グローバル内部通報制度はなぜ必要? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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社会に衝撃を与えるような企業の不正・不祥事が相次いだ2024年。その多くが、内部通報や内部告発を契機として発覚したことで、改めて内部通報制度の重要性が浮き彫りになった。
2022年の公益通報者保護法(改正法)の施行に伴い企業における日本国内の内部通報制度の整備は進んだものの、海外拠点を含めたグローバル内部通報制度の構築はいまだ発展途上の段階にある。
本対談では、内部通報制度の第一人者である弁護士法人GIT法律事務所の西垣建剛弁護士(代表社員/パートナー)と、内部通報管理ツール「WhistleB(ホイッスルビー)」を取り扱うSaaSpresto株式会社の御手洗友昭氏(代表取締役社長CEO)、さらには苗代烈氏(GRCスペシャリスト兼マーケティングディレクター)をお招きし、グローバル内部通報制度をめぐる日本の現状や今後の展望について語っていただいた。

なぜ日本企業では導入が進まないのか?

御手洗 企業のグローバル展開が加速する中、グローバル内部通報制度の重要性が増しています。当社にも、海外拠点を持つ製造業を中心に、多くの大企業からお問い合わせをいただいていますが、一方で導入に慎重な企業も多いようです。この現状について、どのようにお考えでしょうか。

西垣 議論に先立ち、まずはグローバル内部通報制度の定義を明確にしておきますと、単なる海外拠点ごとの通報窓口(現地完結型の窓口)ではなく、“海外拠点の役職員が日本本社の統一的な窓口に直接通報できる制度”を指します。両者の違いは明白です。現地完結型の制度では、たとえば、海外子会社の従業員が当該会社の経営陣の不正行為を通報したとしても、内部で揉み消される可能性が高く、自浄作用が働きません。一方、グローバル内部通報制度であれば、不正情報が日本本社にダイレクトに届くため、不正の早期発見・対応ツールとして非常に有効です。そのため、欧米のグローバル企業は大半が導入済みなのですが、ご指摘のとおり、日本では導入の動きが鈍い。“ナイス・トゥ・ハブ(あれば望ましい)”という認識が根強く、なかなか“マスト・ハブ(なければならない)”に移行しません。海外拠点は目が届きにくいため不正の温床になりやすく、近年は贈収賄や会計不正といった深刻な不正が増加傾向にあるため、同制度の未整備は経営上の大きなリスクと言わざるを得ません。実際、企業の不正・不祥事の大多数は内部通報がきっかけで発覚しており、その実効性は内部監査をはるかに上回ることが実証されています。

御手洗 大多数の欧米企業で導入されているのに、なぜ日本企業では普及が進まないのでしょうか。

西垣 本質的な要因は、経営陣の認識不足にあります。グローバルでビジネスを展開している以上、導入しない選択肢はないはずなのですが、危機意識がなかなか醸成されない。その根底には、希薄なコンプライアンス意識と偏ったコスト削減への志向という、多くの日本企業が抱える体質があります。不正を見過ごすことによるコストは、制度構築・運用コストよりずっと大きいにもかかわらず、その認識が欠如しているのです。

苗代 一つ興味深い事例を紹介させていただくと、当社のクライアント企業で、海外赴任からの帰任者の働きかけで制度導入に至ったケースがありました。その方は帰任後に管理職に就任され、“2か月以内の導入”を強く要望されたんです。こちらはグローバル視点が経営に反映されたケースですが、一般的に経営陣に危機意識を持ってもらうためにはどのようなアプローチが有効でしょうか。

西垣 正直なところ、意識改革は容易ではありませんが、追い風が吹いているのも確かです。社会的なコンプライアンス意識の向上や、企業不祥事に対するメディアの注目度の上昇により、経営陣の理解を促しやすい雰囲気が高まっています。さらに、法務機能の強化というトレンドもその風潮を後押しするものです。CLO(最高法務責任者)の登用増加に象徴されるように、法務部門が経営判断に直接関与する機会が拡大しています。法務部門の地位向上が進んでいる企業では、必要な予算確保から制度導入まで、スムーズに進展する傾向が見られます。いずれにせよ、経営陣に制度導入のメリットを理解してもらうためには、中長期的な視座からのアプローチが不可欠です。企業の持続的成長を支えるために不可欠な制度であることを、丁寧に説明していく必要があります。

苗代 コンプライアンスに対する意識の高まりは、制度導入を促す大きな推進力になるということですね。

西垣 そうですね。グローバルな競争環境で生き残るためには、日本企業も欧米企業と同等かそれ以上の内部統制体制を構築していく必要があります。コーポレートガバナンス・コードにおいても、内部通報に関する体制整備が要請されており、これは単に国内レベルの要求ではなく、グループ全体としての対応が求められる事項として解釈すべきだと思います。

西垣 建剛 弁護士

運用面が心配で導入に踏み切れない

御手洗 制度の重要性は理解しつつも、運用面での懸念から導入を躊躇している企業も少なくないようです。特に対応人員が限られている企業からは、「通常業務だけで手一杯」という声が聞かれます。このような課題に対しては、どう取り組めばよいのでしょうか。

西垣 リソース不足の問題は、本質的には適切な経営資源の配分によって解決可能な課題であり、ここでも経営層の理解と判断がカギを握ります。私たち専門家としても、継続的に啓蒙活動を続けていくべき部分だと思っています。実際、社外セミナーで影響を受けた社員が中心となって、社内啓発が一気に進む例もあります。
また、最近では“スピークアップ文化”の根づいた先進的な企業の成功事例が蓄積されつつあるので、これらのベストプラクティスを参考にすることもおすすめです。

御手洗 「会社への不平不満ばかりが大量に通報されたら処理しきれないのでは」と危惧する声も聞かれます。この点についてはいかがでしょうか。

西垣 効率的な運用のポイントは、受けた通報の適切な振り分けにあります。私の感覚では、本社で調査を要するような深刻な案件は全体の1割程度で、残りの9割は現地の担当者で対応可能なレベルのものです。すべての通報を本社で抱え込むのではなく、重要度に応じて振り分けられるしくみが整備されれば、運用面での負担も合理的な範囲に収まるはずです。むしろ、しっかりと通報制度の周知徹底を行わないと通報件数が伸び悩むことが多いと言えます。したがって、運用面の課題は、むしろ利用率の低さにあり、制度の形骸化を防ぐための積極的広報が重要になってきます。そのため、「突然、多くの通報が来たらどうしよう」という懸念は通常は杞憂に終わります。

御手洗 通報件数が伸び悩む原因は何ですか。

御手洗 友昭 氏

西垣 大きく二つの要因が挙げられます。一つは制度の利便性の問題、もう一つは認知度不足です。一つ目の利便性については、多言語対応がされていなかったり、匿名通報が認められていなかったり、通報受付窓口のWeb構成が外国人にとってわかりにくい場合には、なかなか使ってもらえません。

苗代 匿名通報については、虚偽や誹謗中傷を懸念する声もありますが。

西垣 その懸念は理解できますが、匿名通報を認めない場合、多くの人は報復を恐れて通報をためらい、結果として制度の利用度が極端に低下してしまうでしょう。御社で取り扱う「WhistleB」のような内部通報管理ツールでは、匿名性を維持しながら通報者との双方向コミュニケーションが可能になりますので、匿名通報に関して従来指摘される調査の困難さは、ある程度克服できます。

苗代 利便性について、通報の受付チャネルには、電話、メール、オンラインシステムと、さまざまな手段がありますが、何をおすすめされますか。

西垣 グローバル内部通報制度において、電話窓口の設置がどこまで必要かは、よく検討してみる必要があります。グローバル内部通報の主眼は重大な不正の早期発見にあり、その目的に照らせば、電話という媒体は必ずしも一般的ではないと考えられます。また、メールによる受付は、手軽に導入できる点から一定の意義はあると思いますが、個人的にはあまり推奨していません。信頼性の観点から、「通報したのに届かなかった」という事態は避けるべきですし、個人情報を扱うため情報漏洩の懸念も無視できず、多数の通報が来た場合の情報管理としても困難です。重大な通報で漏洩の問題が生じた場合、大きな責任問題に発展する可能性もあります。そのため、暗号化をはじめとする十分なセキュリティ対策が実装された、信頼性の高いWeb受付システムの利用をおすすめしています。

苗代 制度の実効性を高めるうえで、認知度の向上も避けては通れない課題だと思います。効果的な周知方法についてアドバイスをいただけますでしょうか。

西垣 制度の認知度向上には、複数の施策を組み合わせたアプローチが必要です。その中核となるのが、経営トップからのメッセージ発信です。実際、調査結果からも、さまざまな媒体を通じて経営トップが制度の重要性を継続的に発信している企業では、制度の利用度が顕著に高いことが判明しています。特に、日本本社のトップだけでなく、現地法人のトップからの発信も併せて行うことで、より高い効果が得られる場合が多いです。現地従業員にとって心理的な障壁を低減する効果があるためと考えられます。

苗代 導入効果の向上にも経営トップの関与が求められるというわけですね。一方で、制度の必要性を認識し、導入を検討はしているものの、“あと一歩”を踏み出せない企業も多いように見受けられます。

西垣 そういった企業には、段階的なアプローチを推奨しています。具体的には、全拠点で一斉導入するのではなく、リスクの高い特定の拠点で試験的に導入し、経験値を高めながら段階的に導入を進めていく方法です。実際、そういった段階を踏んで構築に成功している企業も数多く存在します。

今後のグローバル内部通報制度の展望

御手洗 2025年以降、グローバル内部通報制度の普及についてどのような見通しをお持ちでしょうか。

西垣 間違いなく進むと思っています。私見ですが、この潮流は米国における海外贈収賄防止をめぐる動きと似ています。かつては海外贈賄問題など誰も注目しておらず、「現地の商習慣に従えばよい」という考え方が主流でしたが、今ではそのような認識は完全に否定されています。グローバル内部通報制度も、“当然導入すべき制度”という認識に変わっていく過程にあると思っています。

苗代 不祥事を起こした企業に対する第三者委員会の報告書でも、“内部通報制度の機能不全”が指摘されるケースが増えていますね。内部通報制度の不備や機能不全が、ガバナンス上の問題として指摘される時代になっています。

苗代 烈 氏

西垣 おっしゃるとおりです。グローバル内部通報制度は、もはや「あった方がよい」というレベルではなく、「なぜ整備されていないのか」と問われる時代に差しかかっています。情報発信や啓蒙活動を地道に進めていく必要はあるものの、欧米企業の標準装備となっているこの制度は、グローバルに事業を展開する以上、日本企業も避けては通れません。

御手洗 最後に、これからグローバル内部通報制度の導入を検討する企業や、既に運用に取り組まれている企業に向けて、メッセージをいただけますか。

西垣 企業の皆様には、この制度を単なる“コンプライアンスツール”としてではなく、企業価値を守り、高めるための重要かつ不可欠な“内部統制”の一つとして捉えていただきたいと思います。ただし、完璧を求めすぎる必要はありません。まずはパイロット的に導入し、継続的な改善を進めていくことが重要です。皆様の前向きな取り組みに期待しています。

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 DATA 

SaaSpresto株式会社

日本電気株式会社(NEC)、および米国投資ファンドのVista Equity Partnersの戦略的協業によって設立された事業会社。「世界で実績のあるSaaSを日本のお客様へ」というミッションのもと、グローバルトップSaaSの日本国内での導入支援を行っています。世界的なGRCベンダーNAVEXグループが提供する内部通報管理ツール「WhistleB」の日本販売代理店です。

https://www.saaspresto.jp/

西垣 建剛

弁護士法人GIT法律事務所 代表社員/パートナー
Kengo Nishigaki

2000年から2020年まで国際的法律事務所に所属し、同事務所のパートナーを10年以上務める。国際訴訟・紛争解決、国内外の上場企業の不正に関する調査、米国FCPA(the Foreign Corrupt Practices Act)のコンプライアンス、製薬・医療機器メーカーのコンプライアンスを手がけ、不正調査、米国FCPAに関して多数のセミナーで講師を務める。その他、グローバル内部通報制度の構築、国際労働事件の解決、米国クラスアクション、GDPRを含む個人情報保護法関連のコンプライアンスなどの法的助言も行う。主な著書に『グローバル内部通報制度の実務』(2022年5月)がある。

御手洗 友昭

SaaSpresto株式会社 代表取締役社長CEO
Tomoaki Mitarai

日本ヒューレット・パッカード合同会社、株式会社リクルートホールディングス、株式会社セールスフォース・ジャパンにおいて営業・営業マネージャー・営業企画プロジェクトマネージャーを歴任。2014年にセールス・マーケティングのコンサルティング会社2BC株式会社の設立に参画し、代表取締役社長 兼 チーフコンサルタントを務める。2024年にSaaSpresto株式会社の代表取締役社長CEOに就任。プロジェクト責任者として現場の最前線に立ちながら、国内外のチームを率いる。

苗代 烈

SaaSpresto株式会社 GRCスペシャリスト兼マーケティングディレクター
Tsuyoshi Naeshiro

人材業界・IT業界にて制作・事業企画・マーケティング等のキャリアを経る。現職SaaSpresto株式会社では、グローバル内部通報管理ツール「WhistleB」のマーケティングを担当。法務・コンプライアンス部門の方に役立つコンテンツの提供やマーケティング活動に従事する。