SDGs推進のための協働には独占禁止法に目配りした準備が必須
近年、SDGsやグリーン社会実現を目的として、同業他社との間でさまざまな施策が検討されるようになっている。しかし、環境に配慮した製品を開発すれば、そのために生じるコストを商品の価格に転嫁せざるを得ないだろう。先進的な取組みを行う会社がコストを価格へ転嫁することで競争力が低下してしまうのでは当該取組みの広がりが妨げられてしまいかねないので、“業界全体で足並みを揃えて取り組むことも重要であり、かつ正当なことである”という考え方が広がりつつある。
「政府は2050年のカーボンニュートラル実現を目標に据えており、脱炭素やグリーン社会実現の担い手としてビジネス界への期待が高まっています。しかし、同業他社との共同の取組みにはカルテルの懸念が伴います」と語るのは、筑波大学大学院ビジネスサイエンス系准教授として独占禁止法(以下「独禁法」)の研究にも携わる、平山法律事務所の平山賢太郎弁護士だ。独禁法分野のさまざまな注目案件に携わってきたほか、公正取引委員会(以下「公取委」)にも3年間勤務し、さらに研究者の視点を併せもつ、独禁法分野のエキスパートである。
「脱炭素やグリーン社会実現の取組みに法務部が初期段階から全面的に関与することは少なく、むしろ、プロジェクトの途中、あるいは最終段階で助言を求められることが多いように感じます。事業所管部門では、“同業他社との情報交換はカルテルなので一切行ってはならない”とか、あるいは逆に、“脱炭素の取組みは正当なのですべて許容される”など、さまざまな誤解が生じ得ます。法務部門は、“正当目的”に基づく“相当な取組み”であれば許される場合があることを社内に十分に周知しておくことが重要ですし、そのうえで、個々の取組みについて“どこまでが‘正当’と認められるのか”について早い段階から助言を行うことも期待されます」(平山弁護士)。
脱炭素やグリーン社会実現の取組みについては、公取委が「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」を2023年に策定・公表し、2024年4月に改定した。このガイドラインについて、平山弁護士は「独禁法の理論を理解していなければ、内容を読み解くことはかなり難しいでしょう」と評価する。弁護士など独禁法分野に知見を有する専門家からのサポートを受けながら正当性について説明を準備し、そのうえで公取委と相談して“適法である”というお墨つきを得る、という手順をきちんと踏むことが重要だという。
「業界全体での取組みにおいては、同業他社との共同の取組みが生じるでしょうから、カルテルの観点からリスクを検討することが必要です。このとき、各社がたとえば“業界トップ企業の法務部に判断を任せてこれに盲目的に従う”ということでは、個々の企業におけるコンプライアンスの遵守が十分であるとは言いがたいでしょう。カルテル規制のリスクと正当性の主張について各社がそれぞれ検討して判断することが重要です」(平山弁護士)。
脱炭素やグリーン社会実現へ向けた業界を挙げての取組みに関する独禁法の観点からの議論は欧州が先行しており、「日本は欧州における議論の蓄積から学ぶ必要がある」と平山弁護士は指摘する。
「欧州当局による判断の内容は、日本における検討のベンチマークになります。欧州など海外では、SDGsのさまざまな項目のうち、まずは環境保護にフォーカスを当てた議論が深化しており、日本でもまずは脱炭素やグリーン社会の実現という環境分野の検討に専念することになるでしょう。また、将来的には、SDGsの他の項目についても関心や議論が広がっていくことと思いますが、海外の最新の議論をウォッチし理解するには相応の労力を要しますし、日本の実務へ応用するには日本特有の事情を踏まえた検討も必要です。私は研究者および独禁法弁護士として論文を日々チェックし、海外や国内の研究会でネットワークを構築していますので、リサーチに時間をかけず、タイムリーに助言を差し上げることができます」(平山弁護士)。
ビジネスと理論を架橋する 内外の専門的知見が突破口となる
独禁法分野においては環境問題に限らず、グローバルIT企業、プラットフォーム事業者等に対する規制のあり方もさかんに議論されている。議論が急速に深化している分野であるため、独禁法理論の潮流を理解することが重要だと平山弁護士は語る。
「“審査対象のビジネスが競争に影響を与えるか”について、また“どのような合理性を備えているか”についてわかりやすく説明するためのサポートを提供することが、代理人弁護士には求められています。審査対応においては、豊富な経験が不可欠であることは言うまでもありませんが、海外の知見から得られたヒントが突破口となることもあります」(平山弁護士)。
平山弁護士は、公取委が調査協力減算制度を適用して審査を終了した第1号案件、公取委が確約計画認定や審査打切を公表したさまざまな不公正取引案件など、前例が少ない分野を含むさまざまな案件において、審査対象事業者や申告人の代理人を務めてきた。
「多数の案件を自ら経験するとともに研究者としての知見も備えた独禁法弁護士として、公正取引の推進をサポートしていきたいと考えています」(平山弁護士)。
読者からの質問(顧客各社から求められる微妙なズレがあるSDGs方針への対応)
取引先からの要請に“受け身”の姿勢で対応するばかりでは、各社との個別交渉に労力を要し、対応に苦慮することになりそうです。貴社の商品製造プロセスなどは貴社自身が最も詳しいはずですから、むしろ、貴社自身がSDGs方針を作成して取引先にその検討を要請するという能動的な取組みによって、SDGsをよりよく実現できるように思いますし、さまざまな会社の方針の内容を精査する労力が大いに節減されることも期待できるでしょう。能動的対応のメリットを経営陣に伝えて認識を共有することが重要であると感じます。
平山 賢太郎
弁護士
Kentaro Hirayama
01年東京大学法学部卒業。02年弁護士登録(第二東京弁護士会)。07~10年公正取引委員会事務総局(審査局審査専門官)。10年Slaughter and May法律事務所(英国)競争法グループ出向。22年筑波大学大学院ビジネスサイエンス系准教授。このほか、九州大学大学院法学研究院准教授、東京大学、名古屋大学、筑波大学等のロースクール講師等を歴任してきた。Chambers Asia Pacificに、独禁法分野(日本)を代表する弁護士の一人として12年連続掲載されている。