情報システム調達と独占禁止法 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

日本では、今般のコロナ禍において官民のデジタル化の遅れが顕在化し、デジタル社会の形成が急務となっています。独占禁止法にまつわるさまざまな話題をわかりやすく紹介する「ワンポイント 独禁法コラム」第6回の今回は、デジタル社会の形成を推進するにあたって競争政策の観点から注目を集めている情報システム調達に関して、その独占禁止法上の論点などをご紹介します。

官公庁における情報システム調達に関する実態調査

令和4年2月8日、公正取引委員会(以下「公取委」といいます)は、「官公庁における情報システム調達に関する実態調査報告書」(以下「実態調査報告書」といいます)を公表しました。
この実態調査は、競争政策の観点から、今後の情報システム調達について、ベンダーロックイン注1が回避されることなどにより、多様なベンダーが参入しやすい環境を整備することが重要であるとの認識のもと、国の機関および地方公共団体(以下「官公庁」といいます)における情報システム調達の実態を把握するために実施されたものです。
そして、この実態調査は、競争政策上の検討事項のほかに、官公庁の情報システム調達におけるベンダー等の行為のうち、独占禁止法上問題となりうる具体的な行為についての独占禁止法上の考え方や留意点を検討事項としています。

実態調査報告書では、情報システム調達におけるベンダー等の行為のうち、

① 仕様書の作成に際し、自社のみが対応できる機能を盛り込むこと

② 合理的理由のない仕様開示の拒否、データ引継ぎの拒否等

③ 既存ベンダーから別の物品・役務を一括発注することなどの要求

④ 安値応札

⑤ ベンダー間等の受注調整

についての独占禁止法上の考え方や留意点が示されました。
このうち、本稿では、の事件と関連する「仕様書の作成に際し、自社のみが対応できる機能を盛り込むこと」について具体的に取り上げます。

ここで問題とされている行為は、官公庁の情報システム調達において、ベンダーが、発注担当者が仕様に精通していないことに付け込み不正確な情報を提供するなどして自社のみが対応できる仕様書による入札を実現し、自社の仕様を盛り込むことにより、他のベンダーの入札参加を困難にさせ、入札参加者の公平で自由な競争を通じて受注者を決めるという官公庁の入札方針に反する入札をさせる行為などです。

実態調査報告書は、このような行為が私的独占等に該当して独占禁止法上問題となるおそれがあると指摘しています。
その上で、ベンダーとしては、官公庁への提案に際し、

① 自社独自の製品であるか汎用品であるかを明示すること

② 官公庁からの要求による仕様書の作成や修正、入札方式の決定などについて虚偽の説明などの不当な働きかけをしないこと

③ 発注担当者が情報システムに精通していないことに付け込み、自社のみが対応できる仕様とならないこと

などに留意すべきである旨指摘しています。
他方で、官公庁としては、

・ ベンダーとの情報の非対称性を減らすために内部で情報システムに係る知見を蓄積しておくとともに、競争的な発注を行う旨の自身の調達方針を明確化し対外的に示すことにより、ベンダーに対しこれを認識させること

が官公庁の方針に反する入札の防止につながると考えられる旨を指摘しています。

サイネックスおよびスマートバリューの確約計画認定

実態調査報告書の公表日から約5か月後の令和4年6月30日、公取委は、株式会社サイネックスおよび株式会社スマートバリューの2社(以下単に「2社」といいます)から申請があった確約計画の認定等について公表しました。

公表文によると、公取委がこの事件において違反被疑行為注2とした内容は、

2社が、自らのホームページをリニューアルする業務(以下「本件業務」)の発注を検討している市町村等に対してそれぞれが行う受注に向けた営業活動において、当該市町村等が本件業務の仕様において定める、ホームページの管理を行うために導入するコンテンツ管理システム(以下「CMS」)について、2社によって作成された、オープンソースソフトウェアではないCMSとすることが当該ホームページの情報セキュリティ対策上必須である旨を記載した仕様書等の案を、自らだけではCMSに係る仕様を設定することが困難な市町村等に配付するなどして、オープンソースソフトウェアのCMSを取り扱う事業者が本件業務の受注競争に参加することを困難にさせる要件を盛り込むよう働きかけている

というものでした。
この違反被疑行為を受けた市町村等の中には、オープンソースソフトウェアのCMSは情報セキュリティ対策上問題があるものと認識し、本件業務の仕様において、オープンソースソフトウェアのCMSの導入を認めない旨を定めた上で発注を行ったものがあり、これにより、オープンソースソフトウェアのCMSを取り扱う事業者は、当該本件業務の受注競争に参加することができないこととなっていたとのことです注3

公取委は、この公表文において、「本件と関連する公正取引委員会のアドボカシー・唱導活動(実態調査)」という項目を設けて注4、実態調査報告書とスタートアップの取引慣行に関する実態調査に係る最終報告書(公取委「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」(令和2年11月)。以下「最終報告書」といいます)注5を挙げていますが、気になる点が2点あります。

一つ目は、実態調査報告書は、でご紹介したとおり、仕様書の作成に際し、自社のみが対応できる機能を盛り込むことが独占禁止法上問題となるおそれがある旨指摘していましたが、この違反被疑行為では、オープンソースソフトウェアではないCMSを取り扱う事業者であれば2社でなくとも競争に参加できるわけですから、仕様書に自社のみが対応できる機能が盛り込まれることにはなっていないという点です。
二つ目は、公表文で引用された最終報告書の該当部分が、「「競合他社が、スタートアップの販売先に対し、スタートアップの商品等に関する悪評を流すことにより、スタートアップとその販売先との取引を妨害した事例」について、それが不公正な競争手段によるものである場合には、競争者に対する取引妨害(一般指定第14項)として問題となるおそれがある」であるという点です。

公取委は、公表文において、「市町村等において導入されるCMSを、情報セキュリティ対策からオープンソースソフトウェアではないCMSとしなければならない理由はないものと考えられる」とも記載しています。
そうすると、公取委は、2社が「オープンソースソフトウェアではないCMSとすることが当該ホームページの情報セキュリティ対策上必須である旨を記載した仕様書等の案」を市町村等に配布するなどしたことを、オープンソースソフトウェアのCMSに関する悪評を流すことと同様の行為であると評価しようとしていた可能性があります注6

たしかにオープンソースソフトウェアのセキュリティに関しては古くからさまざまな議論があり、オープンソースソフトウェアがそうでないソフトウェアと比べて情報セキュリティの点で脆弱であると一概に言うことは難しいと思われます注7。このことから、本件業務の発注においてオープンソースソフトウェアではないCMSであることが情報セキュリティ対策上推奨のレベルを超えて必須とされなければならない理由は、本件の審査の過程で見当たらなかったのかもしれません。

なお、本件の公表後、公取委は、この違反被疑行為が及ぼす影響の広さやベンダーロックインの問題があったことを背景として、すべての地方公共団体に対して、この公表文を周知しています注8。これを受けて、地方公共団体は、本件業務またはこれに類似する業務を発注するにあたって、その仕様において定めるCMSについて、「オープンソースソフトウェアではないこと」を評価項目から除外するなどの対応をしているようです(愛知県瀬戸市新潟県魚沼市など)。

最後に

今回取り上げた実態調査報告書や事件は、いずれも官公庁における情報システム調達を対象とするものでした。
ただ、実態調査報告書が「本調査は、官公庁における情報システムを対象に実施したものの、民間における情報システムに係る取引においても、本報告書と同様の論点を有する部分については本報告書における考え方が有用であると考えられる」と指摘しているように、民間における情報システム調達においても、同様に独占禁止法上留意すべき点があります。企業担当者のみなさまには、くれぐれもご注意いただきたいと思います。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 「ベンダーロックイン」とは、ソフトウェアの機能改修やバージョンアップ、ハードウェアのメンテナンス等、情報システムを使い続けるために必要な作業を、それを導入した事業者以外が実施することができないために、特定のベンダーを利用し続けなくてはならない状態のことをいいます。[]
  2. 一般的に、オープンソースソフトウェアのCMSを取り扱う事業者はシステムの構築費用を安価にでき、本件業務において安価な見積価格を提示し、2社はこれに金銭面で対抗することが難しいところ、オープンソースソフトウェアのCMSを取り扱う事業者が本件業務の受注件数を増加させてきていたことが、この違反被疑行為の背景であるとみられるとのことです(向井康二ほか「株式会社サイネックス及び株式会社スマートバリューから申請があった確約計画の認定等について」公正取引863号67頁以下(以下「担当官解説」といいます)参照)。[]
  3. 担当官解説参照。[]
  4. 公正取引委員会「デジタル化等社会経済の変化に対応した競争政策の積極的な推進に向けて―アドボカシーとエンフォースメントの連携・強化―」(令和4年6月6日)参照。[]
  5. オープンソースソフトウェアのCMSを取り扱う事業者の中にはスタートアップが存在すると考えられたとのことです(担当官解説参照)。[]
  6. 本件は、確約計画の認定で終了していますので、公取委は2社の違反被疑行為が独占禁止法の規定に違反することを認定してはいません。[]
  7. 2003年3月時点のものですが、「オープンソース・ソフトウェアのセキュリティの議論においては、現在、オープンソース・ソフトウェアは一般のソフトウェアに比べてセキュアであるという見方が大多数を占めている」という指摘もあります。独立行政法人情報処理振興事業協会(IPA)セキュリティセンター「オープンソース・ソフトウェアのセキュリティ確保に関する調査報告書」第1部11頁参照。ご興味のある方は、経済産業省商務情報政策局サイバーセキュリティ課「OSSの利活用及びそのセキュリティ確保に向けた管理手法に関する事例集」(令和4年5月10日)もご参照ください。[]
  8. 担当官解説参照。[]

笠置 泰平

八雲法律事務所 弁護士

2009年中央大学法科大学院修了。2010年弁護士登録。2014~2017年国土交通省大臣官房監察官、2017~2019年公正取引委員会事務総局審査局審査専門官(主査)。独占禁止法/競争法案件のほか、サイバーインシデントやシステム開発紛争対応などのIT関連案件を多数取り扱っている。