金融・経済規制・デジタル規制の先進地をロンドン、ブリュッセルを加えた4拠点でカバー
西村あさひ法律事務所・外国法共同事業(以下「西村あさひ」)は、2020年にドイツ・フランクフルト、デュッセルドルフで事務所を開設し、欧州レベルでの法政策のみならず、国単位での法令や商習慣への対応が求められるヨーロッパで事業を展開する日本企業に、コーポレートM&A、GDPR対応およびサプライチェーンデューデリジェンスを含む規制法等について、幅広いリーガルアドバイスを提供してきた。そして、2025年初頭までの英国・ロンドンおよびベルギー・ブリュッセルの2都市での現地事務所開設を発表した。
同事務所が4拠点による欧州戦略の展開を目指す背景には、昨今の国際情勢におけるアジアと欧州の関係強化の重要性があるという。
その理由について、藤井康次郎弁護士は、①米国・中国・ロシアとの関係性を考慮した場合、日本企業にとって欧州との産業協力の深化が不可欠であること、②欧州は経済規制・デジタル規制などが相次いで立案・施行され、同地域で事業を展開する企業のみならず幅広く世界の企業行動への影響が高まっていることの2点を指摘している。
また、フランクフルト&デュッセルドルフ事務所共同代表の石川智也弁護士は、欧州におけるM&A案件や進出企業の増加、文献の多くがドイツ語となりがちなデジタル規制における、現地の解釈論・実務に根ざした対応の必要性について言及。同じく共同代表を務めるドミニク・クルーゼドイツ弁護士は、同事務所のグローバル戦略全体を考えたとき、東南アジアをほぼカバーしたうえで、カギとなるマーケットがある欧州における4拠点設置の重要性を指摘している。
一方、木津嘉之弁護士は、欧州を形成する国の多さと言語の多様性が日系企業にとってビジネス上の課題となっており、その法的サポートをするための戦略として、同事務所の4拠点体制が大きな意義を持つとしている。
それではロンドン、ブリュッセルを新事務所開設場所に定めた狙いはどこにあるのであろうか。
「ロンドンは日本企業が展開する欧州事業のヘッドクオーターが数多く設置されており、BREXIT後も変わらず欧州のM&Aや金融におけるハブ機能を維持しています。ロンドン事務所では、英国のみならず欧州全体に関するクロスボーダーM&A案件、コーポレート案件、ファイナンス案件を中心にリーガルサービスを提供していきます」(木津弁護士)。
「ブリュッセルは、欧州委員会等の重要機関を多く擁し、世界の企業動向に影響力を有する欧州規制の中心地です。その地においてEU主要機関等との情報・意見交換を通じて把握した法政策動向・ビジネスニーズ等の情報を踏まえ、ますます厳しさを増しているEU競争法および国際通商法、サステナビリティなどEU規制へのサポートのほか、ルール形成支援等の法政策業務も手がける拠点作りを目指します」(藤井弁護士)。
日米欧アジアを俯瞰した戦略法務
ロンドン、ブリュッセルの2拠点を開設することで、西村あさひが目指しているのは、同事務所全体として、特定の地域だけではなく“日米欧アジアを俯瞰した戦略法務”を、日本企業をはじめとするアジア企業に提供する体制構築だ。そのためには、まず欧州4拠点による協働が重要となる。
「M&Aに代表される企業取引において必要となる競争法上の届出やEU外国補助金規制(FSR)に基づく届出など、欧州の規制については、地の利を活かしてブリュッセル事務所が対応します。英国とEU間のM&Aでも、EU側の手続はブリュッセル事務所で連携していくことを考えています。また、フランクフルト&デュッセルドルフ事務所で大きな成果を上げているデジタル規制分野では、ドイツとブリュッセルが協働することを想定しています。さらには、4拠点での人材の交流の促進、採用の活性化など、人材面での補完関係も構築できるでしょう」(藤井弁護士)。
「フランクフルト&デュッセルドルフ事務所では、デジタル規制分野の個別具体案件の対応を多く手がけてきており、その実績は、当事務所の強みとしてご認識いただいています。今後は、欧州の規制法の中心地であるブッリュセル事務所ができることで、ルール形成支援も含めて対応できるようになりますので、さらにサービスの幅を広げていけます。人材面では、4拠点あることにより、現地弁護士のみならず、欧州に活躍の場を移したい日本法の弁護士を迎えやすくなっており、業務拡大の著しいデジタル規制の分野では採用も積極的に行っていきます」(石川弁護士)。
「クロスボーダーM&Aでは、欧州といえども各国で法規制やマーケットスタンダードは多様なため、ヨーロッパ全体を統括的に見ることが肝要です。これは4拠点協働が効果を発揮できるポイントといえます。一方で、欧州企業によるインバウンドM&A、欧州企業による日本向けのファイナンス、欧州スタートアップによる日本進出についても、東京オフィスと密な連携で対応します」(木津弁護士)。
「石川弁護士はデジタル規制の第一人者であり、藤井弁護士は独占禁止法および国際通商法を強みとするほか、デジタル法政策やサステナビリティ関連の公共政策業務にも精通しています。そして、木津弁護士は英国だけではなく出向経験のあるドイツ、フランスおよびイタリアを含む欧州全域の案件の経験を有し、私自身も日本企業のコーポレートおよびクロスボーダーM&A案件のほか、欧州企業の東南アジアへの事業進出についても助言を行っています。それぞれの拠点が得意とするプラクティスを有しているので、4拠点が協働することで各拠点のキャパシティが倍増するでしょう」(ドミニクドイツ弁護士)。
M&Aとデジタル規制のグローバル対応で大きな成果 フランクフルト&デュッセルドルフ事務所
2020年に3名体制からスタートしたフランクフルト&デュッセルドルフ事務所。言うまでもなく、西村あさひは日本においては最も著名な法律事務所であるが、欧州の法曹界から見ると日本はニッチな市場であるため、“ドイツでそのブランドをいかに確立していくか”が当時の課題であった。
「ドイツにおけるプレゼンスを上げるため、日本企業のコーポレートおよびクロスボーダーM&A案件のほか、欧州企業の東南アジアへの事業進出についての助言なども行ってきました。一例を挙げると、三菱マテリアル株式会社の欧州でのM&Aがあります。これは売手がベトナムの企業でしたので、日本、ベトナム、ドイツという当事務所のグローバルネットワークがあるからこそ可能な案件であると思います」(ドミニクドイツ弁護士)。
フランクフルト&デュッセルドルフ事務所を立ち上げてみて、たとえば現地子会社のGDPR対応、不正アクセス・ランサムウェアの案件や不祥事調査など、ドイツにいなければ対応困難な案件を日本の本社に代わって実施する仕事も増えたと石川弁護士は述懐している。
「ドイツ国内だけではなく複数国をまたいだクロスボーダー案件の数が増えました。これは、“日本・東南アジア・ドイツ”というグローバル展開の成果です。また、DXの推進に伴うグローバルでのデータ保護法への対応案件や不正アクセスに関する案件も多数経験しました。これらの案件はグローバルに対応する必要がありますので、ドイツを含めた当事務所のネットワークを最大に活かして対応してきています。手元では、2025年9月施行のData Actや2025年2月より段階的に施行されるAI Actに関する案件が増えてきており、今後施行日に向けてさらに増えていくと考えています。GDPR案件も爆発的に増えてきており、欧州のデジタル規制の分野においては、“当事務所が最も信頼できる”というステータスを確立できたと思います。さらにブリュッセル事務所、ロンドン事務所が開所すれば、その他の規制分野においても同様の成果が得られるでしょう」(石川弁護士)。
グローバル規制対応の要 アジア系事務所初のブリュッセル事務所
2025年に開所を予定するブリュッセル事務所。アジアの法律事務所として現地EU法弁護士を擁する形での進出は同都市初となるが、その果たすべき役割と抱負を藤井弁護士は次のように語っている。
「ブリュッセル事務所は、グローバルを俯瞰した戦略的法務を実践していくうえで非常に重要だと思っています。欧州では、気候変動対策やデジタル規制などグローバルでのサプライチェーンやデータの移転などに影響を与える規制が増えてきています。データ関連は個人情報保護中心から産業データ保護に拡大傾向があり、競争法に加え、より積極的なデジタル政策・規制(Data Act、DMA、DSA、サイバーセキュリティ等)が予測されます。ブリュッセルはその震源地。EUは、EU産業の保護(守り)を重視し始めており、公表情報以外の背景や動機・利害調整の現場に入ることで、日本企業がプレゼンスを高めることも肝要です。そして日本の企業がビジネスを行う工場や取引先は東南アジアに多く存在しますし、日本企業の司令塔は東京本社にあります。これら三つの拠点の動きが嚙み合って、初めて適切かつ効率的なグローバル対応ができます。その意味でも、欧州規制の中心地であるブリュッセルに拠点を置く意義があります。また、ブリュッセル拠点には、競争や通商分野で、当地で活躍しているEUの弁護士が参画します。これにより、日本企業のカルテル案件や企業結合審査等の競争法案件やアンチダンピングやセーフガード、補助金相殺関税等の通商案件にも適切に対応することができます。地政学的情勢への対応も重要で、日本企業がグローバルでビジネスを展開するうえでは、米国、欧州、日本の関係の全体像を把握して適切なアクションをとることが求められます。そうしたグローバルを俯瞰した戦略法務を進めていくうえで、ブリュッセル事務所も大きな貢献をしていきたいと考えています」(藤井弁護士)。
ロンドン事務所では日本企業のアウトバウンドM&Aに寄与
ロンドン事務所もまた、2025年の開所を予定している。木津弁護士は、ロンドン事務所が果たすべき使命と抱負を次のように述べている。
「ロンドン事務所の当初のメイン・フォーカスは、日本企業による欧州のアウトバウンドM&A(買収/売却/JV/カーブアウト)と考えています。欧州の法制・文化・言語は、日本から見ると特異なものなので、この点を踏まえたアドバイスができることへのニーズやバリューは大きいからです。欧州の経済状況は、現在あまり芳しくないので、Distressed M&Aへの対応も多くなると想定されますが、現地の倒産法制やリストラクチャリングに関するマーケットスタンダードの理解が不可欠なため、これらの中心地でもあるロンドンに拠点を置く意義は大きいと思います。また、ロンドンは、金融のハブでもあるので、当該ハブから主要な関係者とシームレスに投資に対するサポートができることもロンドン事務所の強みになると考えています。その他、欧州の人権・環境関連規制、特に日系企業の東南アジア関連対応(企業サプライチェーンDD指令、EU森林破壊フリー製品規則等)について、ロンドン拠点で収集した最新情報・法的分析を用いて、コンプライアンスが求められる現場(東南アジア)の拠点で依頼者の取組支援に大きく寄与できるのではないでしょうか」(木津弁護士)。
ブリュッセル事務所とロンドン事務所では、日本企業のニーズを把握し、国際案件を多数手がける日本人弁護士に加え、これらの都市で豊富な欧州法務の実績を持つ現地の弁護士が常駐する予定だ。こうした体制のもと、フランクフルト・デュッセルドルフを合わせた全4拠点での欧州展開は、日系およびアジア系の法律事務所として、まさに先駆的な取り組みとなろう。
藤井 康次郎
弁護士
Kojiro Fujii
パートナー/東京。05年弁護士登録(第一東京弁護士会)。12年ニューヨーク州弁護士登録。独占禁止法および国際通商法をはじめ、国際争訟、デジタル法政策やサステナビリティ関連の公共政策業務に精通。ChambersやAsian Legal Business等の弁護士評価誌や日本経済新聞社「最も活躍した弁護士ランキング」、Financial Times紙「Innovative Lawyers Awards Asia-Pacific」等のメディアからの受賞歴等も多数。
木津 嘉之
弁護士
Yoshiyuki Kizu
パートナー/東京。07年弁護士登録(第一東京弁護士会)。国内外のM&A案件を中心に企業法務全般に従事。日本企業およびプライベートエクイティファンドをクライアントとする欧州M&A案件に、戦略策定からPMIに至るまで数多く関与。現地経験のある英国、ドイツ、フランスおよびイタリアのみならず、スペインのリーディングファームにおける短期研修、オランダ、ポーランド等への出張も経験し、欧州全域の複数のリーディングファームとのコネクションを活かし、案件の規模に応じた効率的かつ機動的な案件対応を提供。
石川 智也
弁護士
Noriya Ishikawa
パートナー/フランクフルト&デュッセルドルフ事務所共同代表。06年弁護士登録(第一東京弁護士会)。17年ニューヨーク州弁護士登録。欧州でのM&A、現地拠点のGDPR対応、サプライチェーンDD対応、EU法・欧州各国規制法調査等、日系企業の欧州進出を幅広く支援。特にデジタル分野に明るく、グローバルでのプライバシーガバナンス・AIガバナンスの体制構築や各国データ保護監督当局への報告を要する大規模なサイバーアタック事案への対応等を数多く手がける。
ドミニク・クルーゼ
ドイツ弁護士
Dominik Kruse
パートナー/フランクフルト&デュッセルドルフ事務所共同代表。11年ドイツ連邦共和国弁護士登録。日本企業のコーポレートおよびクロスボーダーM&A案件のほか、欧州企業の東南アジア(特にインドネシア、タイ、ベトナム)への事業進出についても助言を行う。国際経験に富み、新興市場と成熟市場との異文化間の取引決定においても独自の洞察を提供している。クリフォードチャンス(デュッセルドルフ、ニューヨーク)、ファイザー株式会社(ニューヨーク)の企業内弁護士として数多くのクロスボーダー案件に関与。
著 者:森本大介・小林咲花[編著]、白澤秀己・金﨑拓磨・金子弘平・中村日菜美・黒崎万里[著]
出版社:中央経済社
価 格:3,080円(税込)
著 者:西村あさひ法律事務所・外国法共同事業[編]
出版社:一般社団法人金融財政事情研究会
価 格:4,950円(税込)
著 者:尾崎恒康[監修・執筆]、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業/弁護士法人西村あさひ法律事務所 危機管理グループ[編]
出版社:第一法規
価 格:5,060円(税込)