徹底されていて…」なんてうらやむ声もしばしば聞かれる。
一方で、成長に応じて会社の規模が大きくなり、担当業務が細分化されてくると、それゆえの不満や困り事も増える。それが、仕事の押し付け合い、取り逃がし、奪い合いだ。ああ、想像するだけで胃が痛くなってくる。
仕事の押し付け合いとは、やりたくない仕事について、難癖をつけてほかの部署に押し付け合う行為である。たとえば、“従業員が自社のSNSで著作権トラブルを起こした”といった事件が発生したとする。担当者が「どうしましょう!?」と法務部に相談すると、こんなやり取りが巻き起こることがある。
法務部「著作権のことなら、知財部が担当ですよね?」
知財部「いや、知財部の業務範囲は産業財産権ですから。ここは、コンプライアンスを司る総務部が動くべきでは?」
総務部「SNSのことならば宣伝部が責任を持つべきでしょう」
宣伝部「従業員が起こした不祥事だ。人事部がフォローすべきだ!」
こんな風に、関係しそうな部署に延々とたらい回しにされた経験が、大企業の従業員なら誰にでもあるのではないだろうか。社内で翻弄されているうちに、トラブルの当事者でさえ「ああ、もうどうでもいいよ!」と投げやりな気持ちになることもしばしば。誰も着手すらしないまま、初動対応は遅れ、関係者のイライラは募り、解決は遠ざかるばかりだ。
ポテンヒットを取りに行くのが、成果創出の近道だ!
仕事の取り逃がしは、押し付け合いよりも深刻だ。社内に何らかの課題やインシデントが発生しているのに、誰もがお互いに「他の部署がやるだろう」と見て見ぬ振りをして、誰も手をつけようとしない現象である。「ポテンヒット」とも呼ばれる。
この現象は、たとえば営業秘密管理体制の構築、社内規則の新設・改訂のような、誰かが強力にリーダーシップを発揮して長期的視野で取り組まないと成し遂げられない…要するに、面倒くさそうな長期プロジェクトで起こりがちである。あるいは、最近だとフリーランス新法のような、新たな立法や法改正への適応が遅れている企業でも、これが発生している可能性がある。
しかし、こういう会社で頭角を現すのはカンタンである。誰もやろうとしないが、社内外から望まれている仕事を自らドンドン取って解決していけばいいのだ。
「そんな火中の栗を拾いに行くようなこと、おいそれとできませんよ…」と考える向きもあるかもしれないが、杞憂である。望まれているのに誰もやろうとしない仕事というのは、大抵、社内に解決のためのノウハウや前例がないために、その会社の社員には進め方がわからないだけなのだ。社内の殻に閉じこもっているから、「火中の栗」に見えるだけなのである。
たとえ社内に前例がなくとも、外に目を向ければさまざまなモデルケースが転がっており、解決手段が確立していることは多々ある。広い視野を持ち、他社との交流を通して情報収集したり、その分野に強みを持つ法律事務所を選択し、連携するなど、外部のリソースを上手に使いこなしたりできる者にとっては、大した問題ではない。
それに、社内にノウハウや前例がないということは、成果に対する期待値も低いのだ。まず、誰もやりたがらない仕事を引き受けるだけでも、その前向きな姿勢が評価されるだろう。そして一定の成果は出たものの、それは経験豊富な会社からしたら及第点ギリギリ…といったレベルだったとしても、社内には正当に評価する基準もない。したがって、自分のプレゼン次第では手放しの評価を受けられることも珍しくない。「え、こんなことでこんなにホメられちゃっていいの!?」という困惑を隠しながら、謙虚に「信じて任せてくださった皆さんのおかげです!」と振る舞おう。
お前の仕事はオレのモノ。職場の「しごできジャイアン」に気をつけろ!
しかし、こういう野心家が管理部門に二人も三人もいると、今度は「仕事の奪い合い」というトラブルが出てくる。本来は他部署・他担当が担うべき仕事なのに、「あの部署には任せておれん」とばかりに干渉して、勝手にどんどん話を進めてしまうのだ。
これは、やり過ぎると職場のモチベーションを損ねるし、本人も周りから嫌われる。背後に気をつけないと、いずれ、階段から突き落とされるかもしれないぞ。だがこういうタイプの人は、もともと他人が手を出さなかった仕事やポテンヒットを拾うことでのし上がってきているので、「は? いったい何が悪いんですか?」という顔をしていることが多い。会社員といえども社内は弱肉強食、熾烈なナワバリ争い、イス取りゲームだ。「イスを取られたくないなら、アンタがもっとガツガツかかってくればいいだろ? 」。おおかた、そんな発想だろう。
やはり、一回誰もいない非常階段に呼び出した方が、話が早いかもしれないが、こちらもお縄にはなりたくないので、それはやめておこう。このヤローの言うとおり、誰かが仕事をどんどん取って社内の問題を解決していくこと自体が悪いわけではない。そのアプローチの仕方を誤って、社内秩序を乱すことが問題なのだ。管理部門間の軋轢という点でもそうだし、カウンターパートとなる社内外の関係者にとっても混乱を生じる可能性がある。責任部署が曖昧だと、Aさんの部署は「問題ない」と言っているが、Bさんの部署にも一応聞いてみたら「問題がある」と言われてしまい、どちらが会社として採るべきスタンスなのか結局決められない、というシチュエーションはあり得る。
“勝手に”自分の仕事だと決めて、“勝手に”進めてしまうからこういう問題が起きるのだ。ある課題に対して、「その解決を自分(自部署)が担いたい」と思ったとき、会社で決めた業務分担に照らしてみて、担当・責任部署が明確でなかったら、「これはウチで担当しましょうか?」と確認すべきである。あらかじめ、関連しそうな部署に「この仕事は自分にやらせてほしい」とコミュニケーションをとって、合意形成さえすれば、軋轢や混乱は生まれない。
「どうぞどうぞ、助かります」と言われることもあるだろうし、「それはうちの部署に知見と経験があるからお任せください」「○○さんの知見もお借りしたいので、共同で取り組みましょう」という展開もあるだろう。責任部署が明確になれば、最終判断は委ねるとしても、進言などの形でコミットすることで、最終判断の高質化に貢献できる。これこそ健全な企業活動だ。
「これはおたくの仕事ですよね?」という押し付け合いのコミュニケーションは醜いが、「これはウチで引き取りましょうか?」「いやいやウチで」という引き合いのコミュニケーションは美しい。首尾よく引き取って自分の成果になれば嬉しいし、他部署がやってくれるなら「業務負荷が減った。今日は早く帰ろう」と喜べばいいのである。
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友利 昴
作家・企業知財法務実務家
慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。著書に『企業と商標のウマい付き合い方談義』(発明推進協会)、『江戸・明治のロゴ図鑑』(作品社)、、『エセ商標権事件簿』(パブリブ)、『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『エセ著作権事件簿』(パブリブ)、『知財部という仕事』(発明推進協会)などがある。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事や社内講師を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士として、2020年に知的財産官管理技能士会表彰奨励賞を受賞。
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