経済安全保障推進法と市場における公正な競争 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

2022年5月、四つの柱からなる「経済安全保障推進法」が成立・公布されました。
この法制度は、2022年8月から段階的に施行されており、各業界で、今まさに、この制度への対応が課題となりつつある状況かと思います。

今回は、ワンポイント独禁法コラムの第9回として、独占禁止法や競争法そのものではありませんが、この経済安全保障推進法の概要をご紹介するとともに、この法制度が市場における公正な競争にいかなる影響を与えうるかについて、政府が公表する各種資料をもとに、ご紹介させていただければと思います。

経済安全保障推進法とは

四つの柱

経済安全保障推進法の正式名称は、「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」(令和4年5月18日法律第43号)です。複数の経済施策を「一体的に講ずる」ことにこの法制度の最大の特徴があるといえます。
その一体的に講ずることとなる施策は、

① 重要物資の安定的な供給の確保に関する制度

② 基幹インフラ役務の安定的な提供に関する制度

③ 先端的な重要技術の開発支援に関する制度

④ 特許出願の非公開に関する制度

の四つであり、さまざまなところで「四つの柱」などと呼ばれています。

経緯・背景

令和4年9月30日に政府が公表した「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針」では、経済安全保障法制度の実現に向けた基本的な考え方として、次のように述べられています(下線は筆者)。

国境を越えた経済活動の活発化によって世界経済が成長する中、これまで我が国は、自由で開かれた経済を原則として、民間活力による経済発展を続け、国民の暮らしを豊かなものとしてきた。
しかしながら、近年、厳しい安全保障環境や地政学的な緊張の高まりといった国際情勢の複雑化に加え、グローバリゼーションの進展やテクノロジーの発展、産業基盤のデジタル化・高度化といった社会経済構造の変化等に伴い、サプライチェーン上の脆弱性の顕在化、基幹インフラ事業に対するサイバー攻撃等の脅威の増大、先端技術を巡る覇権争いの激化といった課題が顕在化している。

(略)

そこで、これまでのように自由で開かれた経済を原則とし、民間活力による経済発展を引き続き指向しつつも、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に照らして想定される様々なリスクを踏まえ、経済面における安全保障上の一定の課題については、官民の関係の在り方として、市場や競争に過度に委ねず、政府が支援と規制の両面で一層の関与を行っていくことが必要である。

出典:「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針」(令和4年9月30日閣議決定)3~4頁(第1章第1節)

つまり、経済安全保障法制度は、自由で開かれた経済の原則では実現ができない経済面における安全保障上の一定の課題について、市場や競争に過度に委ねず、市場における競争原理を一定程度修正したうえで、国家および国民の安全を確保するため、上記の四つの柱を中心とした施策を実現する法制度である、ということがおわかりいただけるかと思います。

競争との緊張関係

独占禁止法制度は、ご承知のとおり、市場における自由競争原理を確保することで国民経済の発展を目的とする法制度ですので、この点で、市場における自由な競争原理を一定程度修正する経済安全保障法制度と独占禁止法制度とは、ある種の緊張関係にある、ということが言えるかと思います。
そのため、上記方針では、次のとおり、この経済安全保障推進法制度の規制措置が、適正な競争関係を不当に阻害することがないよう、規制措置ができる限り必要最小限度のものとなるよう努めるとも述べられています。

4施策に含まれる規制措置は、(略)経済活動に与える影響を考慮し、安全保障を確保するために合理的に必要と認められる限度において行わなければならない。その際、経済成長に及ぼす影響に配慮するとともに、経済主体の経済活動における自主性を尊重し、経済主体間の適正な競争関係を不当に阻害することのないよう、規制措置ができる限り必要最小限度のものとなるよう努めるものとする。

出典:「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針」(令和4年9月30日閣議決定)6頁(第2章第2節)

公正な競争との関係

それでは、経済安全保障法制度と独占禁止法制度の緊張関係について、どのような調整が図られていくことになるのでしょうか。

重要物資の安定的な供給の確保に関する制度

まず、の四つの柱のうち、①の重要物資の安定的な供給の確保に関する制度についてみてみます。令和4年9月30日に政府が公表した「特定重要物資の安定的な供給の確保に関する基本指針」では、この制度について、次のとおり述べられています。

政府が特定重要物資の安定供給確保に関する施策の方向性を示し、当該特定重要物資のサプライチェーンを構成する民間事業者等の予見性を確保するとともに、サプライチェーンの強靱化を図ろうとする民間事業者等による取組を支援することにより、特定重要物資の安定供給確保を図ることとしている

出典:「特定重要物資の安定的な供給の確保に関する基本指針」(令和4年9月30日閣議決定)5頁(第1章第1節)

つまり、指定された「重要物資」について、政府が施策を示し、特定の民間企業の取組みについて金融援助をすることで、当該「重要物資」の安定供給確保を図るという制度であることがおわかりいただけるかと思います。この制度は既に施行・制度運用が始まっており、現時点で、半導体、クラウド、ロボット、肥料など12分野が「重要物資」に指定され、報道注1では数千億円から数兆円規模の金融支援が政府を通じて行われているということのようです。

さて、こういった施策を独占禁止法の観点からみますと、どうでしょうか。本来、各事業者が独自の力で競争するはずの市場において、特定の事業者のみ政府の金融支援を受けるのであれば、それは、“競争が歪められた”あるいは“回避された”状況にも見えないでしょうか。
そこで、上記指針では、競争への配慮について、例えば複数事業者が作成した計画を支援する場合には、競争が停止・回避されることにならないよう、「必要に応じて公正取引委員会との連携を図」るとも述べられいます。

・  物資所管大臣は、複数事業者が作成する供給確保計画の認定を行おうとする場合には、必要に応じ、公正取引委員会との連携を図り、適正な競争の確保に留意しつつ、企業の連携等の円滑化を図る

等、市場環境の整備、国際的な連携等の推進に必要な措置を検討するものとする。

出典:「特定重要物資の安定的な供給の確保に関する基本指針」(令和4年9月30日閣議決定)7頁(第2章第1節)

公的再生支援に関する競争政策上の考え方

実は、市場において特定の事業者を政府が支援することで競争が歪められる懸念について、公正取引委員会が過去に一定の考え方を示したことがありました。
それが、平成28年3月31日に公正取引委員会が公表した「公的再生支援に関する競争政策上の考え方」です。この時期に行われた大手航空会社に対する公的再生支援が契機となったこの公表文の中で、公正取引委員会は、公的再生支援は、競争に与える影響をあらかじめ注意深く考慮したうえで、競争に与える影響を最小化するために、

・ 補完性の原則

・ 必要最小限の原則

・ 透明性の原則

という三つの原則を踏まえて実施すべきであるという考え方を示しました。

経済安全保障推進法制度の支援においても、今後、この考え方を踏まえて、適正な競争確保に留意した制度運用がされていくのか、しっかりと注視したいと思います。

基幹インフラ役務の安定的な提供に関する制度

もう一つ、競争との関係に言及されているのが、上記で示した四つの柱のうち、②基幹インフラ役務の安定的な提供に関する制度です。令和5年4月28日に政府が公表した「特定妨害行為の防止による特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する基本指針」では、この制度について、次のとおり述べられています。

我が国の安全保障を確保するためには、インフラ事業者が設備の導入等を行う前に、政府が当該設備の導入等に伴うリスクを把握し、我が国の外部から行われる妨害行為の手段として使用されるおそれが大きい場合には、そのリスクを低減させ、又は排除する

出典:「特定妨害行為の防止による特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する基本指針」(令和5年4月28日閣議決定)3頁(はじめに)

つまり、電気・ガス・水道・航空・鉄道・通信・金融といった社会基盤(インフラ)を提供する事業者が使用する「重要設備」の導入や委託について、あらかじめ政府が審査をし、問題がある場合に是正措置を可能とすることで、当該「重要設備」の安定的な提供を確保するという制度であることがおわかりいただけるかと思います。この制度は2023年11月に施行され、2024年5月17日から制度運用が開始されています。
この制度は、適用事業者やその供給元の事業者に、重要設備の導入・委託に関しサプライチェーンの厳格な管理等、多大な負担を強いる面があることから、上記指針では、競争関係への配慮について、次のとおり述べられています。

特定重要設備及び重要維持管理等は、その定め方によっては一部の特定社会基盤事業者又は特定重要設備の一部の供給者等に過度な負担を与え、競争関係に影響を及ぼすことも予想される。特定重要設備及び重要維持管理等を定める主務省令の立案に当たっては、パブリック・コメント制度の活用も含め、あらかじめ関係する事業者等の意見を幅広く聴取するなど、事業者間の適正な競争関係を不当に阻害することのないよう配慮する必要がある。

出典:「特定妨害行為の防止による特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する基本指針」(令和5年4月28日閣議決定)16頁(第3章第3節)

このように、②基幹インフラ役務の安定的な提供に関する制度の運用においても、制度が適用される事業者とそうでない事業者、さらには「重要設備」の供給元の競争関係への配慮が必要とされています。

最後に

今回は、各業界で、今まさに、制度対応が課題となっている「経済安全保障推進法」を取り上げ、この法制度と競争との関係についてワンポイント解説を行いました。国家や国民の安全保障を担う重要な法制度とはいえ、市場における競争原理へのさまざまな配慮がされていることがおわかりいただけたかと思います。今後も、この「経済安全保障推進法」の運用が市場における競争原理に不当に影響を与えることがないか、しっかりと注視していきたいと思います。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 日本経済新聞2022年12月20日付け「経済安全保障「重要物資」半導体など11分野、閣議決定」など。施行当時は重要物資の指定は11分野でしたが、2024年2月に1分野(先端電子部品(コンデンサーおよびろ波器))が追加され、12分野となっています。[]

山本 陽介

あさひ法律事務所 パートナー弁護士・公認不正検査士

2009年中央大学法科大学院修了。2010年弁護士登録、あさひ法律事務所入所。2015~2017年公正取引委員会事務総局勤務(審査局審査専門官〔主査〕)。2018年CFE(Certified Fraud Examiner:公認不正検査士)認定。2020年日本プロ野球選手会公認選手代理人登録。2022~2023年金融庁企画市場局勤務(課長補佐)経済安全保障推進法施行準備業務に従事。独占禁止法、下請法、景品表示法を中心とした企業コンプライアンス、訴訟・紛争解決、倒産・事業再生、不正調査・不祥事対応などを取り扱う。