Lawyers Guide 2024
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21社側が未払い分を全額支払うことを前提条件にするのがベストですが、リスクが顕在化する前段階であれば、事後的な補償条項のみとする場合もあります。リスクの深度によって売手側にも強く出すぎないのもディールをうまく進めるコツです」(福田一翔弁護士)。 「リスク回避のため、株式の対価を分割払いにして、一部を一定期間エスクローに置いて様子を見たというケースもありますね。また、ベトナムは労働者保護が強いので、何かあっても簡単に懲戒解雇することができません。ベトナムの法と手続に沿った就業規則を策定することが必須です。各都市の労働当局の厳しさにもバラつきがありますので、M&Aの際に必ず就業規則を確認し、訂正や作り直しのサポートを実施しています」(三木弁護士)。 ベトナムの法令は、作り込みが甘いうえに法改正も頻繁に行われる傾向にある。また、公布されるのは改正文のみのため、理解を深めるのに時間を要する。こうした法令動向を絶え間なくフォローアップしつつ実務を行うことで、両オフィスは法的知見を高めているという。 たとえば、近時の個人情報保護政令に基づく公安への届出や、競争法に基づく企業結合の届出などは、規制の網が広くかかりすぎているため、当局の処理能力を超えた届出が集中し、そのため当局は受理を渋ることがある。また、社会情勢等の影響で、当局が新規許認可の発行を渋り、その結果、事業が滞ってしまうということもある。こうした場面においても、これまでの知見を活かしたアドバイスをすることが可能だ。 「“出資後の紛争を生じさせない”という点では、労務管理が非常に重要です。ベトナムでは日本と比較するとジョブホップが一般的ですが、従業員に長く働いてもらえる職場環境を作るため、チームとしての一体感を高めるためのリトリート等の機会を増やしたり、成長のためのキャリアパスを示してあげることも重要です。これは、我々のオフィスでも同じで、この視点を取り入れたベトナム人アソシエイトの教育・コミュニケーションを実施しています」(福田弁護士)。 こうした、法だけではない、慣習等を加味した手厚いサポートを可能ならしめるのは、行政府との交渉、現地商工会議所や法律事務所との連携といった実績を長年積み上げてきた結果なのである。紛争案件の蓄積で実現両利きの法務 “両利きの経営”という概念がある。これは、既存事業の改善と新規事業に向けた行動を両立させることで、成功からの失速を防ぐというものだ。ハノイオフィス・ホーチミンオフィスが実施しているのは、まさにその法務版である。 「我々の業務には、“紛争が起きたときにどのようにして解決するか”という業務と、“紛争が起きないように予防する”業務とがあります。予防については、“契約をいかにうまく作り込むか”がカギになります。これは紛争案件とつながっているため、実際のベトナム紛争案件から学ぶことによって、紛争を回避するためによりよい契約条項を作り込むことができます。我々は、恐らく他事務所と比較してもベトナム紛争案件の取扱件数がかなり多いので、その辺りのノウハウが蓄積されているのです」(三木弁護士)。 「ベトナム国際仲裁センターにおける仲裁案件についても、東京の仲裁案件の専門チームと連携し、数多く取り扱っています。この点は、他の日系事務所に比べてかなりの優位性があると自負しています。今後もベトナム仲裁案件には力を入れていきたいと考えています」(福田弁護士)。三木 康史弁護士Yasufumi Miki03年東京大学法学部卒業。05年弁護士登録(第一東京弁護士会)。12年米国University・of・California,・Los・Angeles・卒業(LL.M.)。12~15年VILAF法律事務所(ベトナム・ホーチミン)勤務。13年ニューヨーク州弁護士登録。15年パートナー就任。15年ホーチミンオフィス代表。22年ハノイオフィス代表。福田 一翔弁護士Kazuhiro Fukuda08年慶應義塾大学法学部卒業。10年慶應義塾大学法科大学院卒業。11年弁護士登録(第二東京弁護士会)。16~17年ニューヨークの大手総合商社勤務。18年ベトナム駐在開始、ベトナム外国弁護士登録、英国University・College・London・卒業(LL.M.)。22年パートナー就任。

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