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本稿の概要

EUでは、これまで、加盟国ごとに腐敗犯罪(corruption offence)の定義や制裁の内容に差異があり、また、公的部門における腐敗、民間部門における腐敗、EUの財政的利益を害する不正行為といった各領域ごとに個別の法文書が積み重ねられてきました。そのため、EU全体としては、必ずしも一体的な反腐敗法制が構築されていたわけではありませんでした。

そうした状況の下、2026年4月21日、EU理事会が欧州議会の第1読会におけるポジションを承認したことにより、「Directive of the European Parliament and of the Council on combating corruption, replacing Council Framework Decision 2003/568/JHA and the Convention on the fight against corruption involving officials of the European Communities or officials of Member States of the European Union and amending Directive (EU) 2017/1371 of the European Parliament and of the Council」(EU反腐敗指令)が最終採択されました((Council of the European Union“Council adopts new EU-wide law to combat corruption”(21 April 2026).))。

EU反腐敗指令は、従来の断片的な規律を統合し、腐敗に対する刑事法上の対応をEU全体としてより整合的かつ実効的なものへと再編しようとするものです。これにより、加盟国は、腐敗犯罪の定義を一定の水準で共通化するだけでなく、それらに対する制裁についても、実効的で均衡のとれた、かつ、抑止力のある枠組みを整備することが求められることになります。

その影響は、EU域内に本拠を有する企業に限られません。EU域内に子会社その他の事業拠点を有する日本企業や、代理店、販売店、ディストリビューターその他の第三者を通じてEU域内で事業を行う日本企業にとっても、EU反腐敗指令は、今後の事業運営に重大な影響を及ぼすものです。

本稿では、まず従来のEU反腐敗法制の展開を振り返った上で、EU反腐敗指令が提案されるに至った背景及びその目的を確認します。その上で、同指令の主要な内容と今後のスケジュールを整理し、EU域内における事業遂行において日本企業が留意すべき点について示唆を述べます。

EU反腐敗指令の経緯・目的

EUにおいては、腐敗犯罪に関する法規制として、「Convention on the fight against corruption involving officials of the European Communities or officials of Member States of the European Union」(欧州共同体の職員又はEU加盟国の公務員に係る腐敗の防止に関する条約)、及び、「Council Framework Decision 2003/568/JHA of 22 July 2003 on combating corruption in the private sector」(2003年民間部門反腐敗枠組決定)がこれまで存在していました。大要、前者は、公務員が関与する腐敗犯罪を主に取り扱っているのに対し、後者は、民間企業・民間団体の内部又は取引関係で生じる腐敗犯罪を主に取り扱っています。両者はそれぞれ規律対象を異にしつつも、公的部門と民間部門における腐敗行為をカバーするものとして、EUにおける反腐敗法制を構成する重要な枠組みとして機能してきました。

しかしながら、これらの枠組みは、制定から相当の年月が経過していることもあって、規律内容が断片的にとどまるという課題を抱えていました。加えて、近年では、腐敗の態様が複雑化するとともに、国境を越える事案への対応や加盟国間における執行のばらつきも問題として顕在化しています。このような状況の下、既存の枠組みでは現代の腐敗事案に十分に対応しきれないとの指摘が強まり、より整合的な制度への見直しの必要性が高まっていました。

今回成立したEU反腐敗指令は、反腐敗に関する最も普遍的な国際枠組みである「UNCAC:United Nations Convention against Corruption」(国連腐敗防止条約)が求める国際基準を踏まえつつ、断片的であった立法構造を一本化・体系化することで、EUの反腐敗法制の枠組みを抜本的に刷新するものです。これにより、腐敗犯罪に関する加盟国の刑事法についてミニマム・スタンダードによる調和が図られることとなります。

さらに、EU反腐敗指令は、EUの財政的利益(PIF)を保護することを目的とする「Directive (EU) 2017/1371 of the European Parliament and of the Council of 5 July 2017 on the fight against fraud to the Union's financial interests by means of criminal law」(PIF指令)の一部についても改正を行っています。これにより、EUの財政的利益に影響を及ぼし得る腐敗行為については、EU反腐敗指令とPIF指令との間で規律の整合性が確保され、EUレベルにおける腐敗犯罪対策の一層の強化が図られることになります。

このように、EU反腐敗指令は、従来断片化していたEUの腐敗犯罪規制を体系的に再構築し、犯罪類型と制裁水準をEU全体で共通化するものであり、EU法制の不整合・不均衡を改善する画期的な刑事立法といえます。

EU反腐敗指令における主要規定

EU反腐敗指令は、腐敗犯罪の定義や刑事罰に関する最低基準を定めるとともに、腐敗の防止及び撲滅を強化するための施策を包括的に規定しています。その内容は、国連腐敗防止条約が求める国際基準を実施するために必要かつ比例的な範囲に限定されているものの、その射程は広く、多岐にわたるうえ、技術的な要素を含む規定も少なくありません。そこで、本稿では、企業実務の観点から特に重要性の高い規定に焦点を当てて解説します。

腐敗犯罪の定義

EU反腐敗指令は、従来の「贈収賄(Bribery)」という枠組みにとどまらず、腐敗犯罪の概念・範囲を大きく拡張している点に特徴があります。具体的には、次のような行為が腐敗犯罪として定められています。

① 公的部門における贈収賄(Bribery in the public sector, Article 3)

② 民間部門における贈収賄(Bribery in the private sector, Article 4)

③ 公的部門又は民間部門における財産の不正使用(Misappropriation, Article 5)

④ 影響力に係る取引(Trading in influence, Article 6)

⑤ 公的職権の違法行使(Unlawful exercise of public functions, Article 7)

⑥ 司法妨害(Obstruction of justice, Article 8)

⑦ 腐敗犯罪由来財産の蓄財(Enrichment from corruption offences, Article 9)

⑧ 隠匿(Concealment, Article 10)

⑨ 教唆・幇助・未遂(Inciting, aiding and abetting, and attempt, Article 11)((本条は、①から⑧までに掲げた行為の全てに適用されるものではなく、その一部のみを対象としています。))

これらのうち、企業法務との関係で特に注意しなければならない犯罪としては、例えば、②民間部門における贈収賄、及び、④影響力に係る取引が挙げられます。以下では、それぞれの概要と実務上の含意について整理します。

(1) 民間部門における贈収賄

民間部門における贈収賄は、故意による、経済活動、金融活動、事業活動又は商業活動の過程における、贈賄行為(相手方にその職務に違反する行為を行わせ又は行為を差し控えさせることを目的として、不当な利益を約束し、申出し、又は、供与すること)、及び、収賄行為(自身においてその職務に違反する行為を行い又は行為を差し控えることを目的として、不当な利益を要求し、受領し、又は、その申し出若しくは約束を受諾すること)を指します。その経路(直接か仲介者を通じるか)は問われません。このような贈収賄の類型は、一般に民民贈賄(private-to-private bribery)や商業賄賂(commercial bribery)などと呼ばれており、フランスやドイツ、スペインをはじめとする相当数の加盟国において規制の対象となっています((欧州以外においても、民間部門における贈収賄を規制する国は多数存在します。日本においても、民間部門における贈収賄を包括的な犯罪類型として処罰する法制は採られていないものの、取締役等の贈収賄罪(会社法967条)が規定されているほか、いわゆる特殊法人については、個別の根拠法において特別賄賂罪が設けられている例が少なくありません。さらに、贈収賄行為の態様によっては、背任罪(刑法247条)等の一般刑法上の犯罪として処罰対象となる場合もあります。))。もっとも、各国の国内法における構成要件や対象範囲、罰則にはなお差異があり、また、執行実績も総じて限定的です。そのような状況の下、EU反腐敗指令は、各国法の相違と執行の濃淡の中で見過ごされがちであった民間部門における贈収賄リスクを、EU全域に共通するコンプライアンス上の重要課題として位置づけるものといえます。

(2) 影響力に係る取引

影響力に係る取引は、故意により、公務員から不当な利益を得る目的で、公務員がその職務を遂行するに当たって行う作為又は不作為に対して不当な影響力を行使させるため、第三者(条文上は「いかなる者(any person)」と規定されており、その範囲は限定されていません)に対して、直接又は仲介者を通じて、不当な利益を約束し、申出し、又は、供与すること、及び、第三者において、そのような不当な利益を要求し、受領し、又はその申し出や約束を受諾することをいいます。このような犯罪類型は、公務員の意思決定に影響を及ぼせる立場の者を利用して間接的に公務員から不当な利益を得ようとするもので、「influence peddling」(影響力利用型贈賄)などと呼ばれることもあります。EU反腐敗指令が本罪について特に厳格な姿勢を示しているのは、処罰の対象を、影響力行使の「結果」ではなく、そのような影響力の行使を取引の対象とする「構造」そのものに置いている点です。すなわち、実際に影響力が行使されたか、意図された結果が実現したかは問われません。したがって、公務員に対して影響力を有する者(やそのような影響力を有していると称する者)に対して、不当な利益を得る目的で当該公務員に対する口利き等を依頼することは、たとえ実際にそれが成功しなかったとしても、利益の授受等が行われた時点で本罪の既遂を構成することになります。海外での事業遂行においては、コンサルタント、エージェント、アドバイザー等のインターミディアリーを起用する場面も少なくありませんが、これらの者に対し、公的意思決定への働きかけを期待して報酬その他の利益の約束等を行った場合には、期待した成果が最終的に実現しなかったとしても、明確なコンプライアンスリスクが生じることになります((なお、この犯罪類型は、不当な利益の授受等を伴わず、公的意思決定に正当な影響を及ぼすことを目的として行われる、公的に認められた利害代表又は法的代理の適法な実施(legitimate exercise of acknowledged forms of interest or legal representation)を対象とするものではありません。例えば、ロビーイングを含むアドボカシー活動は、不当な利益を得る目的で行われるものでなく、関係法令等に従って行われる限り、その適法性が否定されるものではありません。もっとも、実務上は、正当な影響力の行使と違法な影響力の行使との境界が必ずしも明確ではなく、とりわけ正当なロビーイングに適用される明確な規制枠組みを有しない加盟国においては、特別の注意を要します。))。

刑罰・措置

(1) 自然人への刑罰・措置

EU反腐敗指令は、一部の腐敗犯罪について、次のとおり、自然人への刑罰の最低基準を定めています。

① 公的部門における贈収賄(公務員の作為又は不作為が、当該公務員の職務に違反する場合):最長刑期が少なくとも5年の拘禁刑

② 公的部門における財産の不正使用、腐敗犯罪由来財産の蓄財、隠匿:最長刑期が少なくとも4年の拘禁刑

③ 公的部門における贈収賄(公務員の作為又は不作為が、当該公務員の職務に違反しない場合)、民間部門における贈収賄、影響力に係る取引:最長刑期が少なくとも3年の拘禁刑

なお、公的部門又は民間部門における財産の不正使用については、関連する利益又は損害の額が1万ユーロ未満である場合には、当該行為を犯罪としない旨を定めることが可能とされています。ただし、当該閾値は、同一人物による連続行為(相互に関連し、かつ、同種の行為)にも適用されます。

また、加盟国は、腐敗犯罪(公的職権の違法行使を除く)を行った自然人に対して、当該行為の重大性に比例した追加的な刑事上又は非刑事上の刑罰又は措置を科すことができるよう、必要な手段を講じなければならないとされています。これらの刑罰又は措置としては、次のようなものが含まれます。

① 罰金

② 公職からの解任・一時停止・配置転換

③ 公職に就くこと、公務を遂行すること、当該加盟国が全部又は一部を所有する法人の役職に就くこと、当該犯罪をもたらし又はこれを可能にした事業活動を行うことについての資格剥奪

④ 公職に立候補することについての一時的禁止

⑤ 当該犯罪をもたらし又はこれを可能にした活動を行うための許可・認可の撤回

⑥ 入札手続、補助金、コンセッション((コンセッションとは、一般的に、空港や道路、水道、公共施設その他インフラについて、公共主体が民間事業者に運営権(公共施設等運営権)を与える仕組みをいいます。))及びライセンスを含む公的資金へのアクセスからの排除

⑦ 公共の利益がある場合において、プライバシー及び個人データ保護に関する規則を害しない範囲における、当該犯罪及び科された刑罰又は措置に関する司法上の決定の全部又は一部の公表

以上のとおり、EU反腐敗指令は、自然人に対する制裁について、拘禁刑(最長刑期)の最低水準を定めるにとどまらず、罰金、資格剥奪、公的資金へのアクセス制限、司法判断の公表等を含む広範な追加的制裁・措置を想定しています。そのため、企業としても、役職員等による腐敗犯罪を、当該個人の刑事責任にとどまらず、事業運営上の制約、さらにはレピュテーションの毀損にも波及し得るリスクとして捉える必要があります。

(2) 法人責任

EU反腐敗指令は、腐敗犯罪(公的職権の違法行使を除く)について、一定の場合に法人にも法的責任を負わせる仕組みを整備することを加盟国に義務付けています。その内容は、当該犯罪を行った自然人が法人内でどのような地位にあったかによって、異なります。次のとおり、法人内で主導的地位を有する者の監督又は管理の欠如があった場合にも法人責任が成立する仕組みが導入されることで、従来の制度では十分に捕捉できなかった行為についても、加盟国において責任追及の対象となり得ます

① 腐敗犯罪(公的職権の違法行使を除く)が、法人の利益のために、当該法人内において主導的地位(leading position)((主導的地位(leading position)とは、当該法人を代表する権限、当該法人を代表して意思決定を行う権限、又は、当該法人内部において支配的影響力を行使する権限のうち、一つ又は二つ以上に基づくものと定義されています。))を有する者により、単独で又は当該法人の機関の一部として行われた場合

② 主導的地位を有する者による監督又は管理の欠如により、その者の権限下にある者が、法人の利益のために、腐敗犯罪(公的職権の違法行使を除く)を行うことが可能となった場合

そして、EU反腐敗指令は、腐敗犯罪(公的職権の違法行使を除く)について、上記①又は②によって法的責任を問われる法人に対する刑罰又は措置には、刑事上又は非刑事上の罰金を含めること、その金額は当該行為の重大性及び当該法人の個別事情・財産事情・その他の事情に比例したものでなければならないことを求めるとともに、加盟国において、当該行為の重大性に比例したその他の刑事上又は非刑事上の刑罰又は措置を含めることができる旨定めています。その他の刑事上又は非刑事上の刑罰又は措置の例としては、次のようなものが列挙されています。

(a)公的給付又は援助を受ける資格の剥奪

(b)入札手続、補助金、コンセッション及びライセンスを含む公的資金へのアクセスからの排除

(c)事業活動を行うことの一時的又は永久的な禁止

(d)当該犯罪をもたらし又はこれを可能にした活動を行うための許可・認可の撤回

(e)当該犯罪が関係する契約を公的機関が無効にし又は解除する権限

(f)司法監督下への付置

(g)司法上の解散

(h)当該犯罪を行うために使用された事業所の閉鎖

(i)公共の利益がある場合において、プライバシー及び個人データ保護に関する規則を害しない範囲における、当該犯罪及び科された刑罰又は措置に関する司法上の決定の全部又は一部の公表

さらに、EU反腐敗指令は、少なくとも、一部の腐敗犯罪について法人が上記①の要件により法的責任を負う場合には、その罰金の最高額が一定額を下回ってはならないことを定めています。具体的には、次のとおりです。

・ 第3条から第5条までの腐敗犯罪:(i) 犯罪が行われた事業年度の直前の事業年度又は罰金を科す決定がされた事業年度の直前の事業年度のいずれかにおける、当該法人の全世界売上高総額(total worldwide turnover)の5%、又は、(ii) 4,000万ユーロに相当する額

・ 第6条、第8条及び第9条の腐敗犯罪:(i) 犯罪が行われた事業年度の直前の事業年度又は罰金を科す決定がされた事業年度の直前の事業年度のいずれかにおける、当該法人の全世界売上高総額の3%、又は、(ii) 2,400万ユーロに相当する額

全世界売上高基準の採用は、大企業に対して固定額の罰金を科しても、それが事業コストとして吸収され、十分な抑止力を持ち得ないおそれがあることを踏まえたものです。加えて、子会社や関連会社といった関係法人を通じた規制潜脱を抑止する観点からも、企業の世界的な経済規模に応じて罰金額を調整することにより、制裁の実効性を確保しようとするものといえます。このようなアプローチは、制裁の実効性を重視する近時のEU立法の潮流とも軌を一にします。

(3) 通報者・捜査協力者の保護

EU反腐敗指令は、加盟国に対し、次の二点を確保するために必要な措置を講じることを義務付けています。

① 腐敗犯罪の通報及び通報を行った者の保護について、Directive (EU) 2019/1937 of the European Parliament and of the Council of 23 October 2019 on the protection of persons who report breaches of Union law(EU公益通報者保護指令)が適用されること

② 腐敗犯罪を通報し、証拠を提出し、又はその他の方法により権限ある当局に協力する者が、国内法に従って、刑事手続において、保護、支援及び援助の措置を受けられるようにすること

これらの規定は、腐敗犯罪の早期発見と実効的な執行を確保する上で、通報者及び捜査協力者の保護が重要な役割を果たすことを明確にするものです。EU反腐敗指令が、腐敗犯罪への対応を、摘発・処罰の局面にとどめるのではなく、通報を端緒とする早期発見・当局への協力・通報者保護を含む一体的な執行基盤として捉えていることを示しています。

(4) 管轄、捜査協力

EU反腐敗指令は、加盟国がどの範囲で腐敗犯罪に係る刑事管轄権を確保すべきかについても定めを置いています。

まず、EU反腐敗指令は、原則として、属地主義及び属人主義(国籍主義)を採用しています。すなわち、腐敗犯罪が自国領域内で全部若しくは一部行われた場合、又は、行為者が自国民である場合には、加盟国が管轄権を設定しなければなりません。

また、EU反腐敗指令は、一定の場合には、加盟国が上記を超えて域外犯に管轄権を拡張することも可能としています。具体的には、行為者が自国に常居所を有する場合、被害者が自国民又は自国に常居所を有する者である場合、犯罪が自国に設立された法人の利益のために行われた場合、又は、自国領域内で全部若しくは一部行われる事業に関して法人の利益のために行われた場合です。もっとも、これらは加盟国に義務として一律に課されるものではなく、そのような管轄権拡張を行うことを決定した加盟国は、その旨を欧州委員会に通知しなければならないとされています。

さらに、EU反腐敗指令は、同一犯罪について複数の加盟国が管轄権を有する場合には、いずれの加盟国が刑事手続を担当するかを協議・調整すべきであり、必要に応じて、Council Framework Decision 2009/948/JHA(EU理事会枠組決定2009/948/JHA)12条2項に従って、Eurojustへ付託することを求めています。これは、クロスボーダー事案では複数国が競合的に関与し得ることから、重複管轄に伴う並行手続や執行の非効率を避ける趣旨です。

加えて、EU反腐敗指令は、属人主義に基づく管轄権行使(つまり、自国民による犯罪についての管轄権行使)を行うに当たり、追加的な手続的条件を課してはならないことを定めています。すなわち、犯罪が行われた他の国からの告発や当該国における通報を自国における訴追開始の条件としてはならないことを求めています。これは、自国民による国外犯について、他国の手続的対応に左右されない実効的な訴追を可能にすることを目的としています。

なお、EU反腐敗指令は、加盟国に対し、各国の当局間における情報交換について、Europolの安全情報交換ネットワーク・アプリケーション(SIENA:Secure Information Exchange Network Application)が使用されることを確保するために必要な措置を講じることを求めています。また、クロスボーダー事案では、加盟国当局が、EuropolやEurojust、欧州検察庁(EPPO)、欧州不正対策局(OLAF)といったEU機関と相互に協力することが想定されています。

以上のとおり、EU反腐敗指令は、腐敗犯罪に係る刑事管轄権の確保と加盟国・EU機関間の協力を通じて、クロスボーダー事案における捜査・訴追の実効性を高めることを目指しています。

(5) 資産凍結・没収

EU反腐敗指令は、加盟国に対し、腐敗犯罪に関連する犯罪手段(instrumentalities)及び犯罪収益(proceeds)について、追跡・特定・凍結・没収を可能にするための措置を整備するよう求めています。すなわち、単に犯罪を処罰するだけでなく、その実行に用いられた手段(道具)や犯罪から得られた利益を把握し、最終的に剥奪できる体制の整備を要求しています。

さらに、Directive 2014/42/EU of the European Parliament and of the Council(欧州議会及びEU理事会指令2014/42/EU)に拘束される加盟国については、上記の措置をEU反腐敗指令に従って講ずべきことが明示されており、EUにおける犯罪収益剥奪の既存枠組みとの整合性が図られています。

今後のスケジュール

EU反腐敗指令は、欧州議会議長及びEU理事会議長による署名を経て、EU官報(Official Journal of the European Union)に掲載され、その20日後に発効します。加盟国は、発効日から24か月以内に、同指令を遵守するために必要な法律、規則及び行政規定を施行しなければなりません(ただし、一部の規定については、国内実施の期限が発効日から36か月以内とされています)。このため、加盟国は、2026年から2029年にかけて、EU反腐敗指令に沿ったかたちで、腐敗犯罪の定義、処罰体系、法人責任、通報者保護等に関する国内法制の見直しや新たな制度整備を段階的に進めていくことになります。

もっとも、EU反腐敗指令への対応に伴う国内法制の見直しの程度は、加盟国ごとに相当なばらつきが生じるものと予想されます。現時点ですでに(部分的にせよ)EU反腐敗指令の定めるミニマム・スタンダードに近い水準の法規制を有している加盟国がある一方で、必ずしもそうした水準に達していない国も存在します。とりわけ、法人責任の成立要件や罰金算定方式については、従来の国内法制からの大幅な転換を迫られる加盟国も少なくないと考えられます。

各加盟国における国内実施法の具体的内容は、今後の立法動向を個別に見極める必要がありますが、少なくとも、法人責任の射程の拡大及びそれに連動する制裁水準の引上げを内容とする立法・制度改正は避けられないでしょう。

EU域内における今後の事業遂行上の留意点

EU反腐敗指令は、加盟国に対し、腐敗犯罪に関するミニマム・スタンダードを満たした法制度の整備を求めるものです。これは、EU域内に拠点を有する日本企業のみならず、代理店や販売店、ディストリビューター等の第三者を介してEU域内で事業を展開する日本企業にとって、実務上無視することができない重大な意味を持ちます。

特に注目すべきなのは、EU反腐敗指令が、公的部門における贈収賄だけでなく、民間部門における贈収賄にも改めて明確なフォーカスを当てている点です。これまで、民間部門における贈収賄については、各国法の差異や執行実務の濃淡の中で、必ずしもEU全域に共通する重大なコンプライアンスリスクとして十分に認識されてきたわけではありませんでした。しかし、今回EUレベルで最低基準が示されたことにより、こうした領域についても、今後はEU全体でより正面から摘発・制裁の対象となっていく可能性が現実味を帯びています。具体的には、第三者に対する過大な接待・贈答、リベートやコミッションの不透明な支払い、不合理な値引き、キックバック等、従来は実務上「グレー」と処理されがちであった行為について、今後、明確な腐敗リスクとして、より厳格な規制の対象となるでしょう。

また、影響力に係る取引にも十分な注意が必要となります。許認可、入札、その他の行政対応の場面において、インターミディアリーが有する人脈や口利きに依拠するかたちで報酬を支払うスキームについては、従来以上に厳格かつ慎重な検証が求められます。EU反腐敗指令では、実際には影響力が行使されなかった場合であっても、影響力の行使を前提として利益が供与される構造それ自体が問題となり得ます。したがって、企業としては、こうしたスキームについて、形式的にコンサルティング契約やアドバイザリー契約の体裁を整えるだけでは足りず、実質面に立ち入った検証を行うことが不可欠となります。

さらに、腐敗犯罪に対する刑罰・措置の水準も大幅に引き上げられています。特に法人に関しては、犯罪類型に応じて、全世界売上高総額の5%若しくは3%、又は、4,000万ユーロ若しくは2,400万ユーロに相当する額という、極めて高額な罰金が科され得ることになります。このような全世界売上高連動型の罰金は、EU域内における贈収賄規制の執行がもたらす経済的インパクトを一変させるものです。法人に対する罰金が売上高を基準として設計される方向にあることは、腐敗リスクに伴う財務上のエクスポージャーを大きく拡大させるものであり、企業にとって看過できない重大なリスクとして認識すべきものといえます。また、EU反腐敗指令では、罰金にとどまらず、企業がEU域内で事業活動を継続することを困難にする各種の行政的・司法的措置も予定されており、企業活動に与える影響は極めて深刻なものとなり得ます。

以上のような広範な腐敗犯罪の設定や制裁水準の引上げを踏まえれば、EU反腐敗指令が企業に求めているのは、従来のように「公務員との接触」を中心に構築されてきた贈賄防止体制を部分的に補正することにとどまるものではありません。むしろ、企業としては、腐敗リスクを公的部門との関係に限定して捉える従来型の発想から脱却し、より広範な事業活動全体に内在するリスクとして再評価する必要があります。実際、EU反腐敗指令では、実効的なコンプライアンス・プログラム及び迅速な任意開示は減軽事由として位置づけられています。もっとも、こうした対応は、各加盟国における国内実施を待って初めて着手すれば足りるものではありません。公共調達からの排除その他の付随的不利益、監督不十分を理由とする法人責任の追及、さらには罰金水準の引上げといった重大なリスクを見据え、腐敗犯罪防止のための統制水準を、共通のベースラインを意識しつつ、先行的に引き上げていく必要があります。

実務対応としては、第一に、贈賄防止デューデリジェンスの実施等を通じて、取引先、代理店、販売店、ディストリビューター、JVパートナー等を含む事業活動全体における腐敗リスクを速やかに検証することが重要です((近時の実務において特に重要性を増している腐敗リスクの一つが、代理店、販売店、紹介者、コンサルタントその他の第三者を介した贈賄行為です。企業自身が直接利益を供与していない場合であっても、第三者が当該企業の事業上の利益を図るために不適切な働きかけや利益供与を行った場合には、当該企業に対しても責任追及が及ぶ可能性があります。EU反腐敗指令も、法人が第三者を利用することによって腐敗行為に係る責任を回避することがあってはならないとの考え方を前提としており、第三者を介した利益供与については、今後より厳格に評価されることが見込まれます。))。その上で、社内規程、承認プロセス、研修、モニタリング、第三者管理等を含む反腐敗体制を全面的に見直し、必要に応じて強化することが求められます。さらに、EU反腐敗指令がEU内部通報制度との接続を意識していることも踏まえ、単に通報窓口を設置するにとどまらず、通報内容が適切に評価され、必要な部門・経営層に迅速にエスカレーションされる体制となっているか、その実効性を改めて検証することが求められます。このような先行的な取組みは、EU反腐敗指令への対応にとどまらず、米国の海外腐敗行為防止法(FCPA)、英国の贈収賄防止法(UK Bribery Act)、日本の不正競争防止法といった他の贈収賄関連法制に対する横断的な対応能力を高めるという点でも、有用な基盤となります。

結び

EU反腐敗指令は、EU域内で事業を行う企業に対し、腐敗リスク管理の発想と運用の双方について抜本的な見直しを促すものといえます。EU域内で事業を行う企業にとっては、今後の各加盟国における法整備と執行動向を注視しつつ、コンプライアンス・プログラムの実効性を先行的に高めていくことが、もはや避けて通れない喫緊の課題となります。

EU反腐敗指令の成立は、EUにおける反腐敗規制の新たな転換点であると同時に、グローバルに事業を展開する企業に対し、反腐敗コンプライアンスを形式的な法令遵守にとどめず、実質的かつ統合的なリスク管理へと昇華させることを迫るものです。米国のFCPA、英国のUK Bribery Act、日本の不正競争防止法等を含む各国の贈収賄規制が相互に影響を及ぼしながら強化される中で、EU反腐敗指令への対応は、企業がグローバルな反腐敗リスク管理体制を再点検し、その実効性を高めるための重要な契機となります。

EU域内で事業を行う企業においては、今回の指令を、単なる法改正対応としてではなく、自社の反腐敗コンプライアンスを国際的な水準に照らして見直し、より実効性ある管理体制へと引き上げるための機会として捉えるべきでしょう。

安部 立飛

弁護士法人西村あさひ法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士・マサチューセッツ州弁護士

2011年京都大学法学部卒業、2013年東京大学法科大学院卒業。2014年弁護士登録。2021年カリフォルニア大学バークレー校(LL.M.)修了、2022年ロンドン大学クイーンメアリー校(LL.M. in Technology, Media and Telecommunications Law)修了。2023年米国ニューヨーク州弁護士登録、2025年マサチューセッツ州弁護士登録。主な取扱分野は、危機管理(企業不祥事、贈収賄、海外子会社管理)、コーポレート・M&A、国際取引、ヘルスケア(医薬品・化粧品、医療法人等)。著作「ハッチ・ワックスマン法の功罪-米国の製薬業界を蝕むリバースペイメントの脅威-」(経済産業調査会、知財ぷりずむ第254号所収、2023年)「The Japanese Cooperation Agreement System in Practice: Derived from the U.S. Plea Bargaining System but Different」(Brill/Nijhoff、Global Journal of Comparative Law Volume 12所収、2023年)『The Pharma Legal Handbook: Japan』(共著、PharmaBoardroom、2022年)『基礎からわかる薬機法体系』(共著、中央経済社、2021年)『法律家のための企業会計と法の基礎知識』(共著、青林書院、2018年)ほか。

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