大企業VS中小ベンチャー企業~止まらない疑心暗鬼に終止符を!~ - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

大企業による“搾取”はなぜ可視化されたのか?

「大企業は、中小・ベンチャー企業を契約で搾取している」―近年、さまざまな場面でこうした言説が表面化している。
昔から商取引は、当然に異なる規模や立場の当事者間で行われるものだから、取引上の力関係、優劣関係が契約条件に有形無形の影響を与えることはあった。

近年になってこうした問題意識が浮上してきた背景には、オープンイノベーションの活性化がある。大企業が中小・ベンチャー企業、大学などとともに新規事業を立ち上げることが増え、またそうした動きが我が国の経済活性化にもつながるという期待があることから、行政が事業者間の健全な商取引の環境整備に乗り出したのだ。

大きなきっかけは2018年に公正取引委員会が調査し、2019年に公表した「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」だろう。この報告書において「ノウハウ開示の強要」「名ばかり共同研究」「特許出願に干渉」「知的財産権の無償譲渡」といったインパクトのある事例が多数紹介されたことから、“搾取”問題が可視化されたのだ。

これを受けて、経済産業省、特許庁は2020年にオープンイノベーション等に取り組む当事者たちのために「モデル契約書」を作成し公表した。その目的は「公正取引委員会の調査で明らかになった企業間の技術取引に関する諸課題に対処すべく」注1と明言されている。なお、モデル契約書は特許庁が翌2021年にオープンした「オープンイノベーションポータルサイト」に掲載されており、現在も順次バリエーションが追加され続けている。このほかにも「事業会社とスタートアップのオープンイノベーション促進のためのマナーブック」といった資料が掲載されている。

大企業は本当に“搾取”の意図を持っているのか?

こうした動きについて、当の大企業はどのように思っているのだろうか。特許庁は、2020年のモデル契約書公表時の広報において、「スタートアップやその支援者の方々からは概ね好評です」とする一方で、「大企業側からの評価は様々ありますが」注2と、「好評ではない」評価もあったことを暗示している。

また、同年に公正取引委員会と経済産業省が共同で公表した「スタートアップとの事業連携に関する指針(案)」に対して、2021年に経団連が「本指針が取引の自由を必要以上に阻害しないようする観点から」(原文ママ)さまざまな意見をウェブサイト上で公表したことは象徴的である(なお、これらの意見を踏まえた最終版はこちら)。

こうした大企業側の“リアクション”から、「やはり大企業は中小・ベンチャー企業から成果を不当に搾取し、不合理な取引条件を押しつけることを是としており、対等な契約関係に是正されることに警戒感を抱いているのでは…」と推察する向きもあるだろう。では、実際のところはどうなのだろうか?

大企業といっても決して一枚岩ではないし、法務や知財の担当者も多様だから、簡単に一般化することはできないが、総じて「相手から搾取してやろう」という明確な意図を持って契約書をつくる人間はいないのではないか。
つまり、大企業の法務は、別に悪の組織でも詐欺師の集団でもないということだ

一方、近年、中小・ベンチャー企業や下請け事業者、フリーランスなど、大企業との間で弱い立場で取引を行いがちの事業者は、契約交渉の段になると、最初から相手方の法務に対して警戒感を露わにしたり、疑ってかかったりする人も少なくないのだが、大企業の法務も、別に最初から騙そうとしているわけでも、丸め込もうとしているわけでもないのである。
それだけは信じてあげてほしいと思います。
よろしくお願いいたします。

意図せぬ“搾取的”な契約書案にどう向き合うか?

ただ、特に現場に出てこずにバックオフィスで契約書を書いているだけのような連中には、現場同士の関係性や、相手方の事情や心情に対する想像力が欠如していることがままある。

それに、契約書を書くことだけを仕事にしていると、契約書の書面上、自社に有利になるように、また自社にとって不利にならないようにすることが至上命題になりがちなのである。すると、自ずと毎回同じような契約条件を提示するようになり、結果として“ひな形”を使い回すことにもつながる。本来は、それぞれの取引や事業自体を成功させることを目的に、その目的を達するための手段の一つが契約書のはずなのに、これでは視野狭窄の主客転倒である。

その結果、法務担当者に悪気はないものの、結果として相手方との関係性(取引関係上、相手方が劣後していることなど)に配慮しない“搾取的”な契約書案が飛び出てくることは少なくないといえる。

したがって、中小・ベンチャー企業側がこのような契約書案と対峙したら、「搾取しようとしてんじゃねーこの野郎!!」と、相手方の法務担当者を悪人と決めつけてキレる必要はないものの、契約書案の内容に対して警戒心と猜疑心を持って接することは正しいのである。

人を信じ、契約書案は信じるな!

“契約相手”に警戒心や猜疑心を抱くことと、“契約書案の内容”に警戒心や猜疑心を抱くことでは、似ているようでまったく違う
前者のスタンスをとると、どうしても「騙されるもんか。負けるもんか」という方向に気持ちが硬化してしまい、それは契約交渉の態度にも表れる。細かいところまで一歩たりとも譲れなくなってしまい、適切な妥協点、落としどころを見誤ってしまうのだ。

そして、あまりにも頑なな態度で取りつく島がないと、大企業側の態度もまた硬化していくだろう。そうするともう対立関係になってしまい、関係修復すら困難である。これは双方にとって不幸としかいいようがない。
そうではなく、契約相手自体は信頼してフラットな感情を保ち、同時に契約書案の内容は信用せずに慎重に検討することが必要なのだ。この両立がポイントなのである。相手を信頼して「この条件は納得できないが、きちんとこちらの事情や不利益を説明すればわかってくれるだろう」と、堂々と修正案を通して自分たちの意見を伝えるべきなのである。
相手に対する信頼がないと、ケンカ腰の修正提案になることもあるが、逆に無用の忖度による泣き寝入りにつながることもある。

「ムチャな契約条件が提示されているなぁ…。でも、それが大企業様のご意向なんだろうなぁ…。ここで抵抗したら取引を打ち切られるかもしれないから、要求を吞んでおこう…」

そう考えてハンコを押してしまうこともまた、相手に対する信頼の欠如の表れだ。「相手は悪人ではない。共に事業を成功させようしている仲間なのだから、きちんと向き合えばわかり合える」と信じることが重要である。

忖度契約時代の終焉を前に、契約業務はどうあるべきか?

以前は、どちらかといえば忖度型の対応が多く、それ故に不満を内に抱えたまま大企業と取引をする中小・ベンチャー企業が多かった。それを「搾取された」と捉える向きも少なくなかったと思われる。
事実、で紹介した「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」においても、取引先からの(ムチャな)要請を受け入れた理由に関するアンケート調査で最も多かったのは、「取引先から今後の取引への影響を示唆されたわけではないが、その要請を断った場合、今後の取引への影響があると自社で判断したため」という回答だった注3。まさしく忖度である。

翻って現在、行政の啓発活動の影響により、忖度が減った代わりにケンカ腰型の対応が増えているのだとしたら、大企業と中小・ベンチャー企業が契約時において抱える問題は、根本的には何も変わっていないともいえる。信頼の欠如から疑心暗鬼に陥っていては、どちらの態度を示そうとも、契約交渉はうまくいかない。

最後に、大企業の法務にとっては、相手方が勝手に忖度して、自社に有利な“いつものひな形”を受け入れてくれる時代は終わりつつある。ケンカ腰にせよ、冷静な修正交渉にせよ、契約書修正のラリーは増えるだろう。

「最近、中小・ベンチャー企業からの契約書修正要求が多いんですよ…」
「アレだな、例の“搾取”だと思われてるんかな」
「めんどくさいな…」

といったぼやきも聞かれるところだ。

だが、キミたちは今までが楽をし過ぎていたのだ。相手方の事情を汲み、取引の経緯、全体像、将来像を理解したうえで、どのような契約条件であれば「事業や取引にとって」(自社にとってではなく)望ましいかを考えて、相手方との協力によって最適な契約書を完成させるスキルが、これからは求められるだろう。

今月はなんか真面目ですね…っていつも真面目だよ!

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 高田龍弥「みんなのギモン モデル契約書とは?―オープンイノベーション促進のためのモデル契約書」とっきょVol. 46 (2020年11月25日号)12頁。[]
  2. 高田・前掲注1)13頁。[]
  3. 公正取引委員会「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」(令和元年6月)[]

友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。最新刊に『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)。他の著書に『エセ著作権事件簿—著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』(パブリブ)『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)など。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士。

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