循環取引:古くて新しい不正会計手法の研究 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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現在も継続的に発生する循環取引

循環取引は、実体のない商流を作出して売上を水増しする古くからある不正会計の手法だが、近年も、2019年末にネットワンシステムズ株式会社注1、2020年に株式会社共和コーポレーション注2、ダイワボウホールディングス株式会社注3、カンタツ株式会社注4、2021年にアジア開発キャピタル株式会社注5、株式会社ヤギ注6、株式会社ショーエイコーポレーション注7等続発している。
そこで本稿では、輸入冷凍食品、レアメタル、塗装工事、半導体梱包材等の多数の循環取引事案に実際に携わった筆者の経験を踏まえ、手法は古いが、今も「最新」の「課題」である循環取引を取り上げる。

循環取引の特徴・傾向

循環取引は、法令上の用語ではないが、一般に、図表1のような、ある売主から商流をたどるとその売主が買主として再度現れる取引と理解されている注8

図表1 循環取引のイメージ

その問題性は、売買なら商品、あるいは請負なら現場が存在せず、実需を伴わないため、書類のやりとりだけで無限に架空の売上を計上できる点にある。すべての商流が架空である場合ばかりでなく、商流の一部に商品等が実在する場合や実在する商品等をもとに複数の循環取引が形成される事例もある。

循環取引に関与する企業の役割は、

① 関与企業に売り買いの指示を出して円環を形成させる首謀者が属する企業

② 循環取引への資金提供の役割を果たす企業

③ ①および②以外の関与企業

の三つに分類できるが、一つの企業が①と②を兼ねる例も多い。
売買を例にとれば、循環取引は図表1のとおり、関与者が増えるごとに代金額に口銭(購入額と販売額の差額)を上乗せしていくことになる。このため、商流が首謀者に戻ったときには、首謀者は自らの販売額に口銭分を加えた額を支払わねばならない。首謀者が循環取引を継続したいなら、この上乗せ分の資金を調達して円環に供給する必要がある。そこで首謀者は、その調達のための新たな循環取引を形成する。このように次々と循環取引を形成することで、一見、売上が急増し、急成長しているように見える首謀者は、多額の融資を受けることが可能になる。
しかし、首謀者は、この次の段階で、循環取引の維持に加え、返済資金の捻出のためにもさらなる循環取引を形成しなければならない。その結果、多額の資金調達ができなくなり、円環のいくつかで金銭の授受が滞った首謀者が倒産に至ることで事態が発覚するというのが、循環取引の一つの典型例である。

なお、循環取引が発覚するきっかけは、首謀者が属する企業の倒産だけではなく、税務当局の指摘、内部監査・社内調査、取引先等外部からの通報という例も多い。

循環取引により会社や役員に生じるリスク

金融機関との関係でのリスク

(1) 期限の利益の喪失

循環取引を加味した真実の財務内容が従来の開示内容よりも著しく劣る場合には、銀行取引約定書等に見られる「財務状況を示す書類に重大な虚偽の内容があるとき」等の条項や個別の融資、社債発行等の契約に見られるコベナンツ条項に該当し、借入金等の一括返済を迫られる可能性がある。

(2) 新規融資の停止

コンプライアンス違反等を理由に新規融資を受けられなくなる可能性がある。

開示書類の虚偽記載に基づくリスク

循環取引に関与した会社の財務諸表においては、利益または資産が過大計上となっていて、有価証券報告書等を過年度修正する必要が生じることが多い(金融商品取引法(以下「金商法」という)7条1項、9条1項、10条1項、24条の2等)。また、従来の開示内容が虚偽記載等に該当し、以下のリスクを生じる可能性がある。

① 証券取引所による措置

a 上場廃止リスク(東京証券取引所「有価証券上場規程」(以下「上場規程」という)601条1項8号)

b 開示ルール違反に対する措置
ⅰ 改善報告書の提出要請(上場規程504条1項1号)
ⅱ 公表措置(上場規程508条1項1号)
ⅲ 上場契約違約金の賦課(上場規程509条1項1号)

② 課徴金の賦課(金商法172条の2、172条の4)

③ 刑事罰(金商法197条1項1号、207条1項1号)

a 代表者や役員:10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金

b 会社:7億円以下の罰金

④ 会社の損害賠償責任:上場会社の場合、株主から金商法に基づく損害賠償責任(金商法21条の2。無過失責任)を追及される可能性がある。損害については推定規定(同条3項)がある。

⑤ 役員個人としての損害賠償責任

a 株主に対する損害賠償責任(金商法21条、22条、24条の4)

b 会社に対する善管注意義務違反に基づく任務懈怠責任(会社法423条1項):会社が追及しなければ、株主代表訴訟(会社法847条以下)を提起される可能性がある。

c 金融機関等の第三者に対する損害賠償責任(会社法429条1項):役員に故意や重過失があった場合で、過失にとどまる場合は対象外。

循環取引発覚後の代金請求に対する対応

循環取引であることが発覚した後、当該取引の売主等からの代金請求に応じる必要があるか。「商品等が存在しないのだから代金を支払う必要はない」と考えるのが一般的であろう。しかし、買主が循環取引であることが発覚する以前は商品等の実在性に注意を払っていなかった場合注9、買主がその不存在を理由に代金支払いを拒絶することは容易には認められない。
循環取引をめぐる裁判では、当事者双方が「循環取引であったことを自らは知らず、相手方は知っていた」と主張することが多い。たしかに、社内調査等に対し、循環取引に関与した担当者らは、総じて「その取引が循環取引とは知らなかった」と証言する。担当者らの循環取引に関する認識の有無は、関与企業の経営陣の責任の有無をも左右する可能性がある。したがって、「知らなかった」という証言を明確に覆す証拠がなければ、外部調査委員会等であっても、その証言に疑義を呈するところまでが精一杯であろう。

しかし、裁判においては、異なる結論となりうる。この点、旧加ト吉循環取引売買代金請求訴訟注10の判決は、

・ ロットナンバーと商品名が同一の商品で、短期間に繰り返し登場するものがある一方、3年以上の長期間に何度も登場するものもあること

・ ロットナンバーと商品名が同一の商品について、単価が140円強のものと6,000円強のものが存在するうえ、6,000円強という単価は相場に比して極めて高額であること

・ 稟議書に循環取引による売上の7割を占める商品の記載が存在しないこと

などを認定したうえ、被告(「循環取引とは知らなかった」と主張している買主)が、その取引の中に相当量の循環取引が含まれていることを暗黙のうちに認識し、これを容認して取引を継続していたものと認めるのが相当である、と判示して、被告に循環取引に基づく商品代金の支払いを命じている。

循環取引の予防策

外部通報により循環取引が指摘された場合等、その真偽に確信を持てない場合、本格的な調査を躊躇する企業も多い。当該企業も売上増の恩恵に浴し、担当部門や担当者の成績は急上昇していて、往々にしてその調査を嫌う空気が社内に醸成されている場合や、当該取引の循環の有無や商品等の実在性は、直接の取引相手ではなくその先の関与者に確認しなければわからないことが多く、その協力を得るのは難しい場合があるからである。
しかし、後々、当該取引が循環取引であることが判明した場合、関与企業やその役員は、前述の重大なリスクを負う。そのため、確信が得られなくても、トップダウンで疑わしい取引からの撤退を決断すべきである。

筆者の経験や裁判例を勘案すると、以下のうち相当数の事情が判明した場合、当該取引が循環取引の可能性は高い。

・ 担当者や特定部門の売上が短期間で大きく伸びている。

・ 伸びた売上に対する売掛金の回収期間は、他の売掛金より長期である。

・ 当該取引の利益率が、従来の取引に比して高率(つまり、特別に儲かる)の取引となっている。

・ 新規取引の開始からしばらくの間、売上の拡大に与信枠の拡大が追いついていない。

・ 伸びた売上またはこれに対応する仕入が、特定の商材または特定の1社もしくは数社に依存している。

さらに取引内容を精査すると、

・ 売買であれば、商品、ロットナンバー、単価および数量等、請負であれば、工事内容、施主および工事場所等が同一の取引がいくつもある。

・ いわゆる指示書(売買であれば、対象商品、単価、数量、仕入先、販売先、支払期日等を指示する書類)がある。

・ 指示書や請求書等の記載に細かい間違い(たとえば、単価と数量を乗じた金額と結論としての合計額(=請求額)が一致しない)が少なからず散見される。

・ エンドユーザーからのクレームが皆無である。

「儲かっていても怪しい取引からは撤退する」というトップの英断が、循環取引を回避する最良の予防策である。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 2019年12月13日付「特別調査委員会設置に関するお知らせ」[]
  2. 2020年2月3日付「当社における不適切な取引の判明に関するお知らせ」[]
  3. 2020年9月30日付「当社連結子会社における不適切な取引の発生および特別調査委員会の設置について」[]
  4. カンタツ株式会社の親会社であるシャープ株式会社の2020年12月25日付「当社連結子会社における不適切な会計処理および調査委員会の設置に関するお知らせ」[]
  5. 2021年4月9日付「第三者委員会の設置に関するお知らせ」[]
  6. 2021年4月9日付「不適切な取引に関する調査について」[]
  7. 2021年4月30日付「外部調査委員会設置及び決算発表予定日の延期についてのお知らせ」[]
  8. 「環状取引」という語を用いて、「環状取引とは、連続する売買契約等において、最初の売主等と最後の買主等が同一となる取引形態をいう」と定義する例もある(松村一成「環状取引をめぐる裁判例と問題点」判タ1297号54頁以下)。[]
  9. 買主がその実在性に注意を払っていなかったことを指摘して売主の請求を認める裁判例として、東京地判平成24年2月24日・LEX/DB文献番号25492290、東京地判平成5年3月22日・判タ845号260頁、東京地判平成2年8月28日・金商873号36頁等、逆に、買主がその実在性に注意を払っていたことを指摘して売主の請求を排斥した裁判例として、東京地判平成24年12月20日・LEX/DB文献番号25499354、東京地判平成23年5月12日・LEX/DB文献番号25471754がある。その他裁判例の分析は、前掲注8・松村論文を参照されたい。[]
  10. 東京地判平成22年6月30日・判タ1354号158頁[]

高井 浩一

弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士

1992年京都大学法学部卒業。1994年弁護士登録、御堂筋法律事務所入所。2014年日商簿記検定1級合格。2014~2018年豊中市公平委員会委員(2018年同委員会委員長)、豊中市伊丹市クリーンランド公平委員会委員。2016年~昭和貿易株式会社社外監査役。2019年~社会福祉法人恩賜財団済生会支部大阪府済生会第三者委員。循環取引、会計不正等の企業不祥事に関する調査・紛争対応をはじめ、企業法務全般に精通し、著作・講演多数。

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