はじめに
近年、建築業界においては、工事の専門化や複雑化が著しく、それに伴い請負契約の内容も複雑化が進んできている傾向にあります。このような状況の中では、適切な法的知識を備えて取引に臨まなければ、大変なトラブルに巻き込まれ、大きな損害を被ってしまうおそれも生じてきます。
本連載では、裁判例や実務例も踏まえつつ、建築分野における代表的な法的問題点を概説するとともに、トラブルを回避するために考えられる対策をご紹介します。
第1回に当たる今回は、そもそも請負契約とはどういった契約かという基本的な事項に加え、追加変更工事が行われた場合にトラブルとなりやすいポイントについて解説します。
請負契約に基づく報酬請求
請負契約とは
請負契約とは、当事者の一方(請負人)がある仕事を完成させ、相手方(注文者)がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを内容とする契約のことをいいます(民法632条)。
たとえば、マンションを建設するという工事請負契約の場合、施工業者が請負人となり、注文者である施主の発注内容に基づいてマンション建設工事という「仕事」を請け負います。施主は、施工業者の「仕事の結果」、すなわち発注内容に基づくマンションの完成という結果に対して、工事代金を報酬として支払います。
工事請負契約のほか、たとえば、衣服の仕立てやクリーニング、自動車の修理などに関する契約も、請負契約に当たるといえます。
世の中の取引の多くが、実は請負契約に分類されるものといえるでしょう。
報酬の支払時期
民法633条本文では、請負契約における報酬は、「仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない」と定められています。
「仕事の目的物の引渡しと「同時に」」という文言からしますと、請負人となる立場の方としては、「報酬を支払ってもらうまでの間に目的物を完成させれば良いのか、それなら、注文者が報酬を支払ってくれない場合は、目的物を完成させません、といった主張もできるのではないか」と思われるかもしれません。
しかし、これは認められません。
民法633条本文は、仕事の目的物が完成していて、かつ目的物の引渡しがされたら、注文者はそれと同時に報酬を支払いなさい、ということを定めたものです。請負人としては、先に仕事を完成させ、いつでも引き渡せる準備を整えてからでないと、報酬を請求することはできません。
いい換えると、請負契約において、請負人が契約に基づき仕事を完成させることは、報酬請求の前提条件となっているのです。
したがって、請負人側から、「注文者が報酬を支払わないから完成させない」という主張はなし得ないことになります。これが民法上の原則です。
もっとも、この民法上の原則は、個別の契約において修正することができ、修正された場合はその定めが民法に優先します。そのため、実際の工事請負契約書では、工程に応じた分割払いの形で定められていることが多くあります。
逆に、個別の契約で修正しておかないと、請負人側としては、民法上の原則どおり、工事をすべて完成させてからでないと、報酬を請求できないことになりますので、注意が必要です。
実務上は、あらゆる工事について契約書が交わされるわけではなく、注文書と請書のやりとりによって合意がされるケースも多々見受けられますが、注文書に支払時期が記載されているかどうか、記載されていても、きちんと工程を反映した支払いのタイミングとなっているかについては十分に確認をされておかれた方が良いでしょう。
なお、報酬の支払時期に関しては、建設業法の定めも意識する必要があります。
すなわち、請負人が、注文者(施主)との間で工事請負契約を締結しているだけでなく、下請業者との間で工事下請契約も締結し、施主から請け負った仕事を下請業者に対して委託している場合、請負人は、施主から報酬を受け取った後、建設業法上定められた所定の期間に下請代金を下請人に対して支払う必要があります。(特定建設業者が下請契約における注文者になる場合は別ですが)支払いを受けた日から1か月以内で、かつ、できる限り短い期間内に、というのが原則となります。
近年、建築・不動産業界では、従来よりもいっそうコンプライアンス遵守が求められるようになってきており、建設業法の遵守もその一環として厳しく取り締まられる傾向にありますので、こういった観点での対策も重要です。
報酬請求に対する施主の反論
請負人から報酬請求を行った場合に施主からよく主張される反論としては、
① 仕事の未完成を理由とするもの
② 引渡しの未了を理由とするもの
③ 契約不適合を理由とするもの
の3つが挙げられます。
(1) 仕事の完成とは(上記①)
当該契約において何をもって「仕事が完成した」といえるかを検討する必要があります。たとえば、次のようなケースを考えてみましょう。
居住用の建物の新築工事に関する請負契約が締結された場合において、請負人は、工程表に基づき工事を終え、建物を施主に引き渡しました。しかし、改めて建物について確認してみると、外壁の色がまったく違っていたほか、契約書に記載されていた防音工事や断熱工事の範囲よりも実際に施工されている範囲は相当限定されていたことが分かったとします。
こういった場合に、施主側としては、仕事が完成していないとして、報酬の支払いを拒めるのでしょうか。
仕事の完成とはどういった状態を指すかについて、裁判例では、予定工程終了時説という立場が支持されています注1。
これは、工事が予定された最後の工程まで終わっていなければ未完成とする反面、予定された最後の工程まで一応終了していれば、仕事の完成と扱うという考え方です。
この考え方によると、工事が予定された最後の工程まで終了していれば、完成品について一部不完全な部分があり、補修が必要ではあるとしても、それは契約不適合の問題として処理されるものであって、仕事の完成が否定されるわけではないことになります。
ただし、「予定された最後の工程」がどこになるか、どの段階まで工事が進捗すれば予定された最後の工程まで一応終了したといえるのかについては、結局のところ、事案ごとに判断せざるを得ません。
上記のケースですと、居住用建物の新築工事という前提ですので、
・ 工程表に沿って完工しているかどうか
・ 建物が住居として使用するに足りる十分な躯体構造、設備、内外装を備えているか
・ 建築主事による検査済証は交付されていたか
などといった事情を総合的に考慮して、仕事の完成が認められるかが判断されることになると考えられます。
外壁の色が異なっていたり、防音・耐熱工事が一部限定されていたりしても、住居として使用することは十分可能であり、検査済証も交付されていたということであれば、他に工事が未完成であることを窺わせる重大な問題がない限り、仕事の完成自体は認められることになるでしょう注2。
他方で、たとえば、賃貸マンションの新築工事で、建物自体は竣工し、使用できる状態になっていたとしても、駐輪場の設置までが仕事の内容に含まれているというケースでは、駐輪場まで整備し、自治体の条例に基づく検査まで完了しておかないと、仕事の完成が認められない場合もあり得ます。
(2) 引渡しとは(上記②)
法的には、「引渡し」とは、物に対する支配(これを「占有」といいます)を相手方に移すことをいいます。
民法では、相手方に占有を移す方法につき、いくつかの方法が認められているのですが、特に請負契約において実際上問題となるのは、このうち、現実の引渡し(民182条)と呼ばれる方法になります。
現実の引渡しとは、自らが直接占有している物を相手方に渡し、それによって相手方に目的物の実力的支配を移すことをいいますが、実際にどういった事実があれば「物の実力的支配を相手方に移した」といえるかについては、個別の事案ごとに検討が必要となります。
もっとも、取引類型ごとに、引渡しありと認められる時期はある程度決まってきます。
建物の場合は、現地における確認および鍵の交付をもって引渡しありと判断することが多いでしょう。
そのほか、施主が建物の使用を開始しているかどうかも考慮対象になりますし、新築建物の場合は、「工事完了引渡証明書」等の表題登記注3に必要な書類を施主に渡しますので、こうした書類が交付されていることも、引渡しを基礎づける事情の一つとなります。
(3) 契約不適合(上記③)
契約不適合は重要なトピックですので第2回以降で扱います。
紛争予防のポイント
(1) 仕事の完成を巡る紛争の予防
まず、仕事が完成したと主張するための大前提として、「工程表」をしっかりと作成し、工期に変更が生じた場合には都度アップデートを行っておく必要があります。
また、契約内容として相手方との間で共有されていたことを明らかにするために、作成した工程表は随時施主や設計監理者に送付し、送付したことをメール等で履歴に残すという点も重要です。
また、「業務日報」から工事の進捗が分かるようにしておくのも有用です。現場名と行った作業を具体的に記載し、写真も添付しておくとなお良いでしょう。
さらに、建築確認が必要な工事であれば、「完了検査」を受けて「検査済証」を取得しておくことがもちろん重要なのですが、建築確認が不要となる場合でも、
・ 「施主検査」は確実に行うこと
・ 監理者がいる工事であれば、「監理者検査」も行うこと
・ 検査が完了したのであれば、検査主体による確認印を押印してもらっておくこと
が紛争予防の観点では重要です。
(2) 引渡しの未了を巡る紛争の予防
個別の契約において、どういった手続をもって引渡しがあったとみなすと定められているのか、その点の確認がまず重要です。
そのうえで、当該手続がとられたことをきちんと証拠化しておく必要があります。
たとえば、「引渡確認書」等、引渡しがあったことを確認する書類の交付が想定されているのであれば、そういった確認書にきちんと施主から署名・押印をもらっておくことが重要となります。
また、契約書上引渡しについて特別な手続は定められていなかったとしても、「鍵の交付」などは引渡しが認められるための重要なポイントになりますので、鍵を交付する際には鍵の「受領書」を取得しておくべきです。
追加変更工事にかかる報酬請求
追加変更工事の特殊性
本工事に関しては、工事着手前に工事内容や工事代金について注文者と請負人がじっくり協議したうえで契約されており、契約書にも合意内容が十分に落とし込まれていることが一般的です。
しかし、追加変更工事となると、工事着手後に、注文者の要望などに応じて合意されていることが多く、時間的余裕も十分にないことから、追加変更工事契約にかかる証拠書類(契約書、見積書、注文書等)が十分に作成されないまま工事の実施に至っているケースも多々見受けられます。
追加変更工事にかかる報酬請求に対する施主の反論
請負人から追加変更工事にかかる報酬請求を行った場合に施主からよく主張される反論としては、
① そもそも発注していないので無断施工であるという反論
② 本工事に含まれる工事であり追加変更工事ではないという反論
③ 本工事の手直し工事であり追加変更工事ではないという反論
④ その追加変更工事は無償(サービス)工事であるという反論
の4つが挙げられます。
(1) 追加変更工事の発注有無の判断方法(上記①)
一般に、請負人が、依頼を受けていない工事を勝手に行うことは考え難いことから、本工事と異なる工事が行われている場合には、そのこと自体から、追加変更工事にかかる発注の存在を一定程度推認することができます。
ただし、注文者の発行する注文書の提出を受けてから工事を実施する方針が採られている場合、追加変更工事にかかる注文書が作成されていないときは、当該追加変更工事の発注が認められない可能性があります注4。
(2) 本工事に含まれるかどうかの判断方法(上記②)
本工事の設計図書や見積書等において、どういった記載がなされているか(追加変更工事として主張されている工事が契約段階以前の図面に記載されているかどうか)がポイントとなります。
そのため、設計図書を作成する段階では、できる限り具体的かつ明瞭に工事内容を反映しておくことが重要となります。
見積書に記載がない工事について追加変更工事に該当するかが問題となったとき、施主側からは、「見積もり漏れ」であるとの反論がなされるケースもありますが、これについても、契約図面の前段階である見積もり図面においてどういった記載がなされていたか、契約図面に仕上げる際にどういった取捨選択がなされていたかという点が重要となってきます。
(3) 手直し工事として認められるかどうかの判断方法(上記③)
たとえば、同じ工事が再度やり直されていたようなケースでは、手直し工事なのではないか、と直感的に思われるかもしれませんが、そのようなケースでも、そのすべてが手直し工事として認められるわけではありません。法的に契約不適合とまではいえない場合でも、工事を円滑に進めるために請負業者の方が同様の工事を再度実施するときがあるからです。
重要となるのは、本工事の内容に不具合が認められるかどうか、そして、本工事の内容に対する注文者の指示・要求に合理性があるかどうかです。
まずは、本工事が図面どおりに行われていたかがポイントとなるでしょう。また、本工事による完成品について、法的な契約不適合とまで評価できる不具合が生じているかもポイントとなってきます。
(4) 無償工事として認められるかどうかの判断方法(上記④)
前述のように、請負業者は営利のために活動する存在であることから、基本的には、有償にて施工する旨の合意があったと推認されます。
もっとも、施工に契約不適合があり、請負業者が施主に迷惑をかけたことに対するお詫びの趣旨でサービスとした場合や、業者が追加変更工事を複数行い、そのうちの一部につき営業の観点からサービスとした場合等、無償で工事が行われたと解されるような特段の例外的事情が存在する場合には、無償工事として認められることがあります。
紛争予防のポイント
(1) 追加変更工事の発注有無を巡る紛争の予防
追加変更工事を行うに際しても、受発注にかかる書類の作成および管理を徹底するということが望ましいといえます。
もっとも、請負業者にとって、施主は顧客であり、注文書の発行を強く求めることが難しいという状況も多いように思われます。
そこで、次善の策としては、たとえば、
・ 着工前に見積書を逐一作成し、メール等で施主側に送っておく
・ 定例会議の議事録等に有償での追加変更がなされたことを明記し施主に議事録をメールしておく
といった方法が考えられます。
議事録を作成する際は、施主の署名押印まで取得できていれば、なお良いでしょう。
このような書面化が難しい場合は、追加変更工事の指示が行われた際のやり取りを録音しておく、などの対策も考えられます。
(2) 本工事の範囲解釈を巡る紛争の予防
まずは、本工事の内容を示す契約図面をできる限り詳細かつ明瞭に作成しておくことが重要となります。
また、見積もり漏れと判断されるリスクを防ぐためには、見積もり図面を設計した建築士への質疑応答の過程を、エクセルの表やメール、議事録等で十分に記録化しておくことが有用でしょう。
加えて、契約明細や見積書を作成する際には、「一式工事」などといったアバウトな記載は避け、工事内容を具体的に記載しておくほか、追加工事として生じる可能性が見込まれる工事については、あらかじめ別途工事として明記しておくことも効果的です。
たとえば、地中埋設物の撤去工事や近隣対策工事などは、追加工事としてよく問題になるものですので、別途工事として明記しておくことが考えられます。
(3) 手直し工事か否かを巡る紛争の予防
最も重要となるのは、一度完成させた工事を施主の要望に応じてやり直す場合は、やり直す前の状態を写真に撮っておく、ということです。
実務上、写真が不足していたために追加変更工事の主張が困難となるケースも散見されるところです。これがあるだけで、手直し工事なのか、追加工事なのかが一目瞭然に分かるケースも多いと考えられます。
また、手直し工事ではなく、追加変更工事であることを明らかにするために、着工前に、注文書や見積書、議事録を作成しておくというのも、繰り返しになりますが有効な手段です。
(4) 無償工事か否かを巡る紛争の予防
繰り返しになりますが、有償の追加変更工事であることを明らかにするために、着工前に、注文書や見積書、議事録を作成しておくというのが基本的な対策になります。
特に、有償か無償かが争われる場合、着工前に見積書を出したか否かは非常に重要な要素であるため、注文書に署名・押印まで得られなくとも、見積書は作成して提出し、提出した証拠を残しておく、というプロセスが極めて重要となります。
→この連載を「まとめて読む」
原田 康太郎
弁護士法人北浜法律事務所 パートナー弁護士
07年京都大学法学部卒業。10年京都大学法科大学院修了。12年弁護士登録、北浜法律事務所入所。20年北浜法律事務所パートナー。不動産・建築分野を専門的に取り扱う他、M&A、会社法務全般、相続、倒産・民事再生分野も取り扱う。不動産・建築分野においては、ハウスメーカー、ゼネコン、仲介業者(売買・賃貸)、ディベロッパー、マンション管理会社等の業界の様々なプレイヤーをクライアントに持つ。
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