「以前から、職務上必要な指導を行ったに過ぎない場合にも“パワハラである”という申告をされることはありましたが、近年はより軽微な内容でもハラスメント相談や通報につながる場合が増えています。“ハラスメント”という言葉の浸透、“ハラスメントはいけない”というコンプライアンス意識の高まりから、明らかなハラスメントは少なくなっています。このため、暴言や人格否定などのわかりやすい事象ではなく、気を配りすぎた結果としての言葉の不足や会話の減少、注意指導などがきっかけとなったパワハラのご相談も増えてきました」(緒方弁護士)。 これらがパワハラに該当するかについては、労働施策総合推進法30条の2第1項の定義に沿って判断される。 「“パワハラ”は職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの、と定義されています。労働施策総合推進法にハラスメント自体を禁止する条項はなく、事業者のハラスメント防止措置義務は抽象的な公法上の義務です。このため、ハラスメントに該当する行為がただちに不法行為となるわけではありません。ただし、この定義が社内で改善措置を講じるか否かの判断基準となります」(緒方弁護士)。 定義に基づいた判断のポイントとなるのは“②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであるか否か”であると緒方弁護士は語る。 「セクシャルハラスメント(以下「セクハラ」)であれば、対象となる性的な言動が“業務上必要”なものであるということは基本的に想定されません。一方で、“パワハラ”と指摘されやすい指導は、“必要かつ相当なもの”であれば業務上必要です。部下に問題行為がある、もしくは問題行為とまではいかないものの改善すべき点がある場合は、上司として注意指導を行う必要があります。労働者がこの必要かつ相当な指導を受けて不快と感じたとしてもパワハラにはなりません。裁判例でも“違法なハラスメントとはいえない”と判断され、労働者側の請求が否定されたケースは相当数あります」(緒方弁護士)。主張する方、加害者とされる方の言い分をそれぞれ聞いたり、メールなどの客観的証拠を確認したりして事実関係を確認する必要があります。加えて、必要に応じ、職場の同僚の方にもヒアリングを行うなどして、主張された事実の有無を確認したうえで、それがハラスメントに該当するか否かを判断するというプロセスを踏みます。グレーゾーンの事案では、まずは被害者の状況について、“身体的、精神的な被害の程度はどうか”“注意指導を受ける必要性のある状況であったか”“注意指導が被害者に対してのみ向けられたものであったか”などを確認します。加えて、行為者の目的や動機について、“当該言動を行った背景、目的は業務上の注意指導か否か”“勘違いや誤解に基づくものではないか”などを確認します。そのうえで該当する言動の内容、態様、頻度(継続性)を考慮して判断しています。従業員側がミスをしていたり、勤務成績が悪かったり、問題行動がある場合には注意指導の必要性が当然認められますし、さらに従業員側の問題が大きく注意指導の必要性が高い場合は、強めの指導も認められることが多いと思います」(清水弁護士)。 ハラスメントに該当する場合は、行為者に対して注意指導や懲戒処分等を実施することになる。ところが、ハラスメントとまではいえないような事案であるにもかかわらず、被害者側の話を鵜呑みにして“ハラスメントである”と認定して懲戒処分を実施した場合は、今度は、行為者側から“不当な懲戒処分である”と申立てを受ける可能性もあるため、ハラスメント該当性の判断や、行為者に対してどのような懲戒処分を選択するのかといった判断は慎重に行う必要があるという。判断に迷うケースでは弁護士等に相談し、助言を受けることも検討した方がよいであろう。結果的に、ハラスメントに該当すると判断されないような事案であっても、被害者からハラスメントの相談・申告があれば、企業は事案に応じた調査・対応を求められる。その意味では、性的言動を行わない、注意指導を行う際にも一定の配慮をするなど、ハラスメントと申告される可能性を低減させるような意識をもつことが望ましいという。 「パワハラについては、“どのような文脈での発言か”ということは考慮されるものの、一般的には、人格を否定するような発言や退職の強要や解雇を示唆する発言、人の面前での指導、長時間の叱責などは“ハラスメントである”というクレームを受けやすく、また、パワハラと認定される可能性が比較的高まる傾向にあるため、上司は部下に注意指導を行う場合には、“どこをどのように改善すべきか”をできる限り具体的に指導するよう心がけるとよいでしょう」(清水弁護士)。61パワハラグレーゾーン案件の判断の手順とハラスメントを避ける着眼点 パワハラについては、業務に関する注意指導について“パワハラだ”という申告、相談がなされることも多い。暴力や脅迫行為など、明らかに問題がある場合は判断が容易だが、業務に関する注意指導のための言動については、“どのような文脈でなされた言動なのか”や“被害者として申告した従業員の側に注意指導を受けるべき理由があったか”等も関連するため、当該言動が“②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものとまでいえるのか否か”の判断が困難な、いわゆる“グレーゾーン事例”が多いという。 「ハラスメントのご相談があった場合、被害者であると精神疾患を伴う場合には安全配慮義務にも注意を ハラスメント案件の対応において、ハラスメントの有無
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